第1157話「管理者の武器」
俺たちを乗せた管理者専用機がスクランブル発進する。〈マシラ保護隔離施設〉の内部を移動するだけなのにわざわざ立派な飛行機を使う必要があるのかと首を傾げたが、すぐにその理由を察した。
「なんか、施設の面積が大きくなってないか?」
『なってますよ。初期と比べると五倍くらいには。もう〈ウェイド〉よりも面積は広いです』
「おお……。すごいことになってるんだな」
俺は普段、中央制御塔とその周囲にあるミートたちの収容棟にしか入らない。というか、他の区域には立ち入りが許可されていない。だから、〈マシラ保護隔離施設〉がいつの間にか大規模な拡張工事を行なっていたことに気付かなかった。
『第二次〈万夜の宴〉が終わった後も、マシラを捕獲するプロトコル“御前試合”や、マシラを変異させるプロトコル“形代写し”も続いています。むしろ、マシラの収容数はどんどん増加傾向にあるんですよ』
フィールド各地でランダムに発生するマシラは、そのまま放置するとレイドボスクラスに成長してしまう。そのため、できる限りマシラに戦闘的な能力を学習させないようにしつつ安全に回収する手段がプロトコルとして確立されていた。更に、回収したマシラをより無力化するために名前を与え、力を削ぐ手順もある。
それら二つのプロトコルの活用によってマシラの回収は順調に進んでおり、それに応じて施設も拡張の必要を迫られているのだという。
『だから今でも大量の建築資材を受け入れてるんですね』
『そう言うわけです。まあ、破壊された設備の修理にも使っていますが』
嘆くウェイドの言葉の通り、施設は拡張だけでなく修理も行わなければならない。保護隔離施設がことさらマシラの暴力によって破壊されまくっているせいでリソースの消費が激しいだけで、他の都市も経年劣化による修理需要は常にある。都市のメンテナンスを行うのも管理者の役目なのだ。
『見えましたよ』
そんな話をしているうちに、管理者専用機は警報の発信元へと到着する。そこには真新しい頑丈そうな防壁が、呆気なく破壊されている酷い光景があった。防壁の上には勝ち誇ったように雄叫びを上げるマシラがいる。
『まだ若いマシラですね。変異済みなのは不幸中の幸いといったところですが……』
犯人を見つけたウェイドは、大きな拳を六つ掲げたゴリゴリマッチョの人身ワニ頭というなかなか面白い外見をしているマシラを睨みつける。そして、管理者専用機の腹側にあるスライドドアを開け放つと、どこからか取り出したメガホンをそれに向けた。
『あーあー、変異マシラ“ダンケ”に告ぐ! 今すぐ防壁から降り、速やかな自分の収容棟へ戻りなさい! 管理者の指示は絶対です。抵抗する場合には、直接的な手段で鎮圧します!』
拡大されたウェイドの声が響き渡る。“ダンケ”という名の変異マシラの周囲には、すでに武器を構えた警備NPCたちが展開している。
だが、彼はそんな警告を意にも介さず挑発的な笑みを浮かべてみせる。いや、ワニ頭だからあまり表情は分からないが、とにかく動きからしてウェイドを舐めているのがよく分かる。
『ハッハー! オレ様は最強最悪のマシラ! こんな狭ぇ檻のなかで終わるようなタマじゃねぇのさ! どうしても止めてぇんなら、力づくでもなんでもしやがれ!』
おお、やっぱり舐めまくっている。
実際マシラというのは非常識なほどの学習能力を持ち、また生存本能が強い。故にあらゆる戦闘をその最中に克服し、無計画に暴力で挑み続ければ手をつけられなくなる。
“ダンケ”はおそらく、うまくプロトコル“御前試合”が機能しなかったマシラなのだろう。中途半端に戦いの味を知ってしまっているような、そんな雰囲気がある。
『ほ、ほわぁああ』
ナキサワメは窓からダンケを見て、ブルブルと震えている。管理者機体なら彼の攻撃にも無傷で耐えられると思うが、そうであっても怖いものは怖いのだろう。
「ダンケー!」
ウェイドがこめかみを痙攣させながら配下の警備NPCに突撃指令を下そうとしたその時、崩れた防壁の瓦礫の側から声がする。驚いて目を向けると、そこには格闘家風のタイプ-ライカンスロープの青年がいた。猫耳を立ててダンケを説得しようとしている彼が、おそらくプロトコル“御前試合”の実行者なのだろう。
『ッ!』
青年を見つけた瞬間、ウェイドは即座に警備NPCたちを停止させる。そして再びメガホンを握り、青年に向かって声をかけた。
『そこの調査開拓員、ここは危険です。直ちに避難を!』
「い、嫌だ! ダンケを撃たないでくれ! ダンケはちょっと、その、地下闘技場のバーリトゥードを観ただけで……」
『マシラに禁制品を渡したんですか!』
青年の釈明はウェイドの火に油を注ぐ結果となる。
もとより闘争心の強いマシラは戦闘を好む。収容初期でこそ、〈アマツマラ地下闘技場〉で撮影された調査開拓員同士の格闘映像を見せることでその場しのぎの収容を続けていたが、現在はそれが禁止されている。理由は単純で、戦いを見たマシラは自分も戦いたくなるからだ。
「だ、だってダンケが一生のお願いだって言うから……」
『これだから調査開拓員は!』
