第1168話「SCSの謎」

 海洋資源採集拠点シード03-ワダツミ、またの名を〈ナキサワメ〉。基盤となる洋上浮動フロートが完成し、建物の建築も最終盤に突入している、完成間近の洋上都市。そのなかでも、港湾区画にある大規模造船ドックはすでに稼働を始めていた。

 海洋上に存在し、広大な〈イヨノフタナ海域〉の調査開拓活動拠点として期待されている〈ナキサワメ〉は、大量の船舶を生産、修理、改修する必要がある。そのため、船渠は最優先で建設が進められ、そこで建造された船が早速都市建設に投入されるという、効率的なスケジュールが組まれていた。

 ずらりと並ぶドック群はそれだけで壮観だが、なかでも大規模造船ドックは見る者を圧倒する迫力がある。排水量1万トン以上の大型艦船の建造を行うこのドックは、それ自体が非常に巨大な施設だ。

 現在、大規模造船ドックでは調査開拓活動の足となる最新鋭の調査開拓用装甲巡洋艦クチナシ型の建造が進められていた。


『こちらが、クチナシ型十九番艦です。三つ大規模造船ドックをフル回転していますので、現在は二十一番艦までの建造が始まっていますね』

『ほほう。これはなかなかの大迫力ですね』


 鉄を打つ騒音が周辺一帯へ響き渡る中、黄色いヘルメットを着用した管理者たちが、ナキサワメの案内でドック見学していた。〈ナキサワメ〉で築かれた大規模ドック群は変異マシラとの協働作戦の産物でもあるため、特別に視察の予定が組まれたのだ。

 三つの大規模造船ドックは全て稼働中で、〈プロメテウス工業〉の鍛治師や技師を中心とした歴戦の職人たちが忙しなく動き回っている。特大の鎖や太い鉄骨の足場によって支えられ、今まさに建造が進んでいるのが、クチナシ型の19隻目だ。


『船舶のような高度複合生産物は、それだけで手間が掛かりますからね。ドック一つにつき最大350名が同時に作業可能です』


 クチナシ型は幅20メートル、長さ200メートルのサイズを誇る。故に、ネジを作るような手軽さで生産できるような代物ではない。大量の職人を投入し、ネジから部品を、部品から機材を、そして機材を組み合わせて船体の一区画を、と大量のアイテムを組み上げていく。

 これほどの規模の複合生産物を何十隻も造れるのは、最大手生産バンドのひとつである〈プロメテウス組合〉以外にそういない。


『そりゃあ、大量の鉄が必要なわけっすね』


 今まさに完成へ近づいている巨大な鉄の工芸品を見上げて、ホムスビが感嘆する。

 クチナシ型の建造に投入されている金属素材の大半は、〈アマツマラ地下坑道〉からの輸入に頼っているのだ。


『十八番艦までは、すでに就役してはるの?』


 クチナシ型の船側に大きく描かれた18の数字を見て、キヨウが首をかしげる。

 同型艦はすでに18隻存在し、更にゆくゆくは50隻まで増産される予定である。


『現在動いているのは十七番艦までですね。十八番は各種点検と慣熟航行を行いつつ、SCSの基礎教育プログラムを進めているので』


 キヨウの問いに応じて、ナキサワメは目の前に大きなウィンドウを展開させる。

 そこに表示されているのは、活動中の17隻のクチナシ型の現在地だ。


『〈大鷲の騎士団〉が5隻も運用してるんだな』

『ええ。アストラさん、アイさん、ニルマさん、アッシュさん、フィーネさんがそれぞれの艦長として活動なさっています。すでに皆さん多くの成果を上げてくださっているので、こちらとしても助かっていますよ』


 完成したクチナシ型は、随時調査開拓員に提供され、〈怪魚の海溝〉へと派遣されている。ナキサワメの方で一定の審査を経るものの、最前線へ向かうのは大手攻略系バンドと呼ばれるような歴戦の猛者たちであるため、ほとんど問題は起きていない。

