第1163話「更生と再犯者」

「オラーイ、オラーイ、オラーイ。オーケー!」

『降ろすよー』

「よーしよしよし」


 大通りへ乗り込んできた大型トレーラーから、鉄筋が降ろされる。重量のある建材を軽々と抱えたマシラは、現場監督をしている調査開拓員の指示に従って、荷物を移動させていく。

 ナキサワメによる泥酔事件から一週間。彼女も無事に職務に復帰し、都市の完成は間近に迫っていた。


『上手くやっているようですね』

「そうみたいだな。一時はどうなることかと思ったが、順調じゃないか」

『計画の遅れも想定の範囲内に収まりました』


 久しぶりに〈ナキサワメ〉の視察へ繰り出した俺とウェイドは、先日とは打って変わって勤勉に働く作業員たちを見てほっと胸を撫で下ろす。調査開拓員たちだけでなく、マシラも積極的に作業に参加しているし、暴れて建物を壊す様子もない。ドワーフや人魚といった他種族の作業員たちも慣れた動きで互いに強力しあっている。

 ナキサワメは過去の失敗を乗り越え、管理者としてうまく現場を仕切れているようだ。


『あっ、ウェイド! レッジさんも!』


 見違えるほど街並みの整った通りを歩いていると、溌剌とした声が響く。振り返ると、青い髪を海風に靡かせたナキサワメが駆け寄ってきた。


『お邪魔しています、ナキサワメ。工事は順調なようですね』


 彼女の働きぶりを目にしたウェイドも、穏やかに迎える。


『えへへ。ウェイドのおかげです』


 ナキサワメは泥酔事件後、〈マシラ保護隔離施設〉で療養と更生を指示されていた。ウェイドの補佐としてマシラの収容違反に対処しつつ、管理者としての働き方をしっかりと叩き込まれたらしい。

 すっかりアルコールも抜けて元気になった彼女を見て、俺も安心する。


「酒類の禁輸はまだ継続されてるのか?」

『はい。町が完成するまでは一滴もお酒は飲めません』


 泥酔事件ではナキサワメが管理者権限で都市の予算で無制限に酒を買い込んでいた。そのため、現在はT-1によって酒類の禁輸措置が取られている。ちなみに、工業用アルコールだと言い張って持ち込もうとした奴もいたようだが、軒並み〈スサノオ〉の地下にある施設に送られて強制労働を課されている。


「ドワーフたちもよく手伝ってくれてるんだな」

『お酒は飲めないですが、休憩は許されていますから。そのタイミングでみんなで食事を取るようにしたんです。いろんなお話も聞けて、親交も深まりました』

『それはいいですね』


 事件後、ナキサワメも管理者としての在り方を考えた。そうして、積極的にプレイヤーや他種族と交流を持ち、相互理解と友好関係の構築に力を入れている。

 そんな彼女の働きが結実し、〈ナキサワメ〉はかなりのハイペースで建築が進んでいるのだ。


『直下にある封印杭管理拠点パイル02との相互連携体制の構築も順調に進んでいますね』

『はい。ポセイドンにも助けられていますよ』


 〈ナキサワメ〉のすぐ下には、ポセイドンが眠っていた第弐術式的封印杭がある。それを中心とした管理拠点がポセイドンの指揮下で整備されており、ゆくゆくは〈ナキサワメ〉と合体する予定になっていた。

 ポセイドンはもともとが第二開拓領界の統括管理者だっただけあって海洋フィールドでの動き方というものを熟知している。彼女のノウハウは第一期調査開拓団にも共有され、早速開拓活動に活かされているようだ。


