第1151話「都市との融合」

 崩れた塔の中からポセイドンを引き上げる。彼女の手は冷たく、どこか頼りない。

 そもそも、彼女は人の形をしていなかった。淡く光る光の集合体のような姿で、無数の帯を纏っている。おそらく、これが術式としてのポセイドン――エウルブ=ピュポイの姿なのだろう。

 言ってしまえば、肉体から離れた魂だけの存在。塔が崩れた今、それが長く保てるとは思えない。


『レッジ……』

「とりあえず元気そうで良かった。けど、なんかそのうち消えそうな感じがあるな」


 弱った彼女は体にノイズが走っている。時折輪郭も大きく揺れていて、今にも成仏しそうな幽霊のようだ。その姿を見て、俺は彼女が物理的な管理者機体を持っていないことを思い出す。

 以前、俺たちが初めて〈アトランティス〉に近づいた際、ポセイドンは管理者機体から脱して町に移動していた。


「こんなこともあろうかと、ちゃんと機体は用意してるんだ。そっちから入れるか?」


 ポセイドンの救出は俺たちの最優先事項だ。当然、管理者機体もT-1から許可を得て持ってきている。騎士団のメンバーが持ってきてくれた小型コンテナの中に、ポセイドンのそれが入っている。

 しかも、今回の機体は間に合わせの貸出品ではない。わざわざウェイドが一からデザインした、ポセイドン専用の管理者機体だ。


『ありがとう、みんな!』


 ポセイドンは勢いよく管理者機体へと飛び込む。いくつものウィンドウが広がり、プログレスバーが次々と青く染まっていく。


『機体インストール完了。最適化完了。再起動します』


 ポセイドンが瞼を上げる。深海の神秘的な青が光を宿し、俺たちを捉えた。


「おかえり、ポセイドン」

『――ただいま!』


 小型コンテナから飛び出したポセイドンが、そのまま俺の胸に飛び込んでくる。防御力の高い管理者機体の頭突きを喰らいながらもなんとかバランスを取り、受け止める。

 彼女の復活に、周囲の調査開拓員たちからも拍手が湧き上がった。


「感動的な場面で水を刺すのは申し訳ないんですが……。ちょっとまずいですよ」


 その時、ハンマーを担いだレティが泳いでくる。彼女は塔の周囲を見渡し、油断なく耳を立てていた。


「なにか起きてるのか?」

「起きてるというか、起きるというか……。――ポセイドンさん、“自己崩壊プロトコル”ってなんですか?」


 レティの問いにポセイドンが目を見開く。彼女は塔の中心部に残っている柱のようなものへと駆け寄り、何か操作する。それは都市中枢の制御盤になっているのだろう。俺たちには解読することもできない無数の情報が滝のように流れる。

 ポセイドンはそれを見た後、血相を変えて振り向く。


『都市管理中枢制御術式UMCCFが自己崩壊プロトコルを実行しちゃった!』

「一応聞いておこう。それって――」

『〈アトランティス〉が壊れる!』


 町全体が大きく揺れる。その強さは塔が崩壊した時のそれよりもはるかに大きい。まさしく、〈アトランティス〉そのものが動き出しているのだ。“自己崩壊プロトコル”とは、簡単に言ってしまえば自爆だ。

