第1161話「突発宴会」

 ホムスビが指し示した先にいたのは坑道を掘り進めている作業員たち。作業服とヘルメットを着用し、ツルハシやハンマーで岩を砕いている。そんな中に、小柄で髭を生やした奴や、毛のない素肌を露わにした狼男の姿を見つける。


「ドワーフにコボルド、グレムリンまでいるのか」

『はい! 坑道の掘削作業なんかは私たち調査開拓団よりもずっと多くノウハウを持っているので、力強い味方なんすよ』


 ホムスビが元気よく挨拶をして手を振ると、ドワーフたちも和やかな表情で振り返してくる。地下種族三者が並んで作業しているのはなかなか凄いことではなかろうか。


『封印杭管理拠点パイル01-クナドの整備では、特にコボルドからの協力が大きく寄与したっす。言語翻訳の精度もかなり上がってきてるっすから、積極的に彼らを雇用するようにしてるんすよ』

「なるほどなぁ。餅は餅屋ってわけだ」


 ドワーフもコボルドもグレムリンも、長い間地下世界で暮らしていた種族だ。彼らは地相を読む独自の技術を持ち、鉱脈を正確に掘り当てるという。彼らを雇い入れるようになってから、崩落事故などもかなり減ったらしい。


『まあ、代わりにフィナンシェの輸入量がかなり増えたっすけどね』

「そういえば、ドワーフはフィナンシェ払いが基本だったか」


 彼らを雇う時の注意点として、地下種族は調査開拓団の経済システムに属していないというのが挙げられる。〈クナド〉で露店を営むコボルド族などは腕輪型の端末で電子通貨取引を行っていることもあるが、それが完全に普及しているというわけでもない。

 そのため、彼らへの報酬は現物支給。基本的にはフィナンシェで払っているのだ。


「またウェイドが泣きそうな話だな」

『あはは。ウェイドには申し訳ないっすけど、お金の力で優先的に仕入れさせてもらってるっす』


 より高い金額を提示された方に商品が流れるのは経済の基本だ。どれだけウェイドが渇望しても、砂糖は金と引き換えられる。


『あの、グレムリンが壁を叩いているのは?』


 異種族入り混じっての工事現場を見学していたナキサワメが何かに気付く。彼女の視線の先では、指の長いグレムリンがしきりに坑道の壁を叩いている姿があった。


『近くに空洞があるかないか、この先の岩が脆くなっていないか、とかを調べてるっすよ。ああ言うのはもっと専門的な技能が必要で、あれができるグレムリンは“ノッカー”と呼ばれてたりするっす』

「ほー。アイなんかが得意そうだな」


 第二次〈万夜の宴〉をきっかけに、アイはエコーロケーションがかなり上達した。今の彼女ならばノッカーと同じようなことができるのではないだろうか。


『一応、調査開拓員のスキルシステムにも『音響鑑定』ってテクニックはあるっすよ。まあ、専用の設備を用意しないと使いにくいテクニックなんすけど』


 『音響鑑定』は専用のスピーカーとマイク、さらに特定の周波数を内蔵した音声データが必要になり、かなり難しい高等技術になる。そのため、わざわざ『音響鑑定』ができる人材と機材を揃えるよりも、グレムリンに頼んだ方が早いし楽なのだ。


「ちなみにカミルは坑道掘ったりできるのか?」

『は?』


 熱心に坑道の写真を撮っているカミルに話しかけてみる。なんでもできる万能メイドな彼女のことだから、そういうこともできるのかと思ったのだが、予想外に冷ややかな視線が飛んできた。


『そんなプロの仕事ができるわけないでしょ。せいぜい5kmくらいまでの構造設計と地質調査くらいしかできないわ』

「十分じゃないか?」

『そんなわけないでしょ。鉱山仕事舐めてるなら一回やってみなさいよ』


 軽い気持ちで聞いただけなのにめちゃくちゃ怒られてしまった。彼女はプロの仕事にも敬意を持っているらしい。


『ホムスビは現地住民の雇用による軋轢をどのように対処しているんですか?』


 ナキサワメから踏み込んだ問いが投げられる。彼女も町の建設にマシラの協力を受けている。しかしマシラも一筋縄ではいかない存在で、これまでも幾度となくトラブルは発生しているのだろう。マシラは調査開拓団の所属ではないため、管理者であるナキサワメでもコントロールすることはできない。それは、ドワーフたち現地住民も同じだ。


『うーん、そうっすねぇ』


 ホムスビは問いに対して悩む。考えたこともなかったかのような反応に、ナキサワメがすでに驚いていた。


『特に意識はしてないっすけど……。強いて言うならお弁当っすね!』

『お弁当……?』


 首を傾げるナキサワメに、ホムスビは頷く。


『ホムスビといえばやっぱりオムスビ弁当っすよ。わたしも暇があればトロッコに積んで、坑道まで訪問販売してるっす』

『ほ、訪問販売ですか』

『現場で働くみなさんに、少しでも元気に働いてもらいたいっすからねぇ』


 ホムスビ名物オムスビ弁当。管理者が自ら品目を選定した特製弁当で、これの人気は調査開拓員の間でも高い。中にはこれを目当てに通っているという熱心なファンもいるくらいだ。


『やっぱり、現地での交流が大事なんですね……』


 興味深そうに頷いているナキサワメ。ウェイドもホムスビも、彼女に管理者機体での直接的な行動を勧めていた。そして、実際に彼女もその効用をその目で見ているのだ。


「何か掴めたか?」

『はい! 私も、なんとかできそうな気がして来ました』


 何か考えが纏まったのだろう。ナキサワメは今までの弱気を吹き飛ばし、元気いっぱいに頷く。

 そんな彼女の姿を見て、ホムスビも嬉しそうだ。


『それは良かったっす! じゃあ、せっかくですし、この辺りでごはん食べませんか? ピクニックしましょう!』

「おお、いいじゃないか。テントなら任せてくれ」


 ホムスビの提案に乗っかり、俺は坑道の真ん中でテントを広げる。工事中の坑道は原生生物もポップした瞬間に仕留められるので、危険はほとんどない。雰囲気重視のレジャーテントでいいだろう。


『なんだか久しぶりにテントを見たわね』

「テントは結構使ってるぞ?」

『そういう意味じゃないわよ』


 何やら呆れた様子のカミルに肩を竦められながら、食卓の準備をする。食べ物はホムスビ弁当として、飲み物も用意した方がいいだろうな。


『おーい!』

『いい匂いがしとるのう』


 そうこうしていると、作業していたドワーフたちも匂いを嗅ぎつけてやって来る。当然、拒む理由もないため彼らも輪に加える。すると騒ぎを聞きつけた調査開拓員たちもやって来る。

 人が人を呼ぶようにして、いつの間にかずいぶんと大所帯になってきた。

 それでもホムスビは楽しそうにしているし、ナキサワメも嬉しそうだ。


『かんぱーい! ――ヒック』


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Tips

◇ビール

 別名、麦ジュース。疲れた体に染み渡る炭酸と喉越し。辛口のキリッとした爽快感。麦とホップの純粋さが心地よい。

『美味い!もう一杯!』

 肉体疲労を回復させる。酩酊度+5


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