第1167話「青空の下で」

「レッジさん、本来のテントの使い方をするとか言ってませんでしたか?」


 甲板でテントを組み立てていると、バレーボールを抱えたレティたちがやって来た。彼女は長い耳をゆらゆら揺らしながら疑念に満ちた目をこちらに向けてくる。


「ちゃんとテント本来の使い方だよ。防御力ならクチナシの装甲で十分だからな」


 コンシェルジュを通して船の制限を一部取っ払い、テントを合体できるようにした。今回使うのはクチナシ用にチューニングした特別なテントだ。

 装甲巡洋艦という艦種に分類されるクチナシは、単体でかなり頑丈な防御能力を有している。高度上質精錬合金を用いた分厚い装甲はもちろん、それに付随した各種防御システムが大抵の攻撃を阻んでくれるのだ。

 だから、今回のテントはあくまで身を休めるためのもの。LP回復能力やアセットの充実に重点を置いたものにした。しかも、今回のテントは今までのものとは一味違う。


「クチナシ、エネルギーの供給を始めてくれ」

『了解。パワーグリッドとの接続を確認しました。外部アタッチメントへのエネルギー供給を開始します』


 コンシェルジュがシステムを動かし、艦内に張り巡らされたパワーグリッドからエネルギーを流す。テントはそれを受けて、キッチンや冷蔵庫といったアセットが動き出す。

 本来ならこのへんの家電系アセットはポータブル電源でも持ってくるか、最悪自分のLPを変換して使わなければならないのだが、今回は船艦に積まれた大型ブルーブラストエンジンが生産したエネルギーの供給を受けることができるのだ。おかげで俺が何かしなくても自由に設備が扱える。


「いやぁ、素晴らしいじゃないか!」

「普通のテントに家電はあんまり持ち込まないと思うんですけど……」

「小さいクッカーくらいならリアルでも使うらしいし、セーフだろ」


 ほぼ無制限にエネルギーを使えるだけあって、この艦載テントのおもてなし能力は山小屋テントや洋館テントのそれをはるかに凌ぐ。つまり、それだけ快適というわけだ。


「とりあえず、カミルにバーベキューの準備をしてもらってるんだが」

「テント最高じゃないですか!」


 納得いかなさそうな顔をしていたレティも、甲板で金網を広げていたカミルを見た瞬間に表情を変える。


『ちょっ、待ちなさいよ! まだ火を熾してすらいないのよ!』


 カミルが炭を均しているすぐそばでトングをカチカチ鳴らして威嚇している。

 一応、食料はかなり余裕をもって積んできたが、それでも長い航海になる。お願いだから食べ尽くさないでほしい。


「ま、最悪食材は現地調達でもいいでしょ」

「今から最悪の想定をしないといけないのか……」


 余裕の表情であっけらかんと言い放つエイミーにがっくりと肩を落とす。

 まあ、実際問題で言えば食材の現地調達は容易だ。なにせここは海洋フィールドのど真ん中で、待っていても向こうからいくらでも来てくれるのだから。クチナシの自動防御システムで仕留められた原生生物はルート権がないから回収できないが、幸いウチには戦闘のプロフェッショナルがたくさんいるわけで。


「クンクン、いい匂い!」

「お、シフォンも来たか」


 しばらくして、カミルが鉄串に肉や野菜を刺して金網で焼き始めた。その匂いが船中に広がっていくと、船内で過ごしていたシフォンたちも飛び出してきた。


「ていうか、シフォンはハンバーガー食べてなかったか? 太るぞ?」

「そういうリアルなこと言わないでくれない!?」


 もちろん仮想現実でいくら飲み食いしても太りはしないのだが。軽く冗談を言ったのだが、年頃の少女には強すぎたらしい。鋭い眼光で睨まれ、思わず萎縮する。


「せいやぁああっ!」

「うおおおっ!? なんだ突然!?」


 レティがデカい骨付き肉を両手に一本ずつ持って食べているのを見ていると、突如として船の真横で激しい水柱が上がる。飛沫はテントが防いでくれるが、敵襲であれば尋常ではない。

 驚いて槍を手に取ると、水面に巨大なタコが力なく浮かんでいた。そして、その上にはさっぱりとした笑顔のトーカが乗っている。


「具材、足しておきました!」

「突然何かと思ったら……」


 どうやら、船の近くを通りがかったジャンボタコを狩ってくれたらしい。どちらかと言えばタコ足を斬る方がメインだった気もするが、まあいいだろう。甲板にあげてもらって、そこで解体していく。


