第1170話「水上の路の痕跡」
茫洋たる大海を切り裂くように進む一隻の船。蒼天と蒼海の滲む水線に向かって進み、白い航跡を細く長く伸ばす。
「前方、“裂波のオルカディアス”!」
船の進路上に突如として現れた、巨大なシャチに似た原生生物。大きく口を開き、ノコギリ型の歯を光らせる海の怪物。動くもの全てを喰らう貪欲な捕食者が、鉄の船に襲いかかる。
だが、しかし。直後その巨体が凄まじい衝撃によって打ち上げられた。
「とりゃあああああっ!」
「見た! 来た! 切った!」
ふわりと浮き上がった躯体が、一瞬にしてバラバラになる。
海洋の王者は出現から10秒とかからずに物言わぬ肉塊と成り果てた。
「凄まじいわねぇ」
甲板で待ち構えていたエイミーが、落ちてきたシャチを拾い集めながら言う。
船首、というより船の最先端にあるバルバスバウに陣取ったレティとトーカが、船の進む先に現れる巨大原生生物たちを十把一絡げに瞬殺して甲板へ打ち上げてくるのだ。おかげで俺は送られてくるそれらを解体し、エイミーやシフォンたちがそれを船倉へ運び込むという流れ作業が確立されている。
「普通、未踏破領域の原生生物ってもっと慎重に相手するものだと思うんだけど……」
甲板に氷を敷いてアイテムを滑りやすくしてくれているラクトも呆れ顔だ。
“裂波のオルカディアス”もネームド個体であるとおり、決して弱い原生生物ではない。むしろ〈大鷲の騎士団〉が5隻の船を使ってなんとか倒したというレイドボスクラスのエネミーだ。
「流石はテントと言うべきか……。いや、クチナシもすごいんだけど」
それなのになぜ、〈白鹿庵〉きってのパワーアタッカーとはいえレティとトーカの二人だけでオルカディアスを瞬殺できていたのか。それは、クチナシとテントの力が意外なシナジーを生んでいるからだった。
まず、クチナシは大量のエンジンを詰んでいるため、非常に高い速力を発揮する。現在、本艦は時速60ノット――おおよそ時速110kmほどの超高速航行を行っている。
そして、レティとトーカはそれぞれ、“自身の勢いをそのまま攻撃力の転化する”というテクニックを習得している。
つまり、彼女たちは時速110kmぶんの威力ブーストが掛かっている。これは地上ではなかなか出せないほどの威力を生み出すもので、そのおかげで二人は絶大な攻撃力を保有していることになる。
そこへさらにテントのバフが加算される。装甲を全てクチナシに任せることで、バフ性能に特化することができた今回のテントは、レティたちに過去最高倍率の攻撃力バフを付与することができていた。
速度×攻撃力=圧倒的な破壊力。というわけだ。
『わたし、すごい?』
「おう。すごいぞ」
『いぇい』
パラソルの下でココナッツジュースを飲んでいたクチナシ-17も誇らしげである。
星型のサングラスに大きな麦わら帽子、更に真っ白なワンピースと、なかなか夏を満喫する体勢が整っているが、彼女の本体であるSCSも頑張ってくれているのだ。
「けど、クチナシも一瞬で染まっちゃったねぇ」
ココナッツをサイドテーブルに置き、かき氷をシャクシャクと楽しむクチナシ-17を見て、シフォンがしみじみと言う。
確かに彼女も最初は渋っていたが、補助機体で出てきてバーベキューに参加した直後からすっかり馴染んでいる。ちなみに、彼女が掛けているサングラスは長い航海の暇を潰すために支給されているパーティグッズらしい。
「みんなで楽しめるならそれがいいさ。ほら、そろそろポイントに到着するんじゃないか?」
ウェイドたちから鬼電が掛かってきていたが、それもいつの間にかなくなった。彼女たちもクチナシ-17が楽しんでいるのを見て納得してくれたのだろう。
それよりも高速航行をしていたおかげで順調に旅路を進めている。
『止まるよ』
マップ上に示されたポイント-αへ辿り着き、クチナシ-17が船を停止させる。
「ぐえええええっ!?」
流石の制動力というべきか、巨大な艦船が一瞬でぴったりと止まる。
とはいえ慣性制御ができるほどでもないため、バルバスバウの方から悲鳴が聞こえる。慌てて船首に向かうと、ずぶ濡れのレティがミカゲによって釣り上げられていた。
「と、止まるならちゃんと言ってくださいよぉ」
「すまんすまん。レティもトーカもお疲れ」
むすっとしたレティたちを労いつつ、甲板へ迎え入れる。
それはともかく、俺たちは当初の目的地であったポイント-αへと予定を大幅に巻いて到達した。
「ふふん。これまで結構倒しましたからねぇ。船倉もパンパンなんじゃないですか?」
「そうだなぁ。またバーベキューでもするか」
「やったー!」
レティたちのおかげでクチナシの船倉もかなり一杯になっている。往路でこれでは、復路がもたないだろう。食料として消費できるものは、新鮮なうちに消費しておいてもいいかもしれない。
というか、レティはそれが目的にあったのか、ずいぶんと嬉しそうだ。
「それで、ポイント-αからはどうするの?」
ぴょんぴょこ飛び跳ねているレティを横目に、ラクトがやってくる。
最初の目的地に設定したポイント-αは、実際のところただっ広い海のど真ん中だ。周囲に島影もなく、目印になるようなものも見当たらない。それでも、ここは調査開拓団としては非常に重要な地点である。
「まずは、ここに〈ミオツクシ〉を立てる」
「みお?」
「要は目印だ。どうにも広すぎる海だからな。一定間隔ごとに目印を立てることになってる」
360度すべてが真っ青な海に囲まれているため、頼りとなるものがなければ一瞬で迷子になってしまう。俺たちはSCSの支援を受けているため困らないが、今後開拓が進めば高性能な人工知能システムを搭載していない船もドンドンやってくるからな。
〈ミオツクシ〉はそんな後続のために置かれるポイントだ。
「とはいえ、俺がやるのはブイの投下とテントの設営だけだ。後で〈ダマスカス組合〉の工作船が来て、立派なのを建ててくれる手筈になってる」
「テントは建てるんだね」
「フィールド上の構築物といえばテントだからな。まあ、そんなに立派なもんじゃない。多少の嵐に耐えられる程度の小さいやつだ」
そう言いながら俺は既に準備してあった装備一式を海に投げる。
ネヴァが開発した巨大なブイは、水面に落ちると自動で展開されプカプカと浮かぶ。そこに『野営地設置』で〈ミオツクシ〉の足場となるテントを建てるのだ。
今回はバフや装甲もいらない。そもそも所有権を破棄して、後ろからやってくる〈ダマスカス組合〉が使えるようにする。そのため、ちょっとしたドングリのような形をした、居住性を考えないテントになった。
「よし、これで終わりだな」
「呆気ないねぇ」
「それでも誰かがここまでやって来てやらなきゃならんからな。次はポイント-βだが、もう日が暮れそうだな。今日はここで休もうか」
まだ明るい時間帯ではあるが、次のポイントへ向かうには遅すぎる。暗い海を進むのは面倒だし、レティたちも流石に見えない敵を倒すのは難しい。そんなわけで、夜は大人しく休憩する方針は最初から固めていた。
「わーい! じゃあ、早速バーベキューですね!」
『ハンバーガー。フィッシュフライがいい』
早速レティとクチナシ-17が手を挙げて希望を主張する。
ゆっくりと夕暮れへ変わっていく海の上で、再び宴が始まろうとしていた。
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Tips
◇航行支援標識〈ミオツクシ〉
第三開拓領域〈イヨノフタナ海域〉に整備予定の海上標識。広大無辺な洋上での現在地特定と航路策定、および通信支援のため、一定間隔で設置される。各種センサー類も搭載し、得られたデータは環境マッピングやデータ処理に用いられる。
“安全な航海と効率的な調査開拓活動を支援するための重要な設備です。投下された〈ミオツクシ〉は文字通り、みなさんを導く澪標となることでしょう”――管理者ナキサワメ
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