第1152話「終わりよければ」
〈アトランティス〉に囚われていたポセイドンが復活し、崩壊の危機に瀕していた都市そのものも一命を取り留めた。町中に蔓延っていた黒魚の群れはイザナギが“汚染術式の中核実体”とやらを回収したことで綺麗さっぱり消えてしまった。
そして、調査開拓員たちによる大々的な都市の調査が行われた。
「レティちゃん!」
「うおおおおおおっ! 『破壊孔穿』ッ!」
海底都市〈アトランティス〉の生体的実験管理区域No.0090。地下層に建造された大規模かつ堅牢な施設の内部に封じられていた巨大な三つ首の鮫が、レティのハンマーによって滅される。
白い腹を見せて倒れた巨大鮫の上で高々とハンマーを掲げるレティに、〈白鹿庵〉と〈紅楓楼〉の連合パーティが喝采を送る。
「レッジさんレッジさん、やりましたよ!」
「おお、見てたぞ。やっぱり前より強くなってるよな」
「シーラカンス……“黒呪の番兵”を倒した時にブルーブラッドも獲得できてたんですよね。全部腕力に突っ込んで火力の底上げができましたよ」
テントを組み立てていた俺の元へと泳いできたレティは、そう言って勇ましく力こぶを作ってみせる。
「それにしても、順番が逆よねぇ」
一狩り終えて戻ってきたレティたちをテントで出迎えたのは、
〈アトランティス〉攻略後、ポセイドンやイザナギは一度管理者の元へと呼び寄せられた。ミートたちマシラも平和的に〈マシラ保護隔離施設〉へと戻り、一件落着。かと思いきや、都市の精査を行なっていた調査開拓員たちによって新たな事実が発覚した。
それが、たった今レティたちが倒した実験体No.0090“ケルベロスシャーク”のような、〈アトランティス〉の地下に封じられていた強力なエネミーたちの存在だ。
「多分これ、ほんとはこっちの中ボスを全部倒してから制御塔に行くルートが正しいんだよね」
テントに戻って来たラクトがスポドリを手に取りながら言う。
騒動の後に行われた〈アトランティス〉の調査によって見つかった、実験体。No.0090の“ケルベロスシャーク”だけでなく、各地にNo.0099、3333、7811、8219と合計五体が存在していた。
どうやら〈アトランティス〉は人魚族の存在保護だけを理由に建てられた都市というわけではなく、原生生物の品種改良的な実験施設という側面も持っていたらしい。ほとんどの生体的実験管理区域は崩壊していたが、先の五箇所のチャンバーは都市管理中枢制御術式UMCCFによってメンテナンスが続けられていた。
そして、それぞれの実験体は生体エネルギー供給源として使われていたらしい。
つまり、〈アトランティス〉攻略として用意されていた本来の手順は、町を覆う防御ドームを解除するために、地下の亀裂から内部に侵入。そして各地に点在するチャンバー内で待ち受ける実験体を撃破し、生体エネルギーの供給を絶つ。そこでようやく、本隊が真正面から町に挑めるといった筋書きだった。
「それに関しては、俺じゃなくてエイミーに言ってくれよ」
そういった手順をすっ飛ばして強引にドームを砕いたのはエイミーである。彼女はあれ以降さらに精密動作に磨きがかかり、今回もケルベロスシャークの三連咬撃も涼しい顔で防ぎつつ反撃を繰り出していた。
当の本人はテントで休みながら、光と盾談義に興じているが。
「そういえば、〈大鷲の騎士団〉の皆さんが危険生物No.0001を討伐したようですよ」
いちご抹茶バターラテを飲んでいたトーカが、ニュース記事が表示されたブラウザウィンドウを可視化させる。それを見ると、アストラたちが危険生物No.0001を討伐したという速報が大きく掲載されていた。
「おー、ついに四天王がやられたか」
アトランティス四天王。ドームを破壊し、乗り込んできた調査開拓員たちを迎え撃つ、
元々は〈アトランティス〉の危険生物封印廃棄区画という、実験管理区域よりも遥かに厳重に封じられていた区画に監禁されていた実験体たち。全盛期の〈アトランティス〉でも手に負えず封印廃棄という手段を講じる他になかった問題児たち。
本来ならば制御塔へ向かう俺たちが挑まなければならなかった強大な敵たちも、事が収まった後にプチプチと片付けられていた。
「マシラが悪いよ。マシラが」
そう言うのは〈紅楓楼〉のフゥである。彼女はテントの中で大きな中華鍋を振り、海鮮あんかけチャーハンを作りつつ眉を寄せる。
