第1172話「現実を疑え」

 どれだけ目を凝らしても、敵の姿は見えない。しかし、突然船が大きく揺れて、その瞬間に攻撃を受けたことが分かる。


「クチナシ、大丈夫か?」

『理解不能……。うぅ』


 船自体の耐久値はまだ余裕がある。しかし、不可視の攻撃を受けているという事実に、クチナシ-17が混乱をきたしているようだった。


「エイミー、船全体に障壁を張ることは?」

「流石に無理よ。どちらか片方の、4分の1が限界!」


 全長200メートルの大艦船をエイミー一人で守り切るのは不可能だ。つまり、クチナシには頑張って耐えてもらうしかない。


「クチナシ、大丈夫だ。落ち着け」


 身を縮めてプルプルと震えているクチナシ-17に優しく話しかける。本来なら彼女は取り乱すことのない人工知能として淡々と対応していたはずだ。それがこんなにも怯えてしまったのは、俺が感情プラグインをインストールしてしまったからだ。

 そこに強い責任を感じつつ、クチナシ-17を説得する。


「まずは冷静に、被害状況を分析するんだ。攻撃はどこに当たった? 敵はどれくらいの大きさだ?」

『うぅ……。け、計算する』


 なおも断続的に船の左右から衝撃が伝わってくる。ラクトが何もないところへ氷柱を放っているが、当然のように成果は見られない。姿が見えなければ、レティもトーカも動きようがない。

 全てはクチナシの計算待ちだ。

 彼女は艦体の各所に取り付けたセンサーから集められた大量の情報を分析し、検知した衝撃の位置や大きさから敵のサイズを推測していく。


「レティ、ちょっとの間無防備になる。守ってくれ」

「任せてください!」


 俺も守りをレティに任せ、クチナシの支援を始める。

 といってもランクⅨ人工知能の演算能力に生身の人間が敵うはずもない。できるのは増設したカメラからの映像を解析するためのツールを即席で作るくらいのことだ。


『衝撃の直前、コンマ03秒前に微弱な重力波を観測した』

「質量が突然増大してるのか。だいたいどれくらいの大きさだ?」

『計算中。概算によるとおよそ2トン』

「まあまあ重いな」


 クチナシ-17から得られた情報を基にツールを組み上げていく。パブリックデータベースに上げていた自作プログラムをダウンロードしようとしたが、ネットワーク強度が弱すぎて、自分で作り直した方が早そうだ。


「クチナシ、ネットワーク環境を見てくれ」

『ネットワーク?』

「なんとなく気持ちが悪い」

『わかった』


 高速でキーボードを叩きつつ、思念制御も併用してプログラムを書き連ねていく。ラクトほどうまく思念制御を扱えないから、遅々として進まないのがもどかしい。

 そうこうしているうちに、クチナシが何かを発見した。


『衝撃が来る直前にネットワークが瞬断されてる』

「そいつは妙だな」


 調査開拓員の用いるインターネット回線は通信監視衛星群ツクヨミによって構築されているものだ。すでに惑星イザナミ全範囲を収め、いつでもどこでもある程度の通信強度が保証されている。本格的な通信を行うには微弱にすぎるため、中継装置をおかなければならないが、それでもデータのダウンロード程度なら問題ないはずだ。


「いや、これは切断されてるわけじゃないな。切り替わってるんだ」

『切り替わってる? でもアドレスも識別コードも変わっていない』

「A回線からB回線に変わってるわけじゃない。これは……A’回線とでも言うべきか」

『分からない』


 クチナシ-17が困惑する。

 俺は彼女に情報収集と分析を続けてもらいつつ、ネットワークへと侵入する。すぐさまツクヨミにあるセキュリティシステムが発動するが、ダミーを量産しつつ迂回路を進むことで追手を分散させていく。


『レッジ、ハッキングしてる?』

「ちょっと内部の様子を見てるだけだ。別に重要情報を盗もうってわけじゃない」


 さすがは調査開拓団の基幹ネットワークというべきか、なかなかに防御が固く厚い。というか、以前ブラックダークが侵入したせいで警備が厳重になっているのだろう。


「クチナシ、ちょっと借りるぞ」

『何を?』

「リソース」


 クチナシの本体――演算装置であるAIコアを巻き込んで、自動化できる処理をそっちへ投げていく。自分の頭も発熱していくのを感じながら、障壁をいくつか破る。

 この際、ウェイドやT-1にバレても構わない。むしろ、そっちの方が通報する手間が省けていいだろう。


「レッジさん!? だ、大丈夫ですか?」


 レティが近くで何か言っているが、そっちに意識を回す余裕がない。

 意識を細切れにしながら多方面へと飛ばして、ネットワーク構造を解析していく。

 そして――。


「ああ、なるほど」


 この世界の理を理解した。


「レティ、その辺ぶっ壊してくれ」

「ええっ?」


 朦朧とした意識を奮い立たせ、レティに指示を送る。

 ネットワークを見ると、途中で切断されていた。いや、精巧な偽物に繋がっていたと言うべきか。俺たちの情報は外部へと向かわず、また外部からの通信も入ってこない。

 ウェイドからの鬼電が止んだのは、彼女が諦めたからではなかった。


「たぶん、ここ異世界だ」

「は?」


 レティは目を丸くする。

 俺だって、突拍子もないことを言っている自覚はあるが、おそらく事実だ。

 そして、敵はその世界の外から攻撃を仕掛けている。ならば、世界を壊すしかない。


「なるほど。分かりました」


 戸惑っていたレティも、俺が何をして欲しいか察してくれた。

 彼女はハンマーを構え、空中を睨む。


「『時空間波状歪曲式破壊技法』――!」


 彼女の周囲がぐにゃりと歪む。

 閉鎖された世界の壁を破壊する、唯一の方法。

 世界そのものを破壊する、特殊な技。

 それがいま、放たれる。


「『大衝破』ッ!」



 ハンマーが空中を叩く。叩けるものが無いように見えても、レティが破壊できると信じれば破壊できる。大切なのは、存在を認めること。破壊すべき存在を認識すること。

 ハンマーは確かに、不可視の壁を捉える。

 大きく歪み、波が周囲へ広がる。そして空中に亀裂が走り、放射状に広がっていく。


「割れますよ!」


 レティが叫ぶ。

 次の瞬間――。


『ォォォォォオオオオオオオッ!』


 割れた世界の向こうに茫洋とした海が広がる。

 クチナシの周囲をグルグルと周り、敵意をむき出しにする巨大な怪魚がそこにいる。


「見えたぞ!」

「ボスじゃないですか……!」


 不可視の怪魚がその姿を現した。

 “封滅のポリキュア”――ボスエネミーの出現だ。


━━━━━

Tips

◇ネットワーク保全プログラムS.H.I.E.L.D

 通信監視衛星群ツクヨミの基幹ネットワークの保全を行うプログラム集合体。過去に発生した大規模なクラッキングインシデントに対応するため、T-1によって大規模な改修が行われた。

 安全上の理由から詳細な構造は最重要機密扱いとなっている。


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