第1158話「爪先に火を灯す」
管理者専用兵装を持ち出したウェイドによって一発で沈められた変異マシラのダンケは、付き添う格闘家の青年と共に収容棟へと移送されていく。現場では早速壊れた防壁の修理作業が始まっており、ウェイドは次々と指示を出していた。
「なあ、ナキサワメ。あの太刀って――」
『展開するだけで通常の地上前衛拠点スサノオが1日に消費するリソースを必要とするので、普通はあんなに簡単に使ったりしないはずです」
やはり俺の認識は間違っていない。管理者専用兵装“生太刀”は非常に強力な武器であり、通常戦闘行為が許されない管理者にとって唯一の武器である。それだけに使用時の消耗も激しく、おいそれと使えるものでもない。
俺がその姿を初めて見たのは、それこそ〈ウェイド〉がブラックダークによって占拠されるという危機的な状況の中だ。
「いつもあんなにリソース管理に厳しいのになぁ」
そんな俺の言葉が聞こえていたのか、ウェイドが作業の手を止めてこちらを振り返る。
『リソース管理を厳密にするためですよ』
「でも、生太刀はエネルギーをバカ喰いするんだろ?」
ウェイドは頷く。
『ええ。でも、今回は抜刀もしていませんからね。それに発動時間はマシラに当てた瞬間の0.5秒以下です』
『それでも消費リソースは都市標準消費量の半分以上になるのでは?』
『むしろそれだけで済んだ、という話です』
ナキサワメの指摘にも毅然と返すウェイドを見て、なんとなく彼女の言わんとするところが見えてきた。
今回、彼女は変異マシラの脱走という重大な事件を、日間都市標準消費量の半分というリソースで鎮圧した。それはこんなに沢山の、ではなくこれほど少ないリソースで解決したと見るべきなのだろう。
『試しに、あの変異マシラの最新の各種データセットを渡します。これを基に、ナキサワメがさっき言った方法で鎮圧するシミュレーションをしてみてください』
『はぁ……』
ウェイドがナキサワメにデータを送る。変異マシラ、ダンケの測定データの数々と、隔離施設の構造、さらに配備されている警備NPCたち、それらを用いれば、ナキサワメもシミュレーションによって先ほどの脱走に対処することができる。
ナキサワメの回答は“今回のマシラ収容違反事例は調査開拓員の規則違反が直接的な原因であると考えられるため、当該調査開拓員を拘束した上で、十分な武力でマシラを鎮圧する”というもの。問題は十分な武力という点だ。
『リソース消費量と活動のパフォーマンスに優れているのは警備NPCですから、即時対応可能な200機を一斉に……。あっ』
ナキサワメのシミュレーションはウィンドウ上に表示される。彼女の操作によって大量の警備NPCが勢いよくダンケへと突っ込み、全て爆散した。
当然、ダンケは野放しで暴れ回っている。
『警備NPCは優秀ではありますが、対変異マシラ戦を考えると、個々の火力が圧倒的に不足しています。また、対群体戦闘であれば面状の戦線を確立できるため、ある程度戦術的な行動を取ることで力量差を覆すこともできますが、相手はたった4メートル程度の一個体です』
ウェイドがシミュレーションを眺めつつ、冷静に分析する。
200機の警備NPCの総合的な戦闘能力で言えば、マシラにも十分対応できる。しかし、1機ごとの戦闘能力で言えば、その差は絶望的だ。そして、マシラに200機の警備NPCが一度に当たるということも物理的に不可能だ。
マシラは自分に襲いかかってくる警備NPCを1機ずつ確実に潰すことを200回繰り返せばいいだけなのだ。
『マシラの体力損耗、疲弊や疲労を考えても、拘束下に置くためにはおよそ976,880機の警備NPCが必要です。その際には3ヶ月以上の戦闘が継続され、更に〈マシラ保護隔離施設〉と〈ウェイド〉のNPC製造ラインを全て警備NPCの補給に宛てなければなりません。その際のリソース消費量は800倍と試算されます』
「おお……。すごいな」
『現実的に考えて、そんなハイペースで警備NPCを増産していたら金属資材や精密電子部品が枯渇します』
しかも、このシミュレーションはいくつかの要素を無視している。製造ラインを警備NPCに占有されることによる他のNPCへの影響や、戦闘時に考えられる施設への被害、そして、戦闘指揮を取る管理者の演算リソースなど。それらを加味すれば、総合的な負担は更に増大する。
『分かりましたか?』
『はい……。つまり、生太刀を使った方が、結果的にリソース消費量は800分の1まで削減できているわけですね』
愕然とするナキサワメにウェイドは頷く。
変異マシラという存在自体が大規模破壊兵器に匹敵するような冗談じみた存在を収容すると言うのは、それだけの犠牲を覚悟しなければならないということだった。
『私だって、生太刀を使わなくていいなら使いたくないんですよ。使ったらいちいち報告書を作成してT-1に送らなければならないので』
「そこは妙に面倒臭いんだな」
『乱用を防ぐための処理だそうです』
まあ管理者専用兵装なんて普段そう使うものではない。だからこそ報告書の提出が義務付けられているのだろうが、ウェイドはそれを頻繁に使わざるを得なくなるため、毎日のように報告書を書いているらしい。