五体の危険生物たちは、実験体たちとはまた別に、黒魚の魚群や“黒呪の番兵”ことシーラカンスたちに力を供給する存在だった。汚染術式に感染していた彼らが無限の術力を流し込んでいたからこそ、シーラカンスたちも全く倒れる気配がなかったのだ。
俺たちは制御塔を守るシーラカンスに挑む前に、これまた町の中に封じられている危険生物たちへと挑み、二割ずつ彼らの力を源から削ぎ落とす必要があった。――はずなのだが、そこにミートやワイズたちマシラの増援があったため、ゴリ押しで攻略できてしまったのだ。
「まあ、結局攻略できたんだからいいだろ」
フゥからできたての海鮮あんかけチャーハンを受け取ったカエデが、レンゲで掻き込みながら言う。結局俺たちは〈アトランティス〉攻略という一大イベントを、本来の道順を完璧に無視した脳筋ゴリ押し戦法で突破してしまった。それに対して物議を醸さなかったわけでもないが、結局は終わりよければ全てよしという結論に落ち着いている。
実際、その後でこうしてちゃんと倒して回っているのだから、問題はないだろう。
「そういえば、都市の再建計画もそろそろ大詰めでしたっけ?」
〈紅楓楼〉の投擲師モミジが口を開く。
UMCCFによる“自己崩壊プロトコル”が実行された〈アトランティス〉は、その影響を限りなく最小限に抑え込んだとはいえ、元々の荒廃具合と地震によって無惨な姿となっていた。俺が組み上げた“驟雨”との融合がなければ、自重で崩壊してしまっていただろう。
しかし、都市は無事に奪還された。人魚たちの故郷が取り返されたのだ。
俺は〈ウェイド〉建設の時と同様に“驟雨”をパブリックな建造物として管理をポセイドンへと移譲した。そして、彼女の指揮のもとで〈ダマスカス組合〉や〈プロメテウス工業〉といった生産者たちが人魚の職人たちと協働し、都市復興の工事を進めていた。
『わっしょーーーーいっ!』
“ケルベロスシャーク”の解体を始めようとしたその時、突然町中に大きな威勢のいい声が響き渡る。それが誰のものなのか、知らないものはいないだろう。
『海底都市〈アトランティス〉で活動中の調査開拓員、それ以外のところにいる調査開拓員、それに人魚族のみんなにお知らせ! 今日、18時から凱旋式をするよ!』
己の存在を賭して人魚族を守った統括管理者、そして現〈アトランティス〉の管理者。コシュア=ピュポイ、 〈
彼女の弾むような明るい声が、調査開拓領域の隅々にまで広がった。
「いよいよなんだな」
災禍を逃れ、〈パルシェル〉へと居を移した人魚たちが戻ってくる。もはやほとんど知るものもいない、古い故郷へ。
そして、俺たちの長く続いた宴もそこで。
『凱旋式は特殊開拓司令第二次〈万夜の宴〉の終幕ステージ! 各管理者に寄せられた、22万7,844種類の衣装の中から、ランダムに選ばれたスペシャルコスチュームが発表されるよ! わっしょいわっしょいだね!』
復興の進む〈アトランティス〉の中央制御区画には、立派な舞台が建造されている。そこで行われるのは、長く続いたイベントの幕引きだ。第零期先行調査開拓団が残した古代都市がほとんどそのまま獲得できるのは、イベントの成果として申し分ない。
『しかも、ステージでは管理者たちが
「ふぐぅ……ッ!」
心の底から嬉しそうなポセイドンのアナウンスを聞いて、何故かネヴァが胸を押さえてうずくまる。
「ね、ネヴァ? どうしたんだ?」
「な、なんでもないから……。レッジはちょっと、離れてて」
「ええ……」
よく分からないが、俺は必要ではないらしい。
俺は彼女から離れて鮫の解体を続ける。
『わーっしょい! わーっしょい!』
紆余曲折、波乱万丈の宴がもうすぐ終わってしまう。
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Tips
◇“
海底都市〈アトランティス〉生体的実験区域No.0090に収容されていた非常に凶暴な原生生物。かつての実験により、人為的に遺伝子が改変されており、自然な進化の中には見られない異常な特徴を多く持つ。
三つの首を持ち、一つの体を共有している。それぞれに個性があり、凶暴、残虐、無慈悲である。肉食かつ食欲旺盛、そして強靭な生命力を持つ。長い時の中を深い水中の闇に繋がれ、怨嗟を募らせている。
しかし、有り余る力は何かによって奪われ続けているようだ。
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