第1156話「出勤の理由」

 シード02-スサノオ〈ウェイド〉の近郊に存在する〈マシラ保護隔離施設〉は、第二次〈万夜の宴〉の最中に建設されて以降、ほぼ毎日どこかしらで工事の音が響いている。

 俺がナキサワメとカミルを連れて、管理者専用機で中央制御塔屋上のヘリポートに降り立った時も、いくつかの収容棟の修繕と新設、破損した防壁の修理などが重機NPCたちによって行われていた。


「よっ」

『よっ、じゃありませんよ。なんなんですか、突然』


 ナキサワメが用意してくれた管理者専用機から降り立つと、わざわざ出迎えてくれたウェイドが顔を顰める。


『レッジ、レッジ! すごいわね、さすが管理者専用機だわ!』

「おお、そうだな。よし、写真撮ってていいから、ちょっと待っててくれ」

『やったぁ!』


 憧れの管理者専用機に乗れてハイテンションなカミルをそっと横に退けて、ウェイドの元へと向かう。ナキサワメも俺の後ろをぴったりとついてきて、自分以外の管理者との対面を果たした。


『事情はある程度聞きましたし、データでも確認しました。とはいえ、シード03-ワダツミの建設計画に致命的な破綻はないように思いますが……』

「本人がそうは思ってないみたいなんだよ。区画の建設スケジュールが3時間遅れただけで、列車に飛び込んできたからな」

『よくわかりませんねぇ』


 ナキサワメの行動はウェイドにとっても不可解なものらしく、彼女は首を傾げて不安そうに身を縮める新米管理者へと目を向けた。


『ひとまず、実際にこうして会うのは初めてですね。私はシード02-スサノオとここ、〈マシラ保護隔離施設〉の管理者であるウェイドです』

『ひえ……』


 管理者たちは専用の回線を通じてデータ的にやり取りができる。そのため、二人が直に顔を合わせるのはこれが初めてだった。ウェイドが挨拶と共に手を差し出すと、ナキサワメはひゅっと声を漏らして顔を青くした。


「ウェイド……」

『な、なんですか!? 私なにかまずいことしましたか!?』


 流石にこの反応は予想外だったのか、ウェイドは焦り顔になる。見ようによってはまるで先輩が新入りを脅したかのようにも見られかねない。いや、まったくそのようなことはないのだが。

 ナキサワメもそんな意図はなかったようで、慌てて首を振る。


『すみません! その、管理者に会うのは初めてだったので、緊張して……』

『あなたも管理者なんですけどねぇ。まあ、いいですよ』


 ナキサワメがおずおずとウェイドの手を握り、握手が成立する。手を解いた後もナキサワメは目をキラキラさせて自分の手を眺めていた。まるで推しのアイドルの握手会に参加したファンのようだ。


『それで、わたしは何をすればいいんですか?』

「ああ、ちょっと職場見学をさせてみたらどうかと思ってな」


 顔合わせも済んだところで本題に入る。

 先の通話でも簡単に話していたが、ナキサワメにウェイドの普段の仕事ぶりを見せてやれないかと頼んでいたのだ。

 ナキサワメは数日前に着任したばかりの新人管理者だ。しかも他の管理者たちは大きなイベントが終わった直後ということもあって多忙を極める。そんなわけで顔合わせもなかなかできないまま〈ナキサワメ〉の建設が始まってしまった。

 つまり彼女は管理者がどのように働いているのかを知らないまま、いきなり実地研修が始まったようなものなのだ。

 それでは自分の仕事に自信をなくして逃げ出してしまいたくもなる。


『一応聞いておきますけど、なんで私なんですか?』

「一番計画がぶっ壊れるのはウェイドだろ」

『誰のせいだと思ってるんですか!』


 今回の職場見学の目的は、別に計画が崩れても修正できさえすれば問題ない、ということをナキサワメに教えることだ。日々多忙を極め、毎日どころか時間ごとに細かく計画を修正していくのは管理者の基本業務の一つらしいが、その中でも特にウェイドは計画修正の達人と言ってもいいはずだ。なにせ、都市と隔離施設の二つを管理しつつ、都市の方では植物園も見ていて、しかもその三つがそれぞれ頻繁に事件を引き起こしているのだから。


『はぁ……。まあ、分かりました。とりあえず中に入りましょうか』


 まだ始まってもいないのに疲れたような顔をして、ウェイドは俺たちを塔の中へと案内してくれる。夢中になって連写しまくっているカミルを呼び寄せて、彼女の後に続いた。


『隔離施設の監視状況は常にネットワークを介して確認していますが、施設内で業務を行う時は大抵この中央統括管制室に駐在しています』


 〈マシラ保護隔離施設〉の制御塔は、他の都市の制御塔とは異なり、全方位を眺望する窓が取り付けられた管制室がワンフロアぶん追加されている。そこには無数のディスプレイがずらりと並び、各収容棟にいるマシラたちの様子を24時間体制でモニタリングしていた。

 ちなみに、ミートたちが収容棟を破壊して脱走しデモ行進する際も、ウェイドはこの管制室から投降を促している。


『ふわぁ……! すごいわね、すごいわね。これが〈マシラ保護隔離施設〉の頭脳部なのね。ああ、このディスプレイってもしかして〈オリゴ糖ありがとう工業〉の高耐久低遅延ディスプレイ!?』


 なんか、さっきからナキサワメよりもカミルの方がよっぽど職場見学している。

 管制塔に導入されている設備には、調査開拓員が開発したような機材も多く採用されている。というか、窓ガラスからティーカップまでほぼ全てがプレイヤーメイドだ。だからこそ、建設の際には調査開拓員に向けて多岐にわたるアイテムを対象とした納品任務が展開されるのである。