 暴走を続けていたUMCCFとやらが、最後の抵抗を見せているらしい。


「逃げろォ!」

「退避、退避ーーーっ!」


 ハッピーエンドに落ち着いていた調査開拓員たちが一斉に騒ぎ始める。足の速いものから順に、町の外を目指して泳ぎ始める。だが、都市の崩壊はそれよりも早そうだ。


「ポセイドン、とりあえずテントに」


 アイたち歌唱隊を守っていた“驟雨”になら、まだ人が詰め込める。そこに避難すればなんとかなるかもしれない。

 しかし、ポセイドンは俺の手を取らず、必死の表情でコンソールを操作していた。


「ポセイドン?」

『だ、だめ……。壊れちゃ……。まだ、人魚が……』

「人魚……。〈アトランティス〉に人魚がいるのか?」


 ポセイドンは頷く。彼女の操作で、水中に立体的なホログラムが投影される。それは〈アトランティス〉の全体図を模したモデルのようだ。


『〈アトランティス〉は人魚族を汚染術式から守るために作った施設。まだ、たくさんの人魚が』

「でも、都市も汚染術式に侵略されてたんじゃないのか?」


 ポセイドンが暴走したのは、十中八九汚染術式によるものだ。より正確にいうならば、ポセイドンの代わりに都市を制御していたUMCCFとやらが汚染術式に感染していたのだろう。

 それによって〈アトランティス〉は滅びた。俺たちも廃墟とかした都市の中に人魚の生き残りを見つけることはできていない。


『都市が汚染されることは想定内。生体保管封印区画は汚染術式対抗措置が構築されてるから無事なはず』

「しかし――」

『ダメなの!』


 ポセイドンの言葉は希望的観測に過ぎない。それよりも俺たちが優先するべきは彼女自身の安全だ。一刻も早く退避するように促そうとすると、ポセイドンは大きな声を上げる。


『ボクが見捨てたら、人魚たちは一生眠りから醒めないんだ。それはダメだ!』

「……呑鯨竜の胃袋に〈パルシェル〉という人魚の町がある。そこに人魚の生き残りがいる」

『知ってるよ! でも、この町にもまだ、人魚が残ってる』


 ポセイドンは〈パルシェル〉の存在も知っていた。たとえ今、ここで彼女が避難を選択しても、人魚という種族は滅びない。しかし、彼女が言いたいのはそういうことではないのだろう。


「レッジさん、もう建物が!」


 レティが急かす。揺れはどんどん大きくなり、建物は次々と崩れていく。

 それでもポセイドンは諦めず、自己崩壊プロトコルを止める方法を模索し続けていた。


「――よし、分かった」


 そんな彼女の姿を見て、俺も腹を括る。

 展開していた“驟雨”を片付け、そして再び展開する。


「レッジさん!? 何をやってるんですか?」

「〈アトランティス〉もフィールド上に存在する建造物――つまりテントだ」

「は?」


 レティが本気で理解できないといった目を向けてくる。

 まあ、本題はここからだ。


「〈アトランティス〉と“驟雨”を融合させる。その上で、自己崩壊プロトコルの実行エリアだけを分離する。そうしたら、人魚を守れるはずだ」

「な、何言ってるんですか!?」

「とにかく大量の建材が必要だ。ありったけ持ってきてくれ!」


 テント同士の融合自体は、〈大鷲の騎士団〉も複数人のキャンパーで大掛かりな前線拠点を作っていたりするためよくあることだ。しかし都市とテントを融合させようと思ったら、テントもそれなりの規模にしなければならない。


「ええい、ままよ! もう知りませんからね!」


 レティは理解することを放棄して泳ぎ出す。

 そして、後方の輜重隊から巨大なコンテナを引きずって来てくれた。その中に入っているのは、予備も含めた大量の建材だ。


「助かるよ、レティ」

「これで死んじゃったら恨みますよ!」


 展開を続ける“驟雨”に次々と建材を投げ込んでいく。そのたびにテントが増大し、立派になっていく。しかし、建材の投入数が100を超えたところで、突然成長が止まった。


「なぁっ!?」

「くっ、流石にこの規模の拡張は想定されてないのか」


 テントに建材を投入することで規模を大きく拡張する手法は山小屋テント以来スタンダードになってきたものだ。しかし、いくらでも無限に増築できるわけではない。建材100個以上の拡張は、開発設計の段階で想定されていない。


