第1159話「眠らない都市」
ウェイドと別れ〈マシラ保護隔離施設〉を後にした俺たちは、管理者専用機に乗って大瀑布を飛び越えた。〈水蛇の湖沼〉や〈猛獣の森〉といった懐かしいフィールドを見下ろしながら、シード01-スサノオも通り越して、北に聳える大山嶺を駆け上る。
「次の職場見学はアマツマラか?」
険しい雪山の中腹あたりにある地下資源採集拠点シード01-アマツマラ。それは山の内部に眠っている豊富な鉱物資源を採掘するために造られた都市だ。〈ウェイド〉や〈スサノオ〉といった他の都市と比べれば、かなり面積的な規模は小さい。
『いえ、アマツマラではないみたいです』
管理者専用機が着陸態勢に入る。ヘリポートに降り積もった雪を吹き飛ばしながら、丁寧なランディングを決める。
展開したタラップから降りた俺たちを出迎えたのは、アマツマラではなかった。
『こんにちは! 遠路遥々ご苦労様っす!』
『なるほど。ホムスビか』
数機の警備NPCを護衛として伴い現れたのは、赤髪のショートカットが活発そうな少女、シード02-アマツマラの管理者ホムスビだった。
彼女はすでにウェイドから話を聞いているようで、快く俺たちを出迎えてくれる。吹雪のヘリポートから、〈アマツマラ〉の制御塔内部に入り、そこであらためて挨拶をする。
『あなたがナキサワメっすね。海洋資源採集拠点は階級的には地下資源採集拠点と同じですし、応援してるっす!』
『よ、よろしくお願いします』
あまりにも陽の気配を強烈に放つホムスビに、ナキサワメはたじたじだ。
『ホムスビ。あんまり新人をいじめるんじゃねェよ』
『ええっ!? い、いじめてた訳じゃないんすけど』
見かねて声を掛けたのは、制御塔内で仕事をしていたアマツマラだった。ホムスビにとっては姉にあたる存在で、管理者としても経験が長い。
「よう、アマツマラ。調子はどうだ?」
『闘技場の方が好調だよ。まったく、何が本業か分からねェ』
軽く話しかけると、彼女はにやりと笑って答える。
もともとは地下資源の採掘のため作られた〈アマツマラ〉だが、ここ最近はむしろ〈アマツマラ地下闘技場〉という施設がメインになっている。広くて立派な大アリーナから、タイマンにちょうどいい小アリーナまでが揃い、様々な条件を設定しながら調査開拓員同士の
調査開拓員のなかにはここでの対人戦のためにスキルビルドを調整している対人勢と呼ばれるような層もいるほどの一大コンテンツである。
『ウェイドから話は聞いてる。新人のためってホムスビも張り切ってるよ』
『ちょっ、アマツマラ!』
くつくつと笑うアマツマラにホムスビが恥ずかしそうにする。そうして、彼女が更に余計なことを言わないうちにと俺たちを連れて制御塔から出て行った。
『あの、レッジさん。どうしてウェイドはホムスビを紹介してくれたんでしょうか』
「うん?」
〈アマツマラ〉から〈ホムスビ〉までは、巨大な
「ウェイドが“建築計画の実行”と言う面で参考になると推す理由か。まあ、着いてみれば分かると思うけどな」
『はぁああっ! このゴンドラ、また改修されてるのね。前に来た時のはもう二世代前になるのかしら』
ぴょんぴょんと飛び跳ねてカメラを構えるカミルは楽しそうだ。都市の設備も定期的に更新されているようだし、今後はもっと頻繁に彼女を連れて出かけたほうがいいかもしれない。
「ホムスビは今のところ、調査開拓団が開発した唯一の地下都市だ」
ゴンドラが坑道を抜け、巨大な地下空間が眼下に広がる。
ここは封印杭管理拠点パイル01-クナドや〈オモイカネ記録保管庫〉などとは違い、第一期調査開拓団がシードの投下から始めた拠点だ。管理者であるホムスビは誕生から今まで、常に都市とそこから広がる大坑道の延伸工事を続けている。
『土木工事件数の実績で言えば、わたしはダントツでトップなんすよ!』
ホムスビが照れた笑みで胸を張る。
岩盤を砕き、地中を掘り進め、度重なる崩落に対処する。そんな大規模な土木工事を常に続けているこの町は、毎日驚異的な速度で成長しているのだ。
『なるほど……』
ナキサワメはゴンドラに揺られながら、〈ホムスビ〉から放射状に伸びる太い線路を見下ろす。そこには特大のトロッコがずらりと並び、大量の鉱物を積載している。周囲では特大機装〈カグツチ〉が動きまわり、更にその足元で機獣たちも働いている。
どこかの都会の駅並みに、この町は眠らない。どこかの偉大な教会のように、この町はいつまでも完成しない。絶え間なく鉄を打ち、地中深くへと根を伸ばすのだ。
『せっかくっすから、実際に坑道を案内するっすよ。そのために、今回は特別なガイドも連れて来たっす!』
ゴンドラが到着し、ホムスビが飛び出す。何やらサプライズを用意してくれている様子の彼女に着いていくと、特大トロッコの発着場へと案内された。
カミルは小さなビルほどもある巨大なトロッコに有頂天になっているし、ナキサワメも圧巻されている。
ヘルメットを着けた作業服姿の調査開拓員たちが、NPCばかりの管理者一行に物珍しげな視線を向けている。彼らは俺の姿を認めると、何やら納得したような様子で再び作業に戻っていった。
『レッジサーーン!』
『今度ハ管理者ヲ連レテ来タノネ』
「おお、ナナミとミヤコじゃないか! 元気にしてたか?」
トロッコの影から飛び出して来たのは、全身のパーツを大きく改造された二機の警備NPC、ナナミとミヤコだった。
そういえば、彼女たちは元々この〈ホムスビ〉で働いていた。そのため、〈万夜の宴〉が落ち着いた後は再びここに戻っていたのだ。それをホムスビの粋な計らいで呼び寄せてくれたらしい。
『れ、レッジさんは警備NPCとも交流があるんですか?』
「まあな。2人とも力強い協力者なんだよ」
『フフン。面ト向カッテ言ワレルト照レマスネェ』
少し驚いている様子のナキサワメだが、ナナミはいつもの調子でコミカルに機体を動かす。8本足の蜘蛛型多脚機械だが、いつの間にかずいぶんと感情表現が上手くなったものだ。
『それじゃあ、早速出発しましょうか。特別大坑道見学ツアーっすよ!』
ナナミとミヤコが通常サイズのトロッコにケーブルをつなぎ、牽引の用意をする。ホムスビに促されてその荷台に乗り込むと、高らかに出発の号令が上がった。
『はあああっ! すごいわ、このトロッコも最新式だわ』
「全然分からんな。いつものと何が違うんだ?」
『これだから素人は……』
テンションが鰻登りのカミルから見下されながら、俺たちはトロッコに乗ってレールを走り始める。
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Tips
◇六七式特大型鉱物運搬専用トロッコ
〈アマツマラ地下坑道〉の大坑道で使用される特大型トロッコ。鉱物の運搬を想定した大型貨物車両で、300トン以上の積載量を誇る。
特大型機獣もしくは特大機装〈カグツチ〉による牽引、手押しによって動かすことができる。
現状最新である六七式は構造の改良と筐体への高度上質精錬金属の使用によって、軽量性と安定性をアップさせた。
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