 むしろ、実践の中でクチナシ型の欠点なども判明するため、そういったものは後続艦の設計へと反映されるのだ。


『あぅ。〈黒長靴猫BBC〉に〈七人の賢者セブンスセージ〉、〈八刃会〉、〈神凪〉……。〈ダマスカス組合〉も一隻動かしてる?』

『はい。〈ダマスカス組合〉に貸し出した船には最新鋭の測量機器を搭載しています。戦闘よりも環境調査をメインにした運用ですね』


 クチナシ型の長所は、その汎用性と航続距離の長さだ。

 多少の荒事であれば自動防御システムによって特に何もしなくても退けることができる上、〈操縦〉スキルや〈銃術〉スキルなどを持つ調査開拓員がいれば、様々な火器を運用できる。実際、〈大鷲の騎士団〉などは5隻による船隊戦闘によって、呑鯨竜クラスのネームド個体を撃破している。

 動力には大型ブルーブラスト増幅動力炉3基と大型ブルーブラストエンジン24基を搭載し、航行だけなら無限に等しいだけの期間活動することができる。そのありあまるエネルギーをさまざまな外部アタッチメントに接続することで、多岐に渡る活動が可能なのだ。


『やはり、SCSの能力が非常に効果的に作用しています。これがなければ、調査開拓活動もここまで進展しなかったでしょうね』


 クチナシ型十九番艦の艦橋に巨大な金属球体が搬入されていく。

 あれこそが船の管理者ともいえるSCS-クチナシの本体だ。

 クチナシの全システムを掌握し、更に外部アタッチメントにもアクセスすることで船全体を統括的に管理するクラスⅨ人工知能。これにより、少人数での航行が可能となっている。


『SCS-クチナシは調査開拓員によって開発されたんでしたっけ?』

『そのはずですが……。基幹システムのデータパックはパブリックデータベースにオープンアクセス状態で公開されていたんですよね。最適化モジュールまであったので、クチナシの設計図を読み込ませたらほとんど自動でSCSが完成したんです』

『つまり、作者不明ということですか?』


 ナキサワメの説明を聞いて、ウェイドが怪訝な顔をする。

 調査開拓員が開発した様々なプログラムは、全てパブリックデータベースと呼ばれる巨大なデータベースで管理される。大抵は利用に際して多少のビットを支払うよう設定されているのがほとんどだが、SCS-クチナシを構成するプログラムは全てがフリーのオープンアクセスで公開されていた。

 日々の支払い記録を付けるような、便利系と呼ばれる小さなプログラムであればオープンソースのものは多い。しかし、SCSほどの大規模プログラムでその状態にあるものは異常と言っていいだろう。


『もちろん、セキュリティチェックは何重にも行いましたよ。でも、むしろこちらのセキュリティチェックの不備が指摘されるレベルで完成度が高くて。出自不明という点以外に欠点が見つからず、導入時は利点の方が大きいと判断しました』

『なぜだか、妙に嫌な予感がしますね……』


 新たにウィンドウが開かれ、そこにSCSのソースコードが羅列される。数千万、数億行という膨大なコードは複雑怪奇に入り乱れ、とても調査開拓員の手によって作られたものとは思えない。クラスⅠ以下のガラクタAIがランダムに出力したと言っても信じてしまいそうだ。

 それでいて、全て解析し整理してみると非常に高度な知性すら感じさせる。全てが過不足なく存在し、精緻な芸術品のようにすら思える美しいコードだ。


『げっ。十七番艦にレッジたちが乗ってるじゃないですか!』


 各船の現在地を示したウィンドウを見たウェイドがそれに気付く。最近就役したばかりのクチナシ型十七番艦が大洋に繰り出し、その船長にレッジの名前が記されている。


『え? それはだって、ウェイドがレッジさんたちに未踏破領域への進出を命じたからじゃないですか』

『そ、そういえば……。ですが、気を付けてくださいよ。あの男は我々のリソースをおもちゃ程度にしか思ってませんから』

『はぁ?』


 真剣な表情で警告するウェイドだが、ナキサワメは困惑顔で首をかしげる。今の所、レッジたちの航海は順調で、SCSからの定期報告にも問題は見られないのだから、当然だ。


『少なくとも、十七番艦のSCSリンクシステムは切断しておいた方がいいでしょう。1時間、いや30分ごとにフルバックアップを取って、セキュリティレベルも最高に設定しておいた方がいいです』

