第1153話「終演と始まり」
「開門! かいもーーーんっ!」
高らかにラッパが吹き鳴らされ、太鼓の音が響く。壮麗な演奏と共に、〈アトランティス〉に築かれた凱旋門の扉がゆっくりと開かれる。復興の記念として作られた真珠の門の向こうから現れたのは、人魚たちの長い列だ。
煌びやかな礼服に身を包んだシェムが先頭に立ち、人魚の戦士たちが現れた。彼らが付き従うのは、見上げるほどに大きな人魚の女性――ベンテシキュメだ。
『姫様ーーっ!』
『おお……おお……』
大路の両側を固める人魚たちが歓声を上げる。
色とりどりのサンゴや貝で装飾された立派な駕籠が、調査開拓員の
「良がっだでずね゛ぇ……!」
「そうだな」
目をうるうるとさせて言うレティに、俺も頷く。
〈アトランティス〉の復興工事がひとまず落ち着き、今日ついにベンテシキュメが帰郷を果たした。〈パルシェル〉の真珠宮殿にいた人魚の姫が、ようやく悲願を達成したのだ。
駕籠に揺られるベンテシキュメは、人魚たちに手を振りながらも〈アトランティス〉の街並みが気になって仕方ない様子だ。落ち着きなく周囲を見渡し、遥か昔の記憶と比べている。
調査開拓団の生産職たちと人魚族の職人たちが予算度外視の大規模工事を行ったことで、廃墟同然だった街並みは見違えるほど綺麗になっている。管理者に就任したポセイドンが指揮を執り、もともとの構造をできるかぎり忠実に再現しながら、堅牢さと人魚族の文化を取り込んだ。白と青の映える街並みは、今後調査開拓員の観光客を多く呼び込むことになるだろう。
ベンテシキュメの一行は、ゆっくりと大通りを進み、ついに中央制御区域へと到達する。他の都市と同様、耐深宇宙高硬度特殊合成金属製の純白に輝く新築の中央制御塔が彼女たちを出迎える。
そして何より、その足元に築かれたステージの上で待つ存在がベンテシキュメを驚かせた。
『おがえぃじゃ、ベンテシキュメ』
『――ッ!』
その姿を見た途端、ベンテシキュメは駕籠から飛び出す。宮殿の中に閉じこもっていた彼女が、自分のヒレで泳ぎ出す。彼女はまっすぐに水を切り、ステージ上で腕を広げる人魚の胸へと飛び込んだ。
「ベンテシキュメのお婆さん、だったかしら」
「祖母の妹だから、大叔母になるかな。〈アトランティス〉に残ってた中では一番血縁的に近い人らしいよ」
エイミーとラクトが小声で交わす。
ステージ上でベンテシキュメを待っていた美しい人魚は、ラクトの説明の通りベンテシキュメの親戚にあたる人物だ。ステージの後方には、二人の抱擁に拍手を送る、他の人魚たちの姿もある。誰も彼もが体長3メートルをゆうに超す巨大人魚だ。
彼らこそ、ポセイドンが守りたかった存在。都市の内部で厳重に守られていた、〈アトランティス〉の直系たる人魚たちだった。冷凍睡眠によって汚染術式の難から逃れていた彼らを安全に解凍するため、ポセイドンはここのところずっと頭を悩ませていた。
今回の式典が決行されたのは、都市の工事が完了したことよりも人魚たちの復活ができたことの方が大きな理由かもしれない。
「冷凍睡眠装置に入れた人魚は300人。そのうち、無事に生き残ることができたのは70人もいないとか。ベンテシキュメさんの血縁者がいらっしゃるのは、奇跡みたいですね」
家族の再会に沸くステージを眺めながらトーカが言う。
高い科学力を持つ第零期先行調査開拓団に所属していたポセイドンでも、汚染術式の侵攻に抗いながら守り抜けると計算した限界が300という人数だった。それでさえも、都市管理中枢制御術式UMCCFが崩壊したことにより、三分の一以下しか守り通せなかった。
未来へ人魚族そのものを存続させるために選ばれた300人の人魚がどういった手法で選ばれたのか、詳しいことは分からない。結果的に、冷凍睡眠装置に入った人魚たちよりも遥かに多くの人魚が犠牲になったのは事実だ。そして、町から脱出した人魚たちが、呑鯨竜の胃袋という過酷な環境に適応し、辛くも命脈を繋いできた。
一度は別れた人魚たちが、再び出会ったのだ。
「――で、主催がなんでこんなところにいるんだよ」
俺は舞台から目を移し、隣で身を縮めている青髪の少女に話しかける。
ここは大通りとステージを見下ろせる一等地に建てられた喫茶店の個室。そこに集まった俺たちの元へと駆け込んできたのは、本来ならあのステージに立っていなければならないポセイドンその人だった。
『だ、だって……』
ポセイドンは居心地の悪そうな顔をして、もぞもぞと身を動かす。これまでの活発で元気な雰囲気がまったくない。
「まあなんとなく予想は付くけどな。罪悪感があるんだろ?」
彼女はこくりと頷く。
それも仕方のないことだろう。汚染術式から人魚族を守るために動いていた彼女は、冷凍睡眠装置で70人以下というわずかな数しか守れなかった。しかも、復活させようと思ったらUMCCFの暴走に巻き込まれてしまうという騒動も起きた。