「なんというか、お菓子のストックがめちゃくちゃ多いな」


 管制室の中央には、ウェイドが業務を行うための机が置かれている。物理的な書類などは存在しないため筆記用具といったものもなく、ほとんどの業務を仮想ディスプレイ上で行うからパソコンなどもない。というか、ウェイドそのものがスパコンだからな。

 その代わり、机には大量の洋菓子とジュースやカフェオレといったドリンク、積み上げられたシュガースティックが占有していた。

 よくよく見てみれば部屋の隅には巨大な冷蔵庫があるし、中には更に多くのシュークリームやエクレアといった日持ちしない洋菓子、冷凍庫にはアイスがぎっちりと詰め込まれている。


「この前、砂糖の消費量で怒られてなかったか……?」

『う、うるさいですね! 円滑な業務遂行には必要なんです!』


 管理者機体が頭脳を使う際に糖分を必要とするかどうかは疑わしいが、仮想人格の実装に伴って彼女たちにも好物というものが生まれた。好きなものを食べてテンションを上げるというのも、一つの手なのだろう。


『あ、あの……』

『なんですか?』


 ぷりぷりと怒りながらエクレアを手にするウェイドに、ナキサワメが手を挙げる。機嫌の悪そうな声にビビりながらも、彼女は管制室を見渡して言った。


『か、監視業務はネットワークに接続していればできるんですよね』

『ええ。まあ、私は中枢演算装置〈クサナギ〉の外部端末に過ぎませんからね。言ってしまえば、全てのデータはシード02-スサノオの制御塔内部で全て処理されています』

『それなら、どうしてこんなところへ来て業務を行うんですか?』


 ナキサワメの指摘はもっともだ。

 ウェイドたちはあくまで本体たる〈クサナギ〉が操作している端末に過ぎない。彼女がどこで何をしていようと、データとしては各都市の中央制御塔が動いている。

 ウェイドは別に、町にいようがフィールドにいようが、それこそ呑鯨竜の胃のなかにいようが、通信監視衛星群ツクヨミとの接続がありさえすれば問題なく業務は行えるのだ。

 それでもわざわざここに管制室など作って業務を行うのか。


『気分ですよ』

『へ?』


 端的かつ予想外な回答だった。

 ナキサワメが目を丸くするが、俺も少し驚いた。

 そんな俺たちを見て、ウェイドは「何か文句でも?」と眉を寄せる。


『気分というのは侮ってはいけません。別に私はここに詰めなくとも管理業務を遂行できます。お菓子だって、嗜好品以上の意味を持ちません。それでも、この管制室で洋菓子を食べながら隔離施設関連の業務を行うのが、最もパフォーマンスを発揮するんです』


 そう言いながら、ウェイドは二つ目のエクレアへ手を伸ばす。ついでにナキサワメとカミルにも一つずつ与えていた。なぜか俺にはくれない。


『実地で仕事した方が気持ちが入りますし、甘いもの食べていた方がテンション上がるんですよ』

『はぁ……』


 中枢演算装置〈クサナギ〉であれば、いついかなる時も淡々と業務を遂行していた。たとえ俺が三日連続で植物園を爆破させても、ミートたちが三時間ごとにデモを起こしても、激怒することはない。

 ……あれ? 中枢演算装置だけだった頃の方が良かったのでは?


『この回答に納得できないのなら、別の理由もありますが――』


 あまり納得のいっていない様子のナキサワメに、ウェイドがそう言いかけたその時だった。突如、管制塔内に大音量のサイレンが鳴り響く。


『ひゃああっ!?』

『ぴっ!?』


 ナキサワメとカミルが揃って飛び上がり涙目になるが、ウェイドは僅かに眉を動かしただけだ。彼女は大きなウィンドウを開き、そこに〈マシラ保護隔離施設〉の全体図を表示させる。


『ななな、何が!?』

『収容違反ですよ。どこかのマシラが隔壁を破壊しました』

『ひええっ!?』


 立体的に表示された施設の一角が赤く染められている。どうやら、防御隔壁の一部が壊されたらしい。


『――もう一つの理由がこれですよ』


 ウェイドは即座に警備NPCたちを急行させながら苛立ちまじりに言う。そして、自身もまた現場へ向かうため、屋上へと続くエレベーターへ走り出した。


『現場で対応しなければならない業務が多すぎるんです! 急いで!』

『ひええっ!?』

「よっと」


 ウェイドの後を追いかけて、ナキサワメとカミルを抱えて走る。既にプロペラを回転させ始めていた管理者専用機に飛び乗って、俺たちは施設の事件発生現場へと向かった。


━━━━━

Tips

◇高耐久低遅延ディスプレイ

 素材開発専門バンド〈オリゴ糖ありがとう工業〉が開発した特殊ディスプレイ。マイナス100℃からプラス1500℃までの温度環境に耐え、更に乾燥花弁粉末火薬2g相当の爆発衝撃にも耐える高耐久と、0.01ms以下の低遅延を両立させたプロ仕様。過酷な環境下でのシビアな運用を想定している。

“弊社はよりmore甘くsweetlyよりless軽くcalorieを合言葉に、先進的な人工甘味料の開発に取り組んできた中で培われた分子工学技術を応用し、様々な新素材を世に送り出してきました。このディスプレイもその成果の一つです。ですが、ディスプレイ本体は糖分を含有せず、甘味もありません。舐めないでください。”――〈オリゴ糖ありがとう〉商品サポート


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