第1162話「お酒大好き」

『――で、こうなったわけですか』

「はい……」


 シード03-ワダツミの舗装路は硬い。その上に膝をそろえて正座した俺は、ウェイドの鋭い眼光を浴びていた。


『ウェーーーイ! みなひゃんいっぱいのんでまふかぁー?』

「ウェエエエエイ!」


 視線を横に向けて見れば、区画を完全に無視して急拵えで作られた宴会場が、目を覆いたくなる惨状を展開している。いくつもの盃や一升瓶、ビール缶が地面に転がり、赤ら顔の調査開拓員、ドワーフ、さらに人魚やマシラまでもが上機嫌の千鳥足で踊っている。

 ガントリークレーンがピンク色のペンキを塗りたくったコンテナをブンブンと振り回し、重機NPCたちがカラフルな豆電球で身を飾って更新している。

 末期の花見会場のようなカオスの中心で、頭にネクタイ鉢巻きを着けて一升瓶を掲げているのは、他ならぬナキサワメ(泥酔)であった。


『ウィー、ヒック。ぽしゃけが足りましぇんにぇー? ありゅこーりゅモットちょーらい!』

「へいっお待ちぃ!」

「うぉおおおおっ!」


 空の一升瓶を煽り、不満を上げるナキサワメ。彼女の要請に応えて酒造職人の酔っ払いが樽を転がす。酩酊した男たちがてんでバラバラな方向へと駆け出し、壁に激突してひっくり返る。

 その場の空気を吸うだけでも酔っ払いそうな惨状だ。


『どうしてこんなことに……』


 一度説明したにも関わらず、ウェイドは額を抑える。

 職場見学から数日が経ち、〈ナキサワメ〉の建設計画が全く進んでいないことに気がついた彼女が駆け付けて、この地獄のような宴会場を目の当たりにしたのはつい数時間前のことである。その後、ログインしてきた俺は早々に呼び出され、この理由の説明を求められていた。


『も、もしかしてわたしが悪いっすかね……?』


 青い顔をして身を震わせているのはホムスビである。彼女もウェイドから招集され、この惨状を見て愕然としていたひとりである。


『いや、お主は悪くないじゃろ』

『YES。これはナキサワメの問題ですね』


 更に関係者としてT-1、そしてワダツミも様子を見にやって来た。〈ナキサワメ〉の中心部には規制が掛けられ、調査開拓員たちの立ち入りは制限されているが、野次馬たちも増えてきた。

 そんな中で、俺は再び一から説明を始めた。


「先日の職場見学で、ナキサワメはいろんな事を学んだ。実際に管理者機体を動かして現場を見ることの重要性、計画を流動的に更新していく柔軟性、そして、調査開拓員とマシラ、更に他種族との協力関係を築くこと」

『そこまでは分かりますよ』

『わたしもっす。ナキサワメもピクニックでドワーフやグレムリンたちと楽しそうに話してたっす』


 職場見学に協力してくれたウェイドとホムスビが強く頷く。ナキサワメが彼女たちから学んだことは、管理者として業務を遂行する上で重要なことばかりだ。だからこそ、二人も今後のナキサワメの活躍に期待していたはずだ。


「で、ここからは推測だけどな。彼女はそれらを忠実に実行したんだろ」

『そこが分からんのう』


 T-1がピコピコと狐耳を動かす。彼女の意見に同意するように、他の管理者たちも頷いた。

 これらのインプットから、なぜ泥酔した宴会がアウトプットされるのか。


「だから、実践したんだ。管理者機体で直に調査開拓員や他の種族のみんなとコミュニケーションを取る。その際、秒単位で決めてた計画は考えなくていいって」

『ええ……』


 ウェイドが理解不能といった顔をしている。けれどそれしか説明が付かない。


「つまり、ナキサワメは後のことは一旦置いておいて、みんなで飲みニケーションしようぜって誘ったんだろ」

『後のことを考えなさすぎでしょう!?』

「それはナキサワメに言ってくれよ」


 近くで狸の置物を抱いて寝ていたおっさんに話を聞いた限りでは、ここ1週間ほどずっと宴会が続いているらしい。酒やツマミは管理者マネーから出るため、タダで酒が飲めると全国の飲兵衛たちが集結したとか。

 マシラは戦闘でなくとも、騒がしいことが大好きだ。ドワーフは無類の酒好きだし、グレムリンとコボルドも気質は根っこの部分で一致している。人魚も、彼らの庇護者が 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉ことポセイドンであるあたり、祭り好きには違いない。

 そんな彼らの共通項として開かれた酒宴は大盛況だっただろう。ナキサワメは彼らが一致団結してくれたことに喜んだはずだ。それこそ、これを続ければ上手くいくという確信を得るほどに。


『とりあえず、〈ナキサワメ〉は酒類の禁輸をするぞ』

『妥当ですね』

『わ、わたしがピクニック開いたせいっす……』


 冷めた目をしたT-1が指揮官権限で酒臭い水上都市からアルコール類を排除する。ショックを受けているのは、ピクニックを開いてくれたホムスビだ。あの時にビールが供されたのも、きっかけの一つではあるだろう。