自分があの場に立ち会ってもいいのか、悩んでいるのだろう。
「胸を張れよ、ポセイドン」
しおらしい少女の肩を叩き、励ます。
確かに彼女は自分の思い描いた通りのことを成し遂げられなかったかもしれないが、それでも今の結果は現実だ。
「お前が諦めなかったから、70人の人魚は生き残ったんだ。あのままUMCCFが暴走してたら、誰一人生き残らなかった。〈アトランティス〉の記憶は水泡にきしていた。名前を変えて、形を捨てて、それでもしぶとく諦めなかった、ポセイドンの成果だよ」
『……そうかな』
まだ疑わしげなポセイドン。俺は深く頷く。
誰がなんと言おうと、人魚族の命脈は保たれたのだ。千切れかけていた糸が、わずかにでも繋がった。繋いだのは、他ならぬポセイドンだ。
「だから自信もって行けばいい。他の管理者も待ってる」
さっきからビービーとうるさいくらいに鳴り響いているTELの発信者はウェイドだ。大方、行方をくらませたポセイドンのことだろう。激怒した彼女が乗り込んでくる前に、ポセイドンの背中を押す。
『レェェェッジ! こんなところにいましたか! 連絡したらすぐに応答しなさいと言いましたよね!? ていうかポセイドンいるじゃないですか匿ってたんですか!? 私に対する反逆行為ですか!』
「げぇっ」
個室の扉が勢いよく破られる。現れたのは鬼の形相をしたウェイドと彼女を止めようとついてきたT-1やワダツミたち。管理者たちは俺の背中に隠れたポセイドンを目敏く見つける。
『ほれ、さっさと来んか。スケジュールが押しておるのじゃ』
『
個室の中へと雪崩れ込んできた管理者は、煌びやかなステージ衣装に身を包んでいる。衣装製作を専門とする生産系バンド〈シルキー縫製工房〉の泡花がデザインし、〈ビキニ愛好会〉が監修した、管理者用水中舞踏服“舞い踊る花領巾”だ。
水中でもっとも美しく見えるようにデザインされた長い布が特徴的な衣装で、管理者服装投票で選ばれた珠玉の一着である。
「いよいよグランドフィナーレか。ポセイドンは間違いなくセンターだな」
この凱旋式をもって、第二次〈万夜の宴〉は終演を迎える。
ステージに集まった数千人の調査開拓員たち、人魚たちが彼女の姿を待ち望んでいる。
「行ってこい、ポセイドン。ここから見てるから」
彼女の背中をそっと押す。ウェイドに優しく手を引かれながら、青髪の少女は舞台へと向かった。
「いやぁ、楽しみですね」
「うわっ!? あ、アストラ!?」
移動するウェイドたちを見送って、窓の方へと向き直ると、すぐ隣にアストラが立っていた。爽やかな笑みを浮かべる彼に、驚きの声を上げてしまう。いつの間に現れたんだ。
「なんでここに……」
「ウェイドさんにレッジさんの居場所を聞かれたので、案内したんです」
「アストラのせいだったのか……」
さらりと言う騎士団長にがっくりと肩を落とし、椅子に座る。
「す、すみません。勝手に」
「いや別にいいよ。知り合いは呼ぼうと思ってたし」
押しかけてきたのはアストラだけではない。彼の友人である銀翼の団の四人や、副団長のアイも一緒だ。恐縮するアイに肩をすくめ、椅子へ促す。
そこに座ったアイは、胸を躍らせながらステージを見る。そこでは今まさにポセイドンが登場し、管理者たちと共に盛大な拍手を送られているところだった。人魚たちが楽器を奏で、いよいよ曲が始まる。
歌われるのは、もちろんあの曲だ。
「“フォートレスハート”!! 素晴らしい楽曲ですよね。あれ、ミネルヴァさんの新作だったみたいです」
そのイントロを聞いただけでアイが瞳を輝かせる。
「やっぱりそうだったのか」
「私も初めて歌詞を見た時はまさかと思ったんですが。まさか、こんなところで使われるとは」
第二次〈万夜の宴〉にてミネルヴァの楽曲が使われるという話は以前から公表されていた。しかしまさか、ここまでイベントに深く組み込まれていたとは誰も予想していなかっただろう。
ミネルヴァの楽曲としては珍しい、というよりメジャーデビュー後は初と言われるラブソング“フォートレスハート”。王子と少女の身分違いの恋を描くその歌詞は、アイをはじめ多くの人々の心を掴んだ。幻想的な海を思わせるメロディーは、FPO内での公開を皮切りに現実世界にも広がった。
「やっぱりミネルヴァがFPOをやっているという噂は本当なんでしょうか。ここの歌詞とか、FPOプレイヤーだからこそまた意味に深みが出ると思うんですよね。あ、ここのメロディは特に好きで――」
アイのミネルヴァ好きは相変わらずで、“フォートレスハート”もここ数日でみっちり聴き込んできていた。歌詞カードだけでなく楽譜なども広げながら、熱心にポイントを解説してくれる。
