第1175話「箱の中の大魚」

「ぐわーーっ!? し、死ぬかと思いましたよ!」

「いや、死んでますからね!?」


 艦橋に激突し、そのまま甲板へ転がり落ちてきたトーカが勢いよく飛び上がる。“死地の輝き”のような即死防止装備を付けていたのか、ギリギリLP1で生き残っている。

 すぐにテントの回復効果が入り、自分でもアンプルを飲んでLPを回復させているが、その表情は浮かないものだ。


「物質系スキルも通らないというのは厄介ですね」

「攻撃判定のある刀身そのものを歪めて避けてる、って感じだったな」


 トーカの尊い犠牲に感謝しつつ、彼女のおかげで分かった事実を整理する。

 ポリキュアの能力は空間歪曲。その効果範囲や柔軟性は、非常に高い。さすがは第三開拓領域のボスエネミー、一筋縄ではいかない。


「どうする、レティ? ゴリ押し戦法は通じないぞ」

「レティが毎回ゴリ押ししてるみたいな言い方じゃないですか?」

「違うのか?」


 レティはぷっくりと頬を膨らませて首を振る。


「違いますよ。レティは色々考えた上で、最短経路を突き進んでいるだけです」


 それがゴリ押しなんじゃないかな、と思ったけど口にはしない。彼女には気持ちよく戦ってもらわねば。


「普通に考えればどこかしらになにかしらのギミックがあるんじゃないかと思うんだけど」


 ラクトが軽く氷弾を放ちポリキュアを牽制しながら言う。

 何をやっても攻撃が当たらない、なんてことはないはずだ。色々と調べていけば、どこかに奴の弱点がある。とはいえ、そのために何度も死に戻りを重ねるというのも効率が悪い。


「シフォン、あいつの動きを予測するのはできるか?」

「はええっ!? す、ステータスが高いから正確な予知はできないよ」


 シフォンの持つ〈占術〉スキルを用いいれば、相手の動きをあらかじめ知ることができる。とはいえ、対象のステータスが高く力が強い場合は、その動きを捕捉することも難しくなる。

 お守りやら稲荷寿司やらである程度カバーできるらしいが、それでも最前線のボスクラスの行動を完璧に予知するのは到底無理だ。


「おおまかに分かればそれでいい。――レティ、Letty、同時に二方向から攻撃してみてくれ」

「分かりました」

「任せてください!」


 シフォンが予測し、死の危険を察知してくれれば、寸前に行動を中断することでその未来を回避できる。そして、レティとLettyの機動力ならば、より精度も高まる。

 二人の兎が飛び出して、ポリキュアに向かってハンマーを叩き込む。真正面からではなく、左右の側面を狙った挟撃だ。


「ッ! レティ下がって!」

「はっ!?」


 ハンマーが鮮やかな鱗を砕く直前、シフォンが叫ぶ。それを敏感に拾ったレティがくるりと身を翻す。次の瞬間、彼女の目の前に空間の歪みが現れた。

 レティのハンマーが転移されることはなく、逆に反対から狙っていたLettyの攻撃がポリキュアの体を叩く。肉体が波打つほどの強い衝撃を受け、怪魚が吹き飛ぶ。


「やった!?」

「やりましたよレティさん!」


 ポリキュアに対する第一撃である。

 それによって、俺たちも確信する。

 ポリキュアは一面にしか空間歪曲を発生させられない。発動中、別の方向から殴れば攻撃があたる。


「よし、レティ、Letty、もう一回だ!」

「任せてください!」

「今度はレティがぶち当てますよ!」


 防戦一方だったボスに攻撃が通ったことでレティたちも勢い付く。彼女たちは一度甲板に戻って体勢を整えた後、再びポリキュアへ飛びかかった。


「うおおおおおっ!」

「はああああっ!」


 必殺の威力を宿した巨大な鉄槌が、極彩色の大魚に迫る。

 だが――。


「だめ!」


 シフォンが叫ぶ。

 二人の動きは止まらない。シフォンが見た未来を現実がトレースしていく。

 レティとLetty、ポリキュアを挟むようにして攻撃を仕掛けた二人の体が重なる。


「ぐわーーーっ!?」

「ひぎゃーーーっ!?」


 二人の悲鳴が同時に上がる。猛烈な勢いで衝突した彼女たちは、お互いを弾いて猛烈な勢いで吹き飛んだ。海面をポンポンと跳ねながら転がり、最後にはボチャンと沈む。


「レティー!?」


 ポリキュアは二方向からの攻撃を同時に受け流せないのではなかったのか。最初はそうだった。しかし、二回目はそうではなかった。そこになんの違いがあるのか。もしくは――。


「あいつ、わざと攻撃食らったのか……!?」


 〈白鹿庵〉のパワーアタッカー二人を海に沈めた怪魚は、こちらを見つめて不敵に笑っているように見えた。その瞳には、知性すら感じさせる。


「……『野営地設置』」

「レッジ!?」


 インベントリからテントセットを取り出すと、ラクトが驚いてこちらを見る。こんな戦闘中になにをしているんだと言いたげだ。

 俺はまあ見ていろとテントの設置位置を会場に設定する。


「ラクト、テントが完成するまで攻撃し続けてくれ。エイミーは防御を」

「よく分かんないけど、分かったよ」

「簡単に言ってくれるわねぇ」


 テントが完成するまで30秒。その間が勝負だ。


「『降り注ぐ氷雨』ッ!」

「『オートガード』!」


 ラクトが次々と氷の雨を降らせ、あらぬ方向からこちらへ戻ってくるそれをエイミーが防ぐ。その間、ポリキュアは動かない。いや、動けない。


「あいつ、空間歪曲能力を使ってる間は動けないみたいだな」


 レティとLettyの犠牲を払いながら、それだけは分かった。誤魔化すように機敏に動いていた奴だが、空間歪曲能力を使う時だけは必ず止まっていた。二人の挟撃を避けるだけなら、水面下にでも逃げればよかったのに、それをしなかった。


「さあ、次は俺がお前を閉じ込める番だ」


 ポリキュアは異世界を作り出し、そこに俺たちを閉じ込めた。一度限りの大技なのか出し渋っているのかは知らないが、そっくりそのまま返してやろう。


「テントだって、異世界なんだぜ」


 ポリキュアを取り囲んだ鋼鉄の箱が、蓋を閉じる。


━━━━━

Tips

◇不死鳥の紅炎

 紅く燃え盛る不死鳥の炎を模った指輪。装備中、一度だけ致命傷を受けてもLP1で耐える。能力が発動した時点から30秒間完全な無敵状態となる。効果終了後、装備は完全に破壊される。

“その鳥は灰の中より蘇る。紅蓮の業火に立ち上がる。不屈の魂は高らかに叫ぶ。”


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