第1155話「計画遅延」

 新造されたシード03-ワダツミ、〈ナキサワメ〉のヤタガラスホームへと降り立った俺は、その直後に管理者たるナキサワメによって押し倒された。目を白黒させる俺の腹に跨ったまま、彼女は泣きじゃくる。そんな様子をカミルが呆れた顔で見ていた。


「あの、カミルさん。とりあえず助けてくれ」

『アタシに何をしろっていうのよ』

「この子をどかしてくれ」


 管理者というのは特別な存在で、機体も俺たちとは違う専用の管理者機体と呼ばれるものだ。非常に堅牢なつくりをしたそれは、たとえ小さくとも非力な俺には動かせないほどの重さがある。


『無理ね』

「カミルさん!?」

『管理者を動かすなんて、そんなことできないもの』

「くっ」


 そういえばカミルはそういう奴だった。一応雇い主であるはずの俺には容赦ないくせに、権限的に上位な存在である管理者には及び腰なのだ。

 しかたないので俺はえんえんと泣き続けている管理者に話しかける。


「あの、ナキサワメ……だよな?」


 そういえば、彼女が本当にナキサワメかどうか分かっていなかった。いや、カミルが管理者と断じているし、俺の知らない顔だし、ナキサワメなんだろうが。FPOは外見上はNPCとPCの区別も難しいんだよな。


『ひぐっ、えぐっ』

「うーん。どうしたもんか……」


 ある程度立ち入りが制限されているとはいえ、任務を受けた調査開拓員はたくさんいる。列車から降りてきた人も多いし、ホームの工事もまだ終わっていないため職人も多い。

 つまり俺は衆人環視のなか、管理者に馬乗りにされているわけだが、なかなか視線が鋭く突き刺さっている。


「おー、よしよし。別に怖いことないぞ。だからほら、ちょっと落ち着いて深呼吸してみようか」

『えぐっ、えぐっ……。すーーーーーっ、はっはっ……うぇ』

「よしよしよしよし!」


 苦肉の策で志穂をあやすような気持ちで声をかけてみる。ナキサワメは素直に深呼吸した後、再び泣き出しそうだったので慌てて頭をわしゃわしゃと撫でる。こういう時は泣きたい気持ちから気をそらせるのが重要なのだ。


「よしよしよし!」

『ふぇっ。ふぇっ』


 なんだか子犬をあやしているような気持ちになってきたが、ナキサワメも少しずつ落ち着いてきた。そして、落ち着きを取り戻したあたりでようやく俺の腹のうえから退いてくれた。


『す、すみません……。突然』

「いやまあそれはいいけどな」


 ナキサワメと共に場所を変える。流石にあの場所では落ち着いて話も聞けない。

 とはいえ、工事真っ最中の〈ナキサワメ〉では営業中の喫茶店なんてものもなかなかない。ようやく見つけたのは、植樹と剪定の作業が行われている公園予定地のベンチだった。

 カミルは工事現場の写真を撮ってくると言い残して早々にいなくなり、俺とナキサワメだけが残される。


「それで、結局ナキサワメで間違い無いんだよな?」

『はい』


 改めて正体を尋ねると彼女はこくりと頷いた。

 青い髪に青い瞳。カラーリングからしてワダツミの姉妹である。それでも元気の塊であるワダツミやミズハノメと違って見えるのは、泣き腫らした目がまた潤んでいるからだろうか。それとも自信なさげに華奢な肩を縮めているからだろうか。


「どうして泣いてたんだ? それも、ヤタガラスに飛び乗ってくるなんて」


 彼女が泣いていた理由も気になるし、列車に飛び込んできたこともよくよく考えると奇妙なことだ。管理者は――ウェイドなんかがよく利用しているが――管理者専用機という高速で移動できる飛行機が使えるため、わざわざ公共交通機関を利用する必要がない。

 ナキサワメは細い指を絡ませて、しばらく口の中で言葉を絡ませる。彼女の中で考えがまとまるまで、俺は黙って耳を傾ける。


『……その、わたし』


 大木の枝を払っていた庭師がうっかり太い枝まで切り落として悲鳴を上げた頃、ようやくナキサワメが口を開いた。


『管理者なんて無理なんです。だから、に、に……逃げようと思って』

「なるほど」


 内心驚きながら、顔には出さずにひとまずその言葉を受け止める。

 管理者が管理者であることを放棄するなんて話は聞いたことがない。ミズハノメもワダツミも、他の管理者たちも管理者としての職務を日々遂行している。あのウェイドでさえ、都市管理とマシラ管理をしつつ俺の農園にも頻繁に立ち入り検査をしてくるのだ。たまには休んだらどうだと言ったら烈火の如くキレられた。

