第1166話「最新巡洋艦」
巨大な装甲艦がゆっくりと離岸する。クチナシ型十七番艦の出航だ。
艦長は〈操縦〉スキルを持つ俺で、サブとしてレティとLettyが付いてくれている。最低限〈操縦〉スキルレベル80以上のプレイヤーが二人いれば動かせる船だが、3人ならば個々の負担も軽減できる。
レティは基本的にしもふりの使役か機械鎚の使用にしかスキルを使っていないし、Lettyに至ってはレティがスキルを取得しているから取得している、というだけであって一切使っていない。そのため、あくまで彼女たちは動力関係を動かす支援という立場だ。
ともあれクチナシ型調査開拓用装甲巡洋艦は艦船専門の工房バンドが設計し、あの〈プロメテウス工業〉が建造した最新鋭の船だ。ほとんどの機能は自動化されているため、俺たちがするべき操作というのもあまりない。
「いきますよ!」
「いつでも!」
「てやーーいっ!」
無事にプリセットされた航路へと就いた後は、レティとLettyは早々に操舵室から飛び出し、広い甲板でバレーなどに興じている。
未踏破領域へ乗り込むと言っても、しばらくは〈大鷲の騎士団〉なんかの先達が地図を作ってくれた既知の海だ。ある程度は暇な時間が続くため、みんなには自由に過ごすように言っている。
だが船長である俺は今のうちに船の扱い方を覚えなければならないため、分厚いマニュアルを捲りつつコンソールと格闘していた。
「うーん、ここをこうして……こうか?」
「お疲れ様。難しそうだね」
「おお、ラクトか。ありがとう」
細かいボタンと計器が並ぶ制御ウィンドウを弄っていると、ラクトがコーヒーを淹れて持ってきてくれた。ありがたくそれを受け取りつつ、甲板で好きに過ごしているレティたちの方を見る。
「ラクトもバレーして来ていいんだぞ。 未踏破領域までは結構かかるからなぁ」
「いいよ。日差しもキツいし」
彼女は燦々と輝く水面を見て眩しそうに目を細める。
海の上というのは陽を遮るものがないどころか、水面が陽光を反射するためあらゆる角度から容赦なく照らされる。甲板にビーチチェアを広げて優雅に寝転んでいるエイミーなどは、パラソルとサングラスで完全防御体制だ。
「わたしは大人しく船室で雑誌でも読んでるかな」
「それもいいんじゃないか。シフォンとかも引きこもってるみたいだしな」
レティとLettyなどはアウトドア派だが、シフォンやミカゲは比較的インドア派だ。彼女たちは艦内にある大部屋で好きに過ごしているらしい。監視カメラの映像を確かめてみると、シフォンはハンバーガーとポテトを食べつつタロットで遊んでいるようだ。
「レッジは遊ばないの?」
「マニュアル覚えてからだな。これが色々難しいんだ」
分厚いマニュアルにはこの船の全情報が記されている。とはいえ、俺が全て使いこなせるわけではなく、あくまで対応しているスキルの範囲内だ。それでも、基本的な操作の他〈撮影〉スキルや〈野営〉スキルによる拡張機能が多いため、確認だけでも一苦労だ。
「とりあえず、SCSの起動までやりたいんだけどな」
「SCS?」
首を傾げるラクトに、マニュアルの当該ページを開いて見せる。
「艦体管理システムSCS-クチナシ。船の基本的な操作を代行してくれるプログラムさ」
「もう起動してるんじゃないの? 自動航行モードになってるんだよね」
「システム自体は船の起動と一緒に動いてるさ。ただ、専用コンシェルジュっていうのがあるみたいでな」
「コンシェルジュ……?」
ラクトの困惑が深まっていくのを感じる。
まあ、長々と説明するより実際に見てもらった方が早いだろう。俺はコーヒーを一口飲んで、マニュアルの通りにウィンドウを操作する。
「とりあえず、このインストールが終われば……」
システムがデータパックを取り込み終える。
一度、数秒の再起動時間を経て、艦内に機械音声が鳴り響いた。
『ハロー。こちらはクチナシ型調査開拓用装甲巡洋艦十七番艦、艦体管理システムSCS-クチナシ-17です。現在、本艦は第三開拓領域〈イヨノフタナ海域〉第一域〈怪魚の海溝〉を自動航行モードにて航行中。目的地に設定されているポイント-αまでの所要時間は23時間17分です』
「わわわっ!?」
無機質だが流暢な声が発せられ、ラクトが驚く。窓の外を見れば、レティたちも何事かとこちらを見ていた。
「SCSって人工知能なの?」
「そういうことだ。この船はクラスⅨ人工知能を搭載してる」
「クラスⅨって、制御塔の警備NPCの一つ下じゃん」
呆れたようにラクトが眉を上げる。
NPCの中では上から二番目のかなり高性能な人工知能である。建造費の三割はこの人工知能を構成するAIコアが占めていると言われるほどの高級品でもある。
「そのおかげで楽して公開できるんだ。SCSがなかったら、〈操縦〉スキル80のプレイヤー10人でもなかなか動かせない規模らしいからな」
「大盤振る舞いだねぇ」
クチナシ型は現在までで既に17隻が建造、就役している。この船の開発計画を主導したのはナキサワメだが、彼女もなかなか思い切ったことをする。
「今回の任務はSCSの学習って目的もあるんだ。クチナシ-17には頑張ってもらわないとな」
人工知能というのは学習データが多ければ多いほど成長するものだ。そのため、ナキサワメも格安で貸し出してでもデータを集めようとしている。最終的にクチナシ型は50隻も造られる予定になっているそうだが、それらの活躍も俺たちの手にかかっているといって過言ではないのだ。
『お任せください。皆様には安全で快適な航海をお届けできるよう、最善を尽くします』
「おお、よろしく頼むよ」
賢い人工知能を積んでいるだけあって、受け答えも流暢だ。
無事にクチナシ-17のコンシェルジュも起動できたので、俺もようやく椅子から解放される。立ち上がり、軽く体をほぐしながら、考えていたことをクチナシ-17に告げた。
「今から、船体とテントの融合展開をするから、諸々よろしく。とりあえずパワーグリッドとデータポートの開放と、第1から25番セルまでのロック解除を」
『…………かしこまりました』
「ねえ、コンシェルジュちょっと困ってない?」
若干返答に時間があったが、まあ問題ないだろう。
俺は胡乱な目を向けてくるラクトをあしらいながら、甲板へと向かった。
━━━━━
Tips
◇SCS-クチナシ-17
クチナシ型調査開拓用装甲巡洋艦十七番艦に搭載されているSCSコンシェルジュ。クラスⅨ人工知能の高度な情報演算能力を用いて、大型艦の統括的な制御を行う。
人工知能ではあるが仮想人格は搭載されていないため、あらゆる事態に対して着実に対処することが可能。
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