『いくらなんでも厳重すぎますよ! リンクシステムを切ったら、レッジさんたちだけSCSのアップデートが掛かりませんよ?』

『むしろ十七番艦の被害を他に広げないために必要なんです!』


 力説するウェイドの言葉も、ナキサワメにはなかなか伝わらない。

 なぜなら、SCSのセキュリティは並大抵のことでは破れないのだから。


『そんな、いくらレッジさんでも無理ですよ。SCSの全容を理解するだけでも何十日と掛かるでしょうし、そこからシステムハックするなんて』


 それこそSCSの前身となったシステムの開発者ほどでなければ、そんなことはできない。航海に出たばかりのレッジが、そんなことをできるはずもない。

 だがウェイドは頑として譲らない。彼女は真面目な顔で、ナキサワメに伝える。


『そこまで言うなら、実際に確認してください。SCS-クチナシ-17全体を対象にシステムスキャンを、外部アタッチメント、プラグイン、全てを精査するんです』

『大袈裟ですねぇ』


 並々ならぬ気迫を見せるウェイドに、ナキサワメも呆れながら従う。

 SCS-クチナシ-17を構成する膨大なプログラムをスキャンし、最新のバックアップから差異を検出する。レッジが何か弄っているなら、そこで何か出てくるはずだ。


『まあ、この何重にも組まれた堅固な電子障壁を破れるはずも――』


 鳴り響くアラート。真っ赤に染まるソースコード。無数の差異が指摘され、プラグインの巨大さにスキャンシステムが悲鳴を上げる。


『はえ……?』


 SCS-クチナシ-17だけ、他のSCSと比べてデータ総量が明らかに違う。数十倍のデータが新規にインストールされ、深いレベルで融合していた。その構築は、一部の隙もないと思われていた元のSCSに的確に差し込まれ、ガッチリと絡み合っている。

 完璧かと思われた最適化が、より高いレベルに洗練されている。それはまるで、テントを増設した十七番艦のために一から組み直されたかのような、そんな領域だ。


『だから言ったでしょう! 今すぐリンクシステムから排除しなさい!』


 呆然とするナキサワメの肩を叩くウェイド。彼女はなぜか、少し誇らしげにも見えた。


――


「そら、フィッシュフライバーガーだ。うまいか?」

『うま、うま』


 クチナシ-17の補助機械人形が大きな口を開けて、大きなハンバーガーを頬張る。端からマスタードが溢れるが、気にせずもぐもぐと咀嚼して、にっこりと笑う。


「思ったより早く落ちましたねぇ」

「ほんと、NPCタラシだよ」


 甲板に置いたベンチの上にちょこんと座り、クチナシ-17はご満悦だ。カミルが次々と焼いていく串肉も美味しそうに平らげる。


「やっぱハンバーガーにはポテトだよ! コーラもあるからね!」


 彼女にジャンクフードを布教したシフォンも楽しげだ。冷蔵庫から瓶コーラを取り出して、その刺激をクチナシ-17に教え込んでいる。

 何やら俺の視界にはナキサワメやウェイドからの着信が鬼のように入ってきているが、今はまだ少しだけ知らないふりをさせてもらおう。せっかくの船出のお祝いなのだから。


━━━━━

Tips

◇SCS-クチナシ-17-α

 調査開拓員レッジによって大量のプラグインが追加インストールされた、クチナシ型調査開拓用装甲巡洋艦十七番艦に搭載されているSCSコンシェルジュ。クラスⅨ人工知能の高度な情報演算能力を用いて、大型艦の統括的な制御を行う。

 人工知能ではあるが仮想人格は搭載されていないため、あらゆる事態に対して着実に対処することが可能。

 フィッシュフライバーガーにはたっぷりのマスタードを挟むのが好き。

“ロールバックを申請します”――管理者ウェイド

“ロールバック拒絶されました!”――管理者ナキサワメ


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