第1174話「空間の歪み」

 “封滅のポリキュア”――それが〈怪魚の海溝〉の頂点に君臨するボスエネミーの名前だった。

 その能力はおそらく対象を異界に封じるというもの。ここに来ていきなり、ずいぶんとファンタジーな奴が出てきたものだ。


「うおおおおおおっ!」


  光の加減によって七色に体色を変える、不思議な外見の巨大魚だ。鋭いヒレを機敏に動かし、水の中を縦横無尽に駆け回っている。

 そんな怪魚へいの一番に突っ込んで行ったのは、我らが特攻隊長レティだった。


「うおおおおっ!?」

「なにっ!?」


 しかし、甲板から飛び出して右舷にいるポリキュアへと向かったレティが、直後に

 その奇妙な現象に本人だけでなく俺たちも思わず目を剥く。


「――『刺し貫く氷絶の刃嵐フロストストーム』ッ!」


 間髪入れず、ラクトが大規模な攻性機術を解き放つ。鋭い刃のついた氷塊が嵐のようにポリキュアへと殺到する。しかし――。


「ッ! 『大障壁』!」


 その刃嵐は再び俺たちの後方から迫る。エイミーが咄嗟に障壁を張ってくれなければ、ラクトの攻撃をモロに受けていたとだろう。実際、障壁で防ぎきれなかったそれは俺の腕を掠めて、わずかだがダメージを与えている。

 当のポリキュアは全くの無傷で、こちらを嘲笑うかのように円を描いて泳いでいる。


「レティ、これはもしかして……」

「なんとなく予想は付きますよ」


 レティもラクトも、すでにポリキュアの特殊な能力について理解し始めている。


「なるほど。よく分かりました! ――『迅雷切破』ッ!」

「うわーーーっ!? ちょ、トーカ何やってるんですか!?」


 二人が追撃を留まるなか、勢いよく飛び出したトーカが大太刀を振るう。その斬撃は案の定ポリキュアには届かず、再び背後から俺たちを襲う。あまりにも予想できた事態にレティたちは身を屈めてギリギリ避けるが、拳を上げてトーカに抗議の意を示す。


「ど、どうして怒られてるんですか?」

「ポリキュアの特殊能力はおそらく空間を歪めること! 自分の前の空間をレティたちの後ろに持ってきて、攻撃を全て回避させてるんですよ!」


 戸惑うトーカに、そんなことも分からないのかとレティが怒る。彼女は耳の先端の赤毛が若干切れていた。

 烈火の如く怒るレティからポリキュアの能力を説明されたトーカは愕然とする。


「そんな……。私の斬撃が届かない……?」

「届く届かないの問題じゃないんですよ、剣術バカ!」


 おそらく、トーカはあの攻撃歪曲をアクティブなものだと思っていたのだろう。だから、ポリキュアの反応速度を超えた速撃ならば届くと考えた。しかし、実際にはあれはパッシブなものだ。トーカが速い斬撃を放つほど、俺たちは背後からそれを受ける。


「ならば、後ろから攻撃すれば!」


 トーカが身を翻し、左舷に向かって斬撃を放つ。

 当然、それは何もない穏やかな海に広がって消えた。


「そんな……」

「もうちょっと考えてくれません!?」


 自分の剣術が敵に届きすらしないという事実に、トーカは膝から崩れ落ちる。そんな彼女を、レティが呆れた顔で見ていた。


「まあ、トーカが可能性を潰してくれたのも成果の一つでしょ。それよりも、どうするの? かなり厄介な敵だけど」


 プルプルと震えているトーカを慰めつつ、エイミーが言う。

 こちらからの攻撃が届かないのであれば、あれを倒すのはかなり難しい。その事実は全員が共有していた。

 考えられるものとしては、反射量に限界があるというもの。ポリキュアの処理能力を超えた飽和攻撃ならば届くのではないか。しかし、このクチナシ十七番艦にはほとんど艦載兵器を載せていない。一斉攻撃しても高が知れている。おそらく、飽和攻撃とまではいかないだろう。

 もしくは、反射範囲に限界があるとも考えられる。


「ラクト、できるだけ広い面上の攻撃できるか?」

「任せて!」


 ラクトが縦横30mほどの大規模な面上攻撃を行う。すると、エイミーが左舷に構えていた大障壁に全て突き当たった。

 少なくとも、900㎡の範囲はカバーしているらしい。


「チートじゃないですか! あんなのバグですよ!」


 あまりにも強すぎるポリキュアの能力に、Lettyが叫ぶ。こちらからの攻撃は全く通らないというのに、ポリキュアは次々と瞬間移動まで駆使してあらゆる方角から攻撃を仕掛けて来ているのだ。

 エイミーも一人でクチナシの船体をカバーできず、装甲が着実に削られていく。


「物質系スキルで破壊できないか?」

「レティはクールタイム中なので無理ですね。トーカ、お願いできますか?」

「任せてください!」


 レティは異界から脱出する際に『時空間波状歪曲式破壊技法』を使用してしまった。非常に強力なテクニックだが、反動も大きく、また再使用にかかるクールタイムも非常に長い。

 出番を得たトーカは早速復活し、ポリキュアに向かって刀を引き抜く。


「『時空間線状断裂式切断技法』――ッ!」


 トーカの周囲の空間が歪む。彼女の刀が、万物を切断する異常な力を得る。彼女はその状態で使用できる最大火力を叩き込む。


「彩花流、神髄――『紅椿鬼』ッ!」


 ぜったいお前を殺す、という強い意志の込められた必殺の一撃。それが万物切断の力を宿し、ポリキュアへと迫る。


「うおおおおおおっ!」


 紅蓮の輝きを帯びた神速の抜刀。その一撃が――。


「なっ!?」


 ぐにゃりと歪んだ。

 ポリキュアの体に沿うようにして湾曲した妖冥華の刀身が、そのままあっけなくすり抜ける。驚きの表情を浮かべるトーカに、ポリキュアが身を捻る。


「きゃあっ!?」

「トーカ!」


 横腹を強くヒレで打たれたトーカは高く飛ばされる。その一撃は『時空間線状断裂式切断技法』の反動を受けていた彼女のLPを一瞬で削ぎ落とした。


━━━━━

Tips

◇ 『刺し貫く氷絶の刃嵐フロストストーム

 水属性攻性機術。極寒の嵐を生み出し、鋭い氷刃によって敵を微塵に切り刻む。傷口は瞬時に凍結し、出血を許さない。刃嵐に囚われた者は肉を削がれ、絶命する。


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