更に彼女は少しでもリソース消費を削減するため、管理者専用特殊近接戦闘術に非殺傷鎮圧術という新たな系統を考案し、納刀状態の生太刀を用いた打撃を主にしている。そんな涙ぐましい努力をしながら、彼女は日々マシラたちを相手しているのだ。
「というか、それならわざわざウェイドが出なくてもイザナギに任せればいいんじゃないか?」
今の今まで忘れていたが、この隔離施設にはイザナギという強力な協力者が存在する。
元々は第零期先行調査開拓団と共に未開拓の惑星イザナギに降り立った総司令現地代理で、黒龍イザナギという絶大な力を持つ存在だった。しかしある一件からその力のほとんどを元統括管理者たちによって各地にある術式的隔離封印杭に分割封印された。
現在は龍の翼と尻尾を持つ黒髪の少女――というにはずいぶん成長した姿で、封印杭二つ分の力を取り戻している。戦力的にはマシラたちを凌ぐほどの強さを持ち、普段はこの隔離施設で彼らの暴走を抑えているのだ。
『ああ、イザナギなら……』
保護施設の管理者であるウェイドがイザナギの存在を忘れるはずもない。そして、イザナギがいるならば、わざわざウェイドが七面倒くさい手順を踏んで生太刀を持ち出さなくてもいいはずだ。
『今も他の暴動鎮圧に対処していますよ』
『え』
さらりと言ったウェイドに、ナキサワメが驚く。
『管制室に警報が送られるのは、イザナギの手が足りない場合のみです。彼女は1時間に3回以上のペースで発生する収容違反に、よく対処してくれていますよ』
「つまり、ウェイド自身が最終兵器なのか」
『私も1日平均4件程度の収容違反に対処していますけれどね』
ウェイドの仕事は思っていた以上の激務だった。
確かにイザナギは1人しかいないから、手が回らないこともあるだろうが。それにしても、この隔離施設は暴動が起こりすぎだ。
『こんな環境でまともに計画が進むはずもありません。何事も臨機応変が大切ですよ』
労働基準法のない世界で酷使され続けた仕事人のような暗い闇を宿した目をして、ウェイドが呟く。
『ひぇ……』
そんな彼女を見たナキサワメが小さな悲鳴を上げた。
『暴動暴動&暴動。町では植物が地下トンネルを蹂躙し、そこかしこで爆発が起こり、調査開拓員は立ち入り禁止区画をピッキングして侵入する。極め付けはどこかの誰かが農園で原始原生生物を栽培しているというタレコミ。元々の計画? そんなもんありませんよ。作ったって無駄ですからね』
ブツブツブツブツとウェイドが闇を垂れ流し始める。相当ストレスが溜まっているらしい。
『3時間スケジュールが遅れた? 0.3秒でリスケできるようなのは事件でもなんでもないんですよ。それよりナキサワメ、もっとマシラを受け入れてくれませんか? 活きの良い奴が50ダースほどいるんですが』
『か、勘弁してくださいぃ!』
隙あらば
『……まあ、真面目な話、計画はあくまで計画です。実際に合わせて臨機応変に、流動的に組み替えていかなければ、建つものも建ちません。私ほどの激務に揉まれる必要はありませんが、ある程度許容することも重要です。そのためにも、管理者機体を使って現場に出て、実際の状況を知るということは重要ですよ』
データ上ではマシラ1体に警備NPC200機を当てることが最善手となる。しかし、現実はそう上手くいかないことの方がほとんどだ。
だから、ウェイドは自ら足を伸ばして現場を見るのだろう。
『なるほど……』
ナキサワメも、それこそ今がそれを実感しているタイミングだ。管理者同士の通信はどれだけ離れていてもできるが、ウェイドの仕事ぶりは実際に見なければ分からない。
『そうですね。都市運営、というより建築計画の実行という意味では、私より参考になる管理者がいますよ』
若干気圧された様子のナキサワメを見て、ウェイドは先輩らしく道を示す。
ウェイドの仕事は石を積み上げた側から蹴り崩される賽の河原じみた所があるため、ナキサワメの仕事とは少し違うところもある。より彼女の活動に似ているところとして、ウェイドは他の管理者を提示した。
「ありがとうな、ウェイド」
『本当にそう思っているのなら、少しおとなしくしていてください』
「はっはっは」
殺気すら込めて睨んでくるウェイドに見送られながら、俺とカミルとナキサワメは管理者専用機で〈マシラ保護隔離施設〉を後にする。小さくなっていく監獄は、早速新たな爆炎をあげていた。
━━━━━
Tips
◇非殺傷鎮圧術
管理者ウェイドが開発した、管理者専用特殊近接戦闘術の派生流派。管理者専用兵装“生太刀”の莫大な消費リソースを極限まで削減することを念頭に、対象を殺傷することなく無力化することを求めた。納刀状態の生太刀を用いた打撃術であり、非殺傷とはいえそれなりの威力を有する。
“一度でいいので調査開拓員への使用許可をください”――管理者ウェイド
“ダメなのじゃ”――T-1
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます