第1150話「壁を壊す者」

 レティたちの活躍で、シーラカンスたちが撃退できた。

 彼女が使う〈破壊〉スキルの一撃が、いくらでも復活するシーラカンスを完全に壊したのだ。物質系スキルが有効であることが分かったため、トッププレイヤーが一丸となってシーラカンスを撃破していった。

 そして、アイたちがついに歌詞の全文を明らかにする。

 

 タイトルは“フォートレスハート”。

 固い殻の中に閉じこもり、心まで閉じてしまった王子に向けて、強くも儚い恋慕の情を募らせる少女の歌だ。

 頑なに拒絶する王子に、少女は根気強く思いを送り続ける。だが、彼女が言葉を紡ぐほどに二人を分かつ壁は厚く、高くなっていく。

 失意に暮れる少女は、壁にある小さな窓から中を覗く。そこに見えたのは、可憐な花の精と楽しげに踊る王子の姿。彼女はそれを見て気がついた。この高く聳える堅固な壁を作ったのは、王子ではなく自分だったのだと。

 深い絶望の淵に落ちた少女。その嗚咽は空虚に響くばかりで誰にも届かない。そのはずだった。

 しかし、突如として壁が崩れる。穴の向こうから手が差し伸べられる。驚く少女の前に現れたのは、槍を携えた王子だった。

 王子と平民。立場の違いに絶望し、全てを諦めていた少女。彼女の固い壁を王子が砕く。王子は少女の手を取り、真実の愛を彼女に告げる。花の精たちが踊り歌い、二人を祝福する。

 世界に眩い光が差し込んだ。


 歌詞を解き明かしてすぐに、アイたちは楽器を取り出した。記されていたのは詞だけだったが、それを旋律に載せて奏でる。その指揮を執ったのは、音楽の得意な人魚たちだった。

 人魚の間で古くから伝えられるリズムに合わせ、楽器が奏でられ、歌が歌われる。

 すると、変化は突然現れた。


「レッジさん、塔が!」


 歌声に合わせて、塔が揺れる。歌詞に合わせて、先端から崩れ始めた。

 多くの調査開拓員たち、人魚たちが逃げ惑うなか、アイを筆頭に歌い手と奏者たちは一歩も退かない。ただ朗々と歌いつづけ、大胆に奏で続ける。


「コンサートホールは任せてくれ」


 俺はテントを展開する。本隊からの物資も受け取り、楽団をすっぽりと包み込めるだけの巨大なテントを広げる。それが塔の瓦礫を防ぎ、歌を広げる。

 そして、崩れてゆく塔の中心に、それが見えた。

 黒く禍々しい力の塊。どう見ても、良いものではない。

 それが現れた瞬間、マシラたちが目の色を変えて動き出す。しかし、それよりも早くイザナギが飛び込んできた。


『見つけた!』


 彼女はそれを抱きしめ、胸に沈めるようにして取りこむ。

 その直後、残っていたシーラカンスたち、迫ってきていた黒い魚群たち、それら全てが呆気なく霧散した。更に〈アトランティス〉の全体が大きく揺れて、廃墟の街並みが崩れ始める。

 アイたちの歌う声は最高潮へと達する。


「俺も見つけたぞ」


 歌声が響き渡るなか、塔の中へと飛び込む。その奥にある、小さな壁。黒く固い壁に向かって、槍を突き立てる。揺れが激しくなり、大きな瓦礫が落ちてくる最中で、壁に小さな亀裂が走った。

 それを手掛かりに、穴を広げる。強引に押し開ける。


━━━━━


――この声が、届くなら。


 深い沈黙のなか、眠り続けていた。どれほどの時を経たのか、それすらも分からないほど。自分という存在が水の中へ溶けてしまうような、そんな恐怖に怯えながら丸まっていた。

 意識が揺れうごいたのは、かろうじて残っていた僅かな存在が厚い壁の向こうから響く微かな歌声を捉えたからだ。


『都市管理中枢制御術式UMCCFに甚大な被害が生じています』

『緊急的自己防衛処理を実行しています』


 静寂と闇だけが支配する孤独な水底に、空虚な音が響く。

 手も足も口も、目さえも動かせないほどに自分という存在が溶解している。それでも、耳がそれを聞く。耳を澄ませれば、よく聞こえる。


――きっと、貴方は振り向かない。


 どこか懐かしい歌声だ。なぜこれを懐かしいと思うのかさえ分からないけれど。


『自立防御システムに甚大な被害が生じています』

『緊急的自己防衛処理を実行しています』


 どこから聞こえてくるのだろう。

 なぜ聞こえてくるのだろう。

 曖昧な思考を巡らせる。


『自律式防衛術式に甚大な被害が生じています』

『対物理、対機術攻撃に対する完全耐性に問題はありません』

『根源的存在意義の破壊が確認されました』

『自動修復術式を実行ししししSISISISISISI……』


 鼓を叩く音がする。笛が鳴り、弦が響く。賑やかな囃子が奏でられる。

 その声はどこかで聞いた。きっと、聞いたことがある。


『都市管理中枢制御術式UMCCFに甚大な被害が生じています』

『自動修復術式による自動修復が間に合いません』


 だんだんと思い出す。

 なぜ、自分はここにいるのか。

 なぜ、暗く冷たい水底にいるのか。

 なぜ、固く厚い壁の中にいるのか。


――その槍で私の心臓を貫いて。


 だんだんと歌声は大きく、明瞭になる。懐かしい歌だ。

 その歌が自分が何者であるかを思い出させる。砕け散った存在意義の破片が戻っていく。


『都市管理中枢制御術式UMCCFに甚大な被害が生じています』

『驛ス蟶らョ。逅?クュ譫「蛻カ蠕。陦灘シ酋MCCF縺ォ逕壼、ァ縺ェ陲ォ螳ウ縺檎函縺倥※縺?∪縺』


 そうだ、この曲だ。この音だ。この旋律だ。この調べだ。この歌だ。


――固く閉じた壁の中から。


 呼ばれている。

 目覚めなければならない。

 守りたかった、大切な彼らがそこにいる。


――フォートレスハート。


 壁に亀裂が入る。

 それは見るまに広がり、瓦礫を剥落させる。深く走る罅の隙間から鮮烈な光が差し込む。冷たく暖かな水が流れ込む。亀裂は広がり、穴となる。眩い光が解き放たれる。

 その向こうから、彼らが手を差し伸べる。


「――ポセイドン!」


 待ちわびていた声がする。


━━━━━

Tips

◇フォートレスハート

 海底都市〈アトランティス〉の汚染された中央制御塔に刻まれていた古い歌。王子に恋焦がれながらも、身分の差から諦め心を閉ざす少女の物語。あるいは一人孤独に身を置く誰かへの福音。


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