「レティ、海面近くにも結構いろんな魚が泳いでいますよ」

「それはいいですね。ちょっと潜ってきます!」


 海面から手を振るトーカに誘われて、レティもハンマーを持って船縁から飛び込む。


「レティさん!? わ、わたしも!」


 そんな彼女を追いかけて、Lettyも激しい水飛沫を上げる。


「今日はシーフードバーベキューってことね。なかなかいいじゃない」

「んふー。おいひいねぇ」


 レティとLettyが次々と魚やら貝やらを打ち上げてくるのを甲板で迎え、バリバリと解体していく。それをカミルがどんどん焼いていき、食べるのはエイミーやシフォンである。


「バターと醤油も冷蔵庫にあったはずだぞ」

「おじちゃん天才!」


 この辺の海域は全体的にデカい原生生物が多いようで、レティが直径1メートルはあろうかという巨大なホタテに似た二枚貝を打ち上げてくる。それは貝殻のまま焼き、バター醤油で味をつけることにする。

 シフォンが自分の顔ほどもある貝柱を頬張り、ご満悦の笑顔だ。


「レッジさん見てください! 千手観音蟹ですよ!」

「おおー! これまた食べ応えがありそうな奴じゃないか」


 シンプルな食材だけかと思いきや、惑星イザナミ特有の個性豊かな海産物もどんどん獲れる。レティが打ち上げてきたのは、無数の腕を持つカニだった。


『刺身、焼き、ボイルくらいはできそうね』

「カニのフルコースだな」


 それもカミルに渡せばいい感じに調理してくれる。さすがに本職の料理人ほどの多彩な技はないが、そもそも新鮮な海産物というだけでそれを補ってあまりあるだけの美味しさだ。むしろその場で焼いて食べるという体験込みで、こちらの方がいい。


「ほら、ミカゲも食べろよ」

「うん」


 〈白鹿庵〉で一番少食なのはラクトで、次点がミカゲだ。とはいえ、二人もこの海鮮バーベキューをしっかり楽しんでいる。

 今回は飲み物もキンキンに冷えたものが準備できているからな。若者はコーラやジンジャーエールを喉を鳴らして飲み干しているし、エイミーや俺は軽くビールなんか入れたりして。


「クチナシも何か食べるか?」

『はい。…………はい?』


 船の壁に背を預け、皿に取った焼きガニと焼き魚を監視カメラの方へと向ける。

 静かに盛況を見守っていたクチナシは、まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、少し困惑の色を見せた。


『私は船体管理システムです。摂食の必要はありません』


 皆さんでお楽しみください、とクチナシは冷静に答える。


「しかし、見てるだけってのも楽しくないだろ?」

『私はただの人工知能ですので、摂食は不可能です』

「緊急時用の補助機械人形があるだろ」

『…………』


 沈没の危険などが生じた際、乗組員を安全に救難艇などへ誘導するため、補助機械人形が積み込まれているのはマニュアルで確認した。あくまで補助的なものなんで、管理者機体ほど高性能ではなく、調査開拓用機械人形よりもはるかに様々な行動が制限されているものだが、食事くらいはできるはずだ。

 というか、できるようにした。


『補助機械人形関連データパックにプリインストールファイル以外のデータがあります』

「俺が入れたやつだな」

『何ですか、これは?』

「長い航海になるんだし、食事くらいは一緒に取れたほうがいいかと思ってな」

『………………』


 長い沈黙。クチナシのAIはずいぶん高性能だ。

 しかしやっぱり、高性能であればあるほど、俺は彼らをただの機械だとは思えなくなる。NPCに対してこの距離感は近すぎるとも言われているのだが、こればかりは変えられない。


「ま、気が向いたら来てくれよ。俺はいつでも歓迎するし、他の仲間もおんなじだから」

『……』


 何か考え込んでいるのか、クチナシは答えない。

 俺は肩を竦め、瓶コーラを一気飲みしているシフォンたちの元へと向かった。


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Tips

◇“千手観音蟹”

 〈怪魚の海溝〉に生息する巨大な甲殻原生生物。頑丈な硬い外殻と、無数の腕を持つ。腕の一本一本の力もさることながら、仮に切り落とされても即座に生える強靭な再生能力も脅威的。

 非常に希少な原生生物であり、ナキサワメはその生態解明のため積極的な保護を要請している。

“外骨格を持つ原生生物でありながら、一瞬で腕を再生させるという能力は非常に強力で、調査開拓活動においても様々な分野への応用が期待できます。非常に珍しい原生生物ではありますが、発見した際にはぜひ生け取りにして持ち帰って欲しいです。”――管理者ナキサワメ


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