弱々しく尻尾を垂らす格闘家。ウェイドは額に手を当てて項垂れる。
「俺以外の調査開拓員だってウェイドを振り回してるじゃないか」
『あなたは私を怒らせたいんですか? 突き落としますよ?』
マジな目をするウェイドに口を噤む。
ともあれ、マシラのことを可愛がっているプレイヤーは多い。あの青年もそのひとりなのだろう。自分が捕まえ、名前まで付けたマシラが狭い収容棟の中で不自由な生活を送っているとなれば、要望の一つや二つ叶えてやりたくもなる。
『――ナキサワメ。こういった時、正しい対処手順は何ですか?』
怒りを胸の奥に押さえ込んだウェイドが、機内で震えているナキサワメに声を掛ける。突如問いを投げかけられた若い管理者は、困惑の声を上げながら考え始めた。
『え、ええと……。今回のマシラ収容違反事例は調査開拓員の規則違反が直接的な原因であると考えられます。なので、当該調査開拓員を拘束した上で、十分な武力でマシラを鎮圧します』
若かろうが、怯えていようが、ナキサワメも管理者である。彼女は澱みなくマニュアル通りの対処法を口にする。ウェイドはそんな彼女を一瞥し、頷く。
『正しいです。調査開拓員規則に則れば、それが最も正当な手順でしょう』
『え……?』
ウェイドの口ぶりにナキサワメは瞠目する。自分の解答に間違いはなかったはずだ。
けれど、経験豊富な管理者はマニュアルを捨てる。
『――それでは、あなたが本当に強いのか確かめましょう』
『あ?』
メガホンをマシラに向けて、ウェイドが冷淡な声を放つ。神経を逆撫でするような言葉に、ダンケが眼光を鋭くする。
『仮にあなたが負けを認めた場合、あなたには今後一切の戦闘行為を禁じます。戦闘に関連するあらゆる記録物の閲覧を禁じ、調査開拓員との面談には監視が付きます』
『俺が勝ったら?』
『その場合は、あなたの拘束を即時に全て解除し、〈アマツマラ地下闘技場〉へと移送しましょう』
ウェイドの提案に、ダンケは笑みを深めナキサワメはブルブルと震える。
『マシラはプロトコル“形代写し”でも見られるように、儀式的な行為が非常に有効な存在です。名前を与えることで型ができるように、契約を結べばそれを忠実にこなします。まあ、本来は向こうもそれを重々承知なので、無闇に契約を結んだりはしないのですが――』
『いいぜ。やろうじゃねぇか!』
ホバリングする管理者専用機に向かってワニ頭のマシラが吠える。六つの腕に纏う厚い筋肉を誇示し、戦意の昂りを見せつける。
『あのように全能感に酔いしれて油断しているマシラというのは、チョロいんですよ』
「チョロい……」
ウェイドもずいぶん世俗に染まってきたようだ。昔のクールなイメージの彼女が少し懐かしくなる。
しかし、ウェイドの呼びかけにダンケが応じたことにより、契約は結ばれた。
ウェイドの指示によって警備NPCたちが退き、円形の闘技場を形作る。彼女は軽やかな跳躍で管理者専用機から飛び出し、その中心に降り立った。
「まさか、ウェイドが戦うのか?」
『そのための、管理者専用兵装です』
彼女の手に握られているのは、タイプ-フェアリーと同サイズである管理者機体と比べればあまりに巨大な銀色の太刀。管理者のみが所持と使用を許される、特別な兵装だ。
『さあ、いつでも掛かってきなさい』
聞き分けのない子供を叱るかのように、ウェイドはダンケを見下ろす。両者の体格差は圧倒的だが、纏う空気がその関係を逆転させていた。
今更になって違和感を抱くマシラだが、もはや契約は締結されている。それを反故にすることは、マシラという存在であるが故にできない。
『う、ウオオオオオオッ!』
六つの拳を掲げたマシラが、猛然と走り出す。高い防壁の上から勢いよく飛びかかる。高所からの強襲という圧倒的な有利。しかし、ウェイドの目は冷めている。
『管理者専用特殊近接戦闘術、非殺傷鎮圧術、『打金』――』
なんら気負いのない、むしろ力の抜けた緩慢な動き。
にも関わらず、マシラの危険察知能力が警鐘を鳴らす。だが、動き出した体は、重力に絡め取られた勢いは止まらない。
鞘からも抜かない大太刀の横薙ぎ。
その一打がワニ頭の中心を的確に叩く。
コーン、と軽い音が響き、脳を揺らされたマシラは呆気なく沈んだ。
「ええ……」
管理者は戦闘行為ができないとは何だったのか。
あまりにも呆気ない幕切れに、俺たちはただ唖然とするばかりだった。
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Tips
◇“生太刀”
管理者専用兵装。
重大な危険が差し迫った場合にのみ、管理者に使用が許される特殊な兵装。スキルシステムを適用するならば、〈剣術〉スキルレベル500相当の技術を必要とし、相応の威力を発揮する。
管理者専用特殊近接戦闘術の使用の際にも必要となる。
“使うだけで莫大なリソースを喰らう最終兵器なのじゃ。安易に使ってはならぬ。良いか、絶対によくよく考えた上で唯一絶対の選択肢であると結論付けた場合にのみ、必要最小限の使用に留めるのじゃぞ!”――T-1
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