「どっ、どどどどうするんですかレッジさん!?」

「……どうしようか」


 こうなるとお手上げだ。俺にはどうすることもできない。

 勢いよく乗り出したものの、こんなところで頓挫するとは。

 ポセイドンはまだ諦めていないが、もはや後はない。


「――レッジ!」


 その時、思わぬところから声がかけられる。驚いて振り返ると、パールシャークに跨った、見覚えのあるタイプ-ゴーレムが近づいてくる。


「ネヴァ!?」


 生産職で、攻略隊には参加していなかったはずの彼女が、なぜか姿を現した。


「どうしてここに――」

「えっ。いや、その……。あまりにも公開処刑で……じゃなくて、ちょっと様子が気になって」

「はぁ?」


 よく分からないが、ネヴァが来てくれた。彼女はパールシャークから飛び降りると、そのまま“驟雨”の前で工具箱を広げる。


「詳しく知らないけど、“驟雨”の拡張性を高めればいいのよね?」

「あ、ああ……。できるのか?」


 困惑のまま尋ねると、彼女は不敵に笑みを浮かべる。


「私を誰だと思ってるのよ」


 そう言って作業着の上衣を脱ぎ捨てる。褐色の肌を惜しみなく露わにして、工具を手に取る。


「その“驟雨テント”を作ったのは私なのよ?」


 そして、彼女が展開中のテントに手を付ける。

 信じられないことに、彼女はテントの動きを止めないまま、メンテナンスを始めた。例えるならば、フルスロットルで走り続ける車のエンジンを整備するかのような離れ業。むしろ不可能と断言できるような神業だ。


「〈戦場鍛治師バトルスミス〉の固有テクニックに『不停止整備』っていうのがあるのよ」

「まさか、ロールを取ったのか」

「いつまでもただの〈職人〉っていうのもつまらないでしょ」


 ネヴァはそう言って笑う。笑いながらも、その手は止まらない。

 機獣や戦闘機械をリアルタイムに整備するのが本来の『不停止整備』というテクニックの使い方だろう。しかし、彼女はそれをテントに対して使用していた。


「さあ、どんどん建材投入しなさい」


 建材受け入れ上限が一気に1,000に拡張される。俺が急いで建材を投げ入れていく間にも、更に受け入れ上限は上がっていく。

 “驟雨”は塔を飲み込み、倒壊した建物の瓦礫を取り込んでいく。木々が成長し、森が広がるように。鉄のテントが町を取り込んでいく。


「ひぃ、ひぃ。持ってきましたよ!」

『積み木だ!』

『ボクの方が力持ちだぞ!』


 レティだけでなく、ミートたちもコンテナの運搬を手伝ってくれていた。しかも、攻略隊について来た他の生産職たちも、建材の量産をしてくれているらしい。


「他の全部は全部分解バラしていい! 建材を作りまくれ!」

「〈パルシェル〉に連絡いれろ! ありったけかき集めて持ってこい!」


 彼らの力が集まり、テントが都市を包み込む。


「ポセイドン!」

『いける……。いけるよ!』


 コンソールを猛烈な速度で操作していたポセイドンが、希望に満ちた目を向ける。

 海底都市〈アトランティス〉と耐水性テント“驟雨”建材2,876,500個拡張版が、互いに結合する。部品が交差し、構造が噛み合う。それと同時に、テントの編集権限で“自己崩壊プロトコル”の文字を確認できた。そして、都市の地下で厳重に封じられている区画についても。


「――さあ、終わりだ」


 “自己崩壊プロトコル”によって爆砕されていく都市構造をパージする。破壊の連鎖を断ち切り、都市そのものを防衛する。

 町そのものを包み込んだテントが、内部にあるものを守る。


『――――ッ!!』


 どこかで弾けた小さな爆発が、UMCCFの断末魔だった。


━━━━━

Tips

◇『不停止整備』

 〈戦場鍛治師バトルスミス〉の基本的なテクニック。戦場で稼働している機械を、停止させることなく整備する。非常に整備難易度は高くなるが、隙を見せずに戦闘を続行させることができる。

“安全確認ヨシ!”――華麗なる整備士ゲンヴァー


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