『NO。ホムスビは悪くありません。全てはナキサワメの責任です』


 しかし、憔悴しているホムスビをワダツミが慰める。彼女も姉として、末妹の失態に責任を感じているようだ。


『ほ、ほわあああっ!?』


 その時、宴会場の方で悲鳴が上がる。見てみれば、樽を空にしたナキサワメが愕然として周囲を見渡している。


『ぽ、ぽしゃけ! ぽしゃけが……!』


 早速T-1の禁輸措置が効力を発揮して、都市に酒類が入らなくなったらしい。その効果はてきめんで、ナキサワメは滂沱の如く涙を流している。


『誰かぁぽしゃけ持ってませんかぁ。アレがないともう私、わたしぃ』


 空の酒瓶を抱えて彷徨うナキサワメだが、酒好きの酔っ払いたちも限りあるアルコールは渡せない。禁輸措置が発動した以上、彼らに無限の酒はないのだ。


『末期じゃのう』

『ウェイド、ナキサワメを隔離施設に収容してぶちこんでください』

『ウチは病院じゃないんですけど!?』


 呆れるT-1、静かに怒りをたぎらせるワダツミ、厄介ごとを押し付けられそうになっているウェイド。こっちもこっちで危なくなってきた。


『わっしょーい! なんだか賑やかな気配だね! ってうわっ!? 酒臭!?』


 そこへ、海の底からポセイドンがやって来る。来て早々、町の惨状に鼻を摘んで目を見張る彼女は、現在〈ナキサワメ〉の地下にある封印杭の封印杭管理拠点化と〈パルシェル〉〈アトランティス〉の整備を進める多忙な身だ。


『レッジ、これどういう状況?』

「ポセイドンも管理者なんだから情報共有して貰えばいいだろ……」


 何度も説明するのも面倒だ。そもそもポセイドンも長らく取り調べと検査を受けた後、管理者としての権限を取り戻しているのだから、すぐに情報にアクセスできるだろう。

 ポセイドンはすぐにあらましを理解して、口をへの字に曲げた。


「祭り好きなのに、これは嫌なのか?」

『お酒臭いのきらい! というか、これはお祭りじゃない! ノットわっしょい!』


 なんと、ポセイドンはこの泥酔会場を受け入れ難いようだ。まあ彼女は実年齢はともかく精神年齢は少女的なところがあるからなぁ。祭りの賑わいはともかく、大人たちがグデングデンに酔い潰れているのは見るに堪えないのだろう。


『パイル02の整備でナキサワメと協力しないといけないのに、最近全然連絡返してくれないし! むぅ……!』


 どうやら、実害もしっかり被っているらしい。ポセイドンは苛立ちの募った表情で、ぐっと拳を握る。そして――。


『とりゃあああああっ!』


 大きな声を上げる。その瞬間、周囲の海が大きくうねり、巨大な波が〈ナキサワメ〉に影を落とした。


「うおおおっ!? ポセイドン!?」

『みんな頭を冷やせばいいよ! そしたら水に流したげる!』

『何を言ってるんですか!?』


 俺はウェイドたちを引き連れて町から離れる。野次馬たちも慌てて船を出していく。残されたのは酔い潰れたナキサワメたちだけだ。

 町から離れながら、海の下に巨大な影がうねっているのを見つける。あれは、まさかエウルブ=ロボロスか? 竜闘祭を奉納する巨竜で、普段は海底――封印杭の周囲で眠っている第零期選考調査開拓員。その能力は確か、海を攪拌すること。それならば、町を覆い尽くす波を起こすことも容易だろうが。


「逃げろ!」

「うぉわあああああ!」

「うぇぇい! 酒が降って来たゾォ」

『ぽしゃけぇ〜』

「ダメだこいつら!」


 一部の酔いが軽いものが異変に気付くが時すでに遅し。

 ナキサワメの暴走によって泥酔した町は、その惨状を揉み消すかのような大波によって綺麗さっぱり押し流された。


━━━━━


Tips

◇海洋資源採集拠点シード03-ワダツミにおける禁輸措置について

 同拠点にて発生した管理者の暴走によって、領域拡張プロトコルの進行遅延が発生したことを鑑み、指揮官T-1の命令で禁輸措置が発動されました。

 これにより、期間中はシード03-ワダツミへの酒類の持ち込みの一切が制限されます。これは管理者権限においても制限されるものであり、いかなる方法であっても許可されない密輸は厳罰に処されます。

 実行期間は現時点よりシード03-ワダツミの完成、および封印杭管理拠点パイル02-ファイトの完成、両施設の連携確立までとなります。

 また管理者ナキサワメに対しては、〈マシラ保護隔離施設〉での療養更生処分が下され、指揮官T-1への始末書の提出、管理者ウェイドと管理者ホムスビに対する謝罪文の提出、および管理者ワダツミによる指導が行われます。


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