第1176話「テントは裏返る」

 耐水性テント“驟雨”が完成し、その内側に“封絶のポリキュア”が閉じ込められる。青色の金属箱はガタガタと揺れるが、壊れる様子はない。


「ええ……」

「なんでテントでボスを閉じ込められてるんですか」


 もっと拍手喝采を浴びるかと期待していたのだが、振り返った俺に向けられたのは宇宙人でも見るかのような目線だった。泳いで戻ってきたレティとLettyも唖然としている。


「テントってそんな効果ありましたっけ?」

「いや、普通に使えばこういうことはできないな」

「つまりまた変なことしたんですね」


 言いがかりだ、とも主張できない。

 レティの指摘は正しいと言えば正しいのだ。普通、テントの中に原生生物を封じることができない。それはどちらかというと〈罠〉スキルの領分だからな。

 しかし、俺はとてもいいことを思いついた。


「あのテント、裏返ってるんだ」

「は?」


 理解不能、と視線が訴えかけてくる。

 俺はプカプカと海面に浮かぶ“驟雨”を指さして、彼女たちに示した。蒼銀の装甲は頑丈なボルトで固定され、ポリキュアの力強いタックルも完璧に封じ込めている。


「ああっ!」

「気づいたか、ラクト」


 最初に声を上げたのはラクトだった。彼女はテントの方を指さして、パクパクと口を開けている。


「そう。あのテントは内側が外で、外側が内側なんだ」

「意味が分かりませんけど!?」


 レティはまだ理解できないのか、耳をピンと立てて抗議する。


「レティ、テントの役目は分かるか?」

「それは、フィールド上に安全な領域を作ること、でしたっけ?」


 俺は頷く。百点満点の回答だ。


「つまり、テントはその内部に侵入しようとする危険を阻む、という性質を持つ。ここまではいいな?」

「もちろんです。レティたちもお世話になってきましたからね」


 テントは危険がいっぱいでいつ何処から原生生物に襲われるかも分からないフィールドに安息の地を形成する。テントに装甲などを付けて耐久力を上げれば。原生生物から直接的な攻撃を受けたとしても、しばらくは耐えられる。

 そして重要なのは、“原生生物は所有者が内部に存在し、耐久値の残っているテントの中には侵入できない”ということがシステム的に決まっているということだ。俺はミートたちにも協力してもらいつつ、この制約がどこまで効果を発揮するのか検証した。その結果、これはかなり強い強制力を持つルールであることが分かった。

 ならば、それを活かさない手はない。


「あのテントは普通の“驟雨”じゃない。言うなれば、裏テント」

「はぁ?」

「全ての構造が反転してるんだ。だから、テントの構築が完了した瞬間――世界が裏返る」

「はぁ?」


 こ、これ以上ないくらい丁寧に説明しているのに、一向に理解が得られない。


「要は宇宙の缶詰みたいなもんだよ。ラクトは気付いたみたいだが、あのテントは装甲から何から何まで、全部外に向かうようにして構築されてる」

「おお……? おお、なるほど、確かに部品が内部から見た感じに配置されていますね!」


 じっくりとテントを観察し、ようやくレティも納得する。

 つまり今あのテントはポリキュアが存在する空間から、それ以外の全ての空間を守るように、逆転した形で展開されているのだ。俺たちがいる広い海がテントの中にあり、ポリキュアがいる狭い海がテントの外にある。システム的にはそう認識されている。

 故に、ポリキュアはテントの内側へ入ろうとしてもできない。


「どうだレティ、これこそが理論上どんな原生生物も封じ込めることができる最強のテント活用法だ!」

「どう考えてもテントの使い方じゃないですよ、それ」


 レティは冷ややかだが、これのおかげで彼女も助かったんだからあんまり責めないでほしい。


「よくこんなの考えたわねぇ。それで、どうやってポリキュアにトドメを刺すの?」

「無理だぞ」

「え?」


 拳盾をガツンと打ち合わせて気合を入れるエイミーには申し訳ないが、ポリキュアに攻撃は加えられない。

 そりゃあそうだろう。あのテントには機銃のような装備を取り付ける余裕なんてないわけだし。そもそもテントの内側から一方的に攻撃するなんていう虫のいい話はない。


「あの、それは……。レティたちはどうすればいんです?」


 ポリキュアをテントに封じたことで、攻撃されなくなった。しかし、こちらからも攻撃することはできない。

 海の上に浮かぶテントが時折カタカタと揺れているのを、穏やかな心で見ているくらいしか、できることはない。


「あー、うん。まあ……ゆっくり作戦を考えるとか」


 俺が苦し紛れにそんな提案をしてみせると、レティたちは揃って深く呆れたようなため息をついた。


「じゃあ、そうだな……。運ぶか?」


 ちらりとミカゲの方を見ると、すぐに察して頷いてくれる。彼は早速糸を放って“驟雨”に巻きつけると、船の方へと手繰り寄せる。


「レティ、手伝って」

「えええっ!?」


 力自慢なレティたちも総動員して、見た目の割にかなり重たいテント(ボス入り)を引き上げる。


「とーーーりゃっ!」


 豪快な音を立てて甲板の上へと持ち込まれたテント。3m×3m×12mの鉄の箱は、カタカタと揺れつつも頑丈にその姿を保っている。


「クチナシ、もうミオツクシのマーカーは全部落とせたんだったか?」

『まだ三つ残ってる』

「じゃあ、それだけ置いて帰ろうか」


 仕事はちゃんとしないとな。

 俺の指示でクチナシ十七番艦が動き出す。

 フィールドのボスエネミーを載せたまま、俺たちはウェイドに命じられた任務をきっちりと遂行する。そして、ちょっとした手土産を持って〈ナキサワメ〉へと帰還するのだった。


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Tips

◇裏驟雨

 耐水性テント“驟雨”の構造反転モデル。内を外に、外を内に定義しなおし、世界の認識を逆転させる。敵は“外”に封じられ、味方は“中”にて守られる。


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