 そもそも管理者は生まれた時から管理者なのだ。生命ではないのだから、当然といえばそうだが。管理者であることを求められて作られた高度な人工知能、中央制御塔の最上階にある中枢演算装置〈クサナギ〉が彼女たちの本体だ。

 ナキサワメの告白を聞いた俺は、むしろそんな思いを抱けるという事実に驚いていた。管理者であるということが彼女たちの存在意義であり、それを否定するような発想すらないものだと思っていた。


「どうして管理者は無理だと思ったんだ?」

『だ、だって……。この町の建設計画も立てられなくて……。ひぐっ。最初に立てた計画から、もう3時間もスケジュールが遅れてて……』

「ええ?」


 また泣き始める気配を感じて、慌てて彼女の背中をさする。それと同時に、彼女の言葉を反芻する。

 シードが投下され、基盤が完成し、今の都市は構造物を築いている段階だ。管理者の最初の仕事は、都市が完成するまでの指揮を執ることになるだろう。

 都市建造指揮というのは、必要なリソースを計算し、経済システムと連携しながら調査開拓員向けに物資納品任務を公開、さらに重機NPCを数千機規模でオペレーションしつつ、生産系技能を持つ調査開拓員にこれもまた生産任務として協力を要請する。そうして全体の進行計画を達成できるようにコントロールしていくもの、らしい。俺は当然やったことがないし、以前にウェイドから聞いたことがある程度の理解だが。

 内外からのあらゆる要素を変数として、全てに対応しながら全体としての進行を進めていくというのは、スーパーコンピュータでなければできないような芸当だ。


「3時間の遅れくらい、どうってことはないと思うけどなぁ」


 ともあれ、どんなスーパーコンピュータでも外的な要素を計算し尽くすことはできない。特に調査開拓員なんてものは気分でログイン、ログアウトしてしまう存在だ。

 ウェイドだって、予定は予定として常に修正しながら進めているはずだ。


『そんなことないんです。わたしがもっと優秀なら、今頃商業区画Bラインは完成してるはずだったのに……』

「なんで作業が遅れたのかは分かるのか?」

『変異マシラが建築中の建物を足場ごと破壊してしまいました』

「ええ……」


 〈ナキサワメ〉は変異マシラの協働作業実証都市である。そのため、工事現場にも変異マシラがいくつか投入されている。当然、前例のない初めての試みなのだから、予想外のことも起こるだろう。

 マシラが勢い余って建物を壊してしまうというのは、どう考えてもナキサワメのせいではない。


『私がマシラの暴走を抑えていれば……』

「いやいや。マシラも別に暴走したわけじゃないんだろ? それに、ナキサワメだって未来を完全に予知できるわけでもないし」

『でも、お姉様方は皆さん、完璧な計画を立てておられます』

「あれはそれまでの経験があるからだろ。それにマージンも十分にとって、常に軌道修正をしてるし」

『私にはそんな優秀なことができません――!』

「ちょっ」


 再びわんわんと泣き出すナキサワメ。名が体を表すのか、もともとこういう性格なのか。そもそも管理者の本体である〈クサナギ〉には個性というものもなかったはずで、管理者という人格を実装した弊害なのだろうか。


「しかたないなぁ」


 世界の終わりかのように打ちひしがれているナキサワメ。

 しかし彼女がなんとか職務復帰してくれなければ、都市の工事も終わらない。

 困り果てた俺は、藁にも縋る気持ちでとある人物に連絡した。


「――あ、ウェイドか? ちょっとナキサワメが大変なんだ。職場見学させてもらってもいいか?」

『どういうことですか!?』


━━━━━

Tips

◇ナキサワメ

 海洋資源採集拠点シード03-ワダツミの管理者。

 特殊開拓指令〈第二次万代の宴〉の実施後にシード投下が行われたシード03-ワダツミの管理を行う。

 管理者機体はシード02-スサノオの管理者ウェイドによるデザインで、姉妹となるワダツミ、ミズハノメと多くの特徴を共有している。

 仮想人格形成時のランダムシードの影響により、自己肯定感、自信が低いことが確認されている。計画立案能力、指揮能力、および総合的な管理能力は高い成績が確認されているため、実装許可が降りた。


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