『この度は本当に、多大なご迷惑を……』


 ナキサワメはウェイドに向かって粛々と謝罪を述べる。しかし、そんな彼女をウェイドは手で制した。


『謝罪文なら既に受け取っています。何より、貴方は既に結果を出していますから。今更謝罪を重ねる必要も、今後負い目を感じる必要もありません』

『ありがとうございます』


 こういうさっぱりとしたところはウェイドの性格なのだろうか。なんにせよ、後輩の失敗を認め、許すことができるのは彼女の美徳だろう。


「俺のことも許してくれないか?」

『は?』


 この流れに乗じて俺も続けないかと希望を持って口を開く。すると、極寒の視線が容赦なく俺を突き刺してきた。


『あの、ずっと気になっていたんですけど……』


 ナキサワメが言いにくそうな顔で俺の手を指差す。


『どうして手錠を?』


 俺の手首は頑丈な手錠によって固定されている。つながれたチェーンの先は、ウェイドがしっかりと握っている。俺はウェイドに付き従うというよりは、彼女に連行されている形でここにいた。


「いやぁ、ははは。ちょっとな……」

『複数の変異マシラを〈ナキサワメ〉周辺海域に解き放とうとしていたので、現行犯逮捕したんです』

『えええっ!?』


 言葉に詰まっているとウェイドがとんでもない曲解で説明して、ナキサワメが目を見張る。なんてことを、と言わんばかりに俺を見つめる少女に慌てて弁明する。


「ミートたちが海水浴したいって言うから、連れ出したんだよ。異種族間交流だよ、異種族間交流」

『それにしたって変異マシラの解放は調査開拓員ひとりにつき1体のみという規定があります。何を真正面からぶっちぎろうとしてるんですか』

「だって、友達が一緒じゃないと可哀想だろ?」

『そう言う話をしてるんじゃありません!』

『ひええ……』


 何度も繰り返した説明にも関わらず、ウェイドは俺の拘束を解くつもりはまったくないらしい。現実ならこれくらい間接を外せばすぐに抜けられるのだが、FPO内だとそう言うわけにもいかない。


「せめて弁護士を呼んでくれよ」

『弁護してくれる人に心当たりでも?』

「カミルを呼んでくれ!」


 眉間に皺を寄せるウェイド。

 TELが許可され、カミルに掛ける。


『もしもし? は? バカじゃないの? 3億年くらいお世話になっときなさい』


 ガチャン。ツーツー。


「そんな……」

『逆になんでメイドロイドが弁護してくれると思ったんですか?』


 膝から崩れ落ちる俺を、ウェイドが冷たい目で見下ろす。なんでもできる万能メイドなら弁護もできると信じていたのに。


『そういうわけなので、ナキサワメ。ひとつ頼んでもいいですか?』

『は、はい?』


 この流れでウェイドから話の矛先を向けられ、ナキサワメがたじろぐ。いったいどんな無理難題を押し付けられるのかと戦々恐々とした表情だ。


『この人を〈怪魚の海溝〉の未踏破領域へ向かわせます。まだ準備が整っていないのは知っていますが、少しだけ拠点機能を使わせもらいたいんです』

『な、なんだそんなことですか。もちろん、構いませんよ。実際、特別許可を申請して貰えれば、調査開拓員の拠点利用はすでにできるようになっていますから』


 あからさまにホッとした様子で肩の力を抜くナキサワメ。

 〈大鷲の騎士団〉のような気合の入った攻略組は、わざわざ都市の完成を待つような行儀の良いことはしない。そんな彼らのために、ナキサワメも一定の条件下で都市の拠点機能を解放しているようだ。


『では、よろしくお願いしますね』

『はい!』


 俺の意見は一切求められず、目の前で話が進んでいく。

 そんなこんなで、俺は広い海洋へと旅立つことが決定してしまったのだった。


━━━━━

Tips

◇調査開拓員拘束手錠

 管理者のみが使用できる、非常に素行の悪い調査開拓員を拘束するための特別な手錠。非常に堅固な構造であり、解錠には三重の認証が必要となる。装備者のLPを半減させ、LP供給能力を停止、全ステータスを95%ダウン、移動速度を15%に固定する。


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