第26章【順風満帆の航路】

第1154話「ナキサワメ」

 第二次〈万夜の宴〉が華々しく終結し、〈アトランティス〉は第一期調査開拓団の管轄下に置かれることとなった。更に〈万夜の宴〉のなかで発生したそれぞれにも各管理者が対応を進めている。

 たとえば、ポセイドンことエウルブ=ピュポイが封印されていた海底の第弐術式的隔離封印杭。こちらは調査開拓員による保守点検が行われたのち、保護措置が取られた。更にその直上にシードが投下され、海洋資源採集拠点シード03-ワダツミの建設が進められている。

 こちらの海上都市の通称は〈ナキサワメ〉となり、管理者も慣例に従い同じ名前を名乗るはずだ。


『うふふっ。いいわねぇこの高度上質精錬特殊青白合金製浮橋! この不安定なはずの橋脚の安定化機構の精巧さといったら! 毎時上下合わせて百本ペースの高頻度運行に耐える強靭さに、各所に備えられた自衛的迎撃設備群! メンテナンス性に若干の不安が残るとはいえ、新規建設中のシード03-ワダツミ近郊ということもあってその問題もほとんど解消されているし。なにより現時点において惑星イザナミ最大規模の橋というのがロマンの塊よね!』

「おー、そうだなあ」


 〈ナキサワメ〉の建造に伴って造られた海上浮橋。ヤタガラスが余裕を持って行き違える2本の線路を背負う巨大な鉄橋だ。

 できたばかりの線路を走る列車の車窓に張り付いてカメラのシャッターを切りまくるのはカミルである。イベント中はずっと留守を任せていたということもあり、彼女の慰安も兼ねて建築の進む〈ナキサワメ〉の見学に連れてきたのだ。

 鉄橋や線路、列車、なにより都市の大規模な建築といったものが好きな彼女は、珍しくストレートに喜んだ。そんなわけで、久しぶりのお出かけである。


「ほら、カミル。見えてきたぞ」

『ふわあああっ!』


 高速走行軌道列車ヤタガラスの特別車両。他とは違い二階建て構造の列車の車窓からは360℃の広大なパノラマを眺望できる。俺がカミルの肩を叩いて前方を指さすと、彼女は予想通りの歓声を上げた。

 青と白に輝く鋼鉄の橋の向こうに、建造途中の巨大海上都市が見える。いくつものクレーンが忙しなく動き、大きな鉄筋などの資材を運んでいる。周囲にはコンテナ船やバラ積み船が密集し、都市を組み上げる資材を次々と供給している。

 ちなみに、俺とカミルが乗り込んでいるヤタガラスも先頭の動力車両と二両目の展望車両以外、後ろにずらりと連なるのはコンテナを載せた貨物車両である。

 開拓司令船アマテラスから投下されたシードを持ちいて組み上げられた、第三の海洋資源採集拠点。いまだ建築の真っ只中ではあるが、その中核たる純白の制御塔は高く聳えていた。


『すごいわね、すごいわね! 本当に入っていいの?』

「ウェイドから許可は貰ってる。そもそも、一応任務の一環だしな」


 キラキラと目を輝かせるカミルに苦笑しながら頷く。

 建設途中の都市に入れるのは、基本的に許可を得た調査開拓員のみだ。生産スキルを持つ職人や、資材納品を行う者などだ。

 今回、俺はウェイドからの紹介で〈海洋資源採集拠点シード03建造記録任務〉というものを受注して、工事現場への立ち入りを許可された。別に特別融通してもらったというわけでもなく、メディア系のバンドがよく利用している一般的な任務だ。普通はこの任務で得られた情報をもとにマップやガイドブックが作製される。


『あれ? なんか、町中にいちゃいけないのがいるきがするんだけど』


 ファインダー越しに町を眺めていたカミルが何かに気付く。俺も目を向け、彼女が見つけたものを認めた。


「ああ。実は〈ナキサワメ〉はマシラの友好的協働作業実証都市になってるらしくてな」


 巨大なビル群を建造するため、大きな重機NPCに混じって資材を運ぶ巨大な生物たちがいる。彼らは腕や体の一部に黄色い腕章を着けて、敵対的な原生生物ではないことを示している。そしてその側には同じく黄色い腕章を着けた調査開拓員も付き従っている。

 彼らは〈マシラ保護隔離施設〉にて一定の審査を突破し外出許可を獲得した変異マシラたちだ。調査開拓員の監督を受けながら、海洋都市という足元の不安定な工事現場での作業を手伝っている。


「ミートたちが〈アトランティス〉の攻略に参加した話は知ってるだろ?」

『ええ。びっくりしたわよ』

「それで管理者の間でマシラの力をなんとか調査開拓活動に活かせないかと考えられたみたいでな。こうして都市建設に投入されてるんだ」

『マシラは暴れん坊なんでしょ? よく素直に言うこと聞いてるわね』


 まるで狐に摘まれたような顔をして、カミルは疑問を呈する。やはり大方の認識として、マシラは手のつけられない暴力の権化というものがあるのだろう。

 しかし、それも昔の話。今はもう事情が違うのだ。


「協働作業の許可が出るのは、ウェイド、イザナギ、T-1の厳正な審査を通過した協力的なマシラだけだ。しかも、〈アトランティス〉でイザナギが汚染術式の中核実体を取り込んだから力が強くなってるみたいでな。マシラとのタイマンなら力で押さえつけることもできるようになったらしい」

『なるほど。抑止力ができたからちょっと制限が緩くなったのね』


 俺の丁寧な説明を簡単にまとめてしまうカミル。間違ってはないのだが、何か釈然としない。


「さあ、ほら。そろそろ着くぞ」

『いよいよね!』


 ヤタガラスがブレーキを効かせ、徐々に減速していく。下車案内のアナウンスが流れ始めると、カミルはゴツいカメラを構えて浮き足だった。


「そういえば、ここの管理者がわざわざ駅で出迎えてくれるって話だったな」


 シード03-ミズハノメの新たな管理者ナキサワメ。なんと、今回は彼女が直々に町を案内してくれるという。話を取り付けてくれたウェイドに感謝すると、彼女は「誰かが見張っていないといけませんから」と素っ気なく言ったが。

 列車が完全に停車し、扉が開く。建設途中の都市の、建設途中のプラットフォームだ。


『う、うわあああんっ!』

「うわぁっ!?」


 記念すべき第一歩を踏み出そうとした俺に、突然飛びかかってくる小柄な影。そのあまりに強い勢いに、俺は耐えきれず車内へと倒れ込んだ。


『……何やってるのよ、全く』


 背中を強かに打ち付けて倒れる俺の胸に乗っかるのは青髪の少女。目を潤ませ、ヒグヒグと泣きじゃくっている。状況が分からず混乱していると、呆れ顔のカミルがこちらにレンズを向けて、パシャリとシャッターを切った。


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Tips

◇海洋資源採集拠点シード03-ワダツミ

 第三開拓領域〈イヨノフタナ海域〉第一域〈怪魚の邂逅〉海底に存在する第弐術式的隔離封印杭の保護と、同開拓領域の調査開拓活動の基盤的拠点として建造された海上都市。

 シード02-ワダツミと同様のメガフロート構造の浮動拠点であり、高度上質精錬特殊青白合金製浮橋によって高速装甲軌道列車ヤタガラスが接続されている。

 変異マシラの協働作業実証都市に認定されており、管理者ウェイドとの連携を取りながら、変異マシラの調査開拓活動参加を推進する。


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