「アイさん! レティにも教えてもらっていいですか?」
「もちろんです!」
間に飛び込んできたレティも巻き込んで、みんなで管理者たちの歌う“フォートレスハート”に聞き惚れる。
「ふぅ。ただいまー。差し入れ買ってきたわよ……って、もうステージ始まってるわね」
「おお、ネヴァか。もう“フォートレスハート”だぞ」
ドアの残骸を跨いで入ってきたネヴァを呼び寄せる。彼女はステージが始まる直前に買い物へ出掛けてしまったのだ。ステージが始まるから行かないほうが良いと言ったのだが、妙に頑なだった。案の定出遅れたネヴァに声をかけると、何やら複雑な面持ちである。
「ネヴァは“フォートレスハート”あんまり響かないのか?」
「えっ? いやぁ」
アイやレティだけでなく、知り合いの女性陣の多くが絶賛している楽曲だ。しかし、ネヴァだけはそのメロディが聞こえるたびにずいぶんと居心地の悪そうな顔をする。
「そんなことはないわよ。傑作だと思ってるし」
「だよなぁ。やっぱりミネルヴァは天才だよな」
「そ、そうかしら……」
俺としては、アイたちと同じく“フォートレスハート”は高く評価している。
少女の想いに気付かずに花の精たちと楽しく踊っている王子にはなんだか呆れてしまうが、やはり少女の優しさは魅力的だ。
俺なりに曲の魅力を語ってみせると、ネヴァはものすごく恥ずかしそうな顔で買ってきたスナックに手を伸ばす。
「この曲の少女、とっても共感できるんですよねぇ」
「分かります! レティもこういう気持ちになるときありますからね」
アイはレティたちとうっとりとした表情で語り合っている。
「わ、私……やっぱりちょっと買い忘れたものがあるから……」
「ええ?」
再び部屋の外へ飛び出そうとしたネヴァの手を思わず掴む。彼女は驚いた顔で振り返り、体を硬直させる。
「れ、レッジ!?」
「いいじゃないか。飲み物も食べ物も十分あるし」
せっかくのグランドフィナーレを見届けないのはもったいない。彼女も調査開拓団の一員として、大きく貢献しているのだ。彼女にもぜひ、このステージを見てもらいたい。
「うぅ……。そ、それなら」
かなり悩んだ末、ネヴァは再び椅子に腰を下ろす。
鳴り響く音楽。広がる歌声。
ステージの上で踊るポセイドンたちを、人魚の姫が笑顔で見上げている。彼女の働きは無駄ではなかった。今、あそこにある人魚たちの笑顔がその証拠だ。
「――良い曲ね」
耳を傾けていたネヴァがぽつりとこぼす。それはきっと、彼女の本心だろう。
「ああ。俺も好きな曲だ」
「っ! そ、それは……なんだか、嬉しいわね」
そういって彼女ははにかむ。褐色の頬に浮かんだ淡い朱色を隠すように、ネヴァはぱたぱたと手で煽いだ。
━━━━━
Tips
◇管理者成績投票最終結果
T-2 29,825,070,044
T-1 29,153,946,808
T-3 29,142,971,736
ウェイド 29,037,758,404
ミズハノメ 28,932,741,817
アマツマラ 28,770,332,109
キヨウ 28,679,883,311
ワダツミ 27,391,608,600
クナド 27,119,522,921
オモイカネ 26,872,268,893
ブラックダーク 26,395,819,165
コノハナサクヤ 25,738,006,685
ホムスビ 25,344,552,915
サカオ 25,292,650,799
スサノオ 25,035,272,656
▶︎総評
各小作戦を率いた指揮官の得票数が多くなるのは想定の範囲内である。
ウェイドが実質的な首位についたのは、積極的なマシラの捕獲や〈マシラ保護隔離施設〉の建造およびリソース管理、オペレーション“アラガミ”の実施、および〈アトランティス〉攻略時の変異マシラ派遣による功績が大きい。
次点のミズハノメはやはり第二開拓領域が本作戦における主戦場となった点で評価された。
アマツマラは地底部開拓侵攻作戦を牽引する活躍を見せ、調査開拓員からの評価も高かった。
キヨウは少数の調査開拓員による森林伐採任務の成果が著しく、それによって大きく成績を上げた。
スサノオ、サカオ、ホムスビに関しては、それぞれの担当領域での成果も一定のものを見せたが、他の上位陣に大きく人員を割かれたことの影響が見える。
クナド、ブラックダーク、コノハナサクヤ、オモイカネの第零期先行調査開拓団関連は、司令部の想定よりも落ち着いた成果となった。
しかしながら、本作戦遂行中に発見されたポセイドンや〈アトランティス〉、人魚族などは今後のより大きな調査開拓活動の躍進を期待させるものである。
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