第1149話「激戦絶唱」

『LALALALA――!』

「ぐわーーーっ!?」


 塔が震え、激音を発する。アイたちの歌声は塗り替えられ、強制的に中断されてしまった。やはり〈アトランティス〉――ポセイドンは彼女たちが歌うのを阻止しようとしている。ということはつまり、歌声によって浮かび上がる歌詞が鍵になっているのは間違いないのだろう。


「歌い続けろ! 全部解読するんだ!」

「歌手を集めてくるんだ。人が多ければ多いほど文字が出てくるのも早くなる」


 攻略の糸口が見えたことで本隊も活気付く。アイを中心に〈歌唱〉スキルを持つプレイヤーが続々と集まり、声を揃えて歌い続ける。その声に応じて塔の壁面に浮かび上がる青い文字を、人魚と解読班が懸命に書き留め読み解いていく。

 塔から放たれる妨害は1分おきの間隔がある。それまでに全文を書き留めることができれば俺たちの勝ちだ。


「純粋に歌声の大きさと〈歌唱〉スキルのレベルに応じて表示速度が加速するみたいだな。高レベルの歌手がマイク使えばいいってことだ」

「誰か拡声器は持ってないのか?」

「あるさ、ここにな!」

「でかした!」


 なぜかマイクを常備している〈歌唱〉スキル持ちの調査開拓員は多く、彼らはそれを使って更に歌声を大きくする。それに呼応して壁面に浮かび上がる文字の量は増えていく。


「アイ、もっと大きな声で!」

「は、はいっ!」


 とはいえ、攻略本隊に参加するような調査開拓員の中に〈歌唱〉スキルを高いレベルで習得している者はそう多くない。ほとんどは生活スキルの名の通り、趣味程度に使える10から30レベル程度だ。

 攻略の肝となるのは前衛職でありながら〈歌唱〉スキルもレベル90と高いレベルを維持しているアイである。そして――。


「騎士団歌唱隊、到着しました!」

「いいぞ。心強い援軍だ!」


 本隊後方にて広域支援を行なっていた歌唱隊がやって来る。こちらもアイ直属の部隊で、普段は第一戦闘班の支援部隊として活動している精鋭だ。


「〈ダマスカス組合〉から支援物資です!」

「ヤマビコだ!」


 重装のプレイヤーによって護送されてきたコンテナの中に入っていたのは、オーディオ機器の製造を専門とするバンド〈音遊〉の最新式大型音声拡大装置〈ヤマビコ〉だった。

 すぐさまメカニックがそれにマイクのケーブルを接続し、電源を供給する。


「さあ、歌え!」


 アイが歌唱隊に向けて戦旗を掲げる。それを合図として、数十人の歌い手たちが喉を絞る。


「――――ッ!」


 幾重にも重なる神秘的な重奏。その歌声が何倍にも増幅し、黒い制御塔を震わせる。

 まるで聖歌を聴くかのような厳かな気持ちが湧き上がる中、塔の壁面に目を向ける。そこには、勢いよく古代人魚文字の青白い光が浮かび上がっていた。


「書き留めろ! 写真で撮れ!」

「歌詞を解析するんだ!」


 妨害音が発せられれば、その瞬間に文字は消えてしまう。そうなれば、また一文字目からやり直しだ。時間を見ていたタイムキーパーが手を挙げる。塔が再び音を放つまで、あと5秒だ。


「裏側も書き留めてるか?」

「できてます!」


 円柱の塔の湾曲した壁面に、文字は連なっていく。塔の外周に配置された調査開拓員たちは、八方向から余すことなく文字を記録していく。


「『フォートレスハート』、いったいどんな歌詞なんだ……」


 〈アトランティス〉の制御塔に刻まれた古い歌。『フォートレスハート』という題名だけが明らかになっている。


『LALALALA――!』

「くっそ、まだ全部表示できてないのに!」


 塔が震え、文字を掻き消す。歌唱隊の加勢でかなり加速したものの、それでも歌詞全文を表示するのは間に合わなかった。


「仕方ない、もう一回だ」

「ええい、シーラカンス共が集まってきやがる!」


 アイたち少なくない数の〈歌唱〉スキル持ちが歌うことに専念するため、戦闘に割ける人員が減ってしまう。それでもシーラカンスは次々とやってくるため、激闘も続いていた。


『ていやーーーいっ!』


 巨大な白黒の狐になったシフォンが蹴散らしているが、それでも間に合わない。


『うおおおおっ!』

『マシラの実力を見せてやれ!』


 ミートたちも健闘しているが、明らかに敵が多すぎた。


「くっ。ダメだ、抑えきれん!」


 戦線の一端が綻ぶ。シーラカンスたちはそれを見逃さず、一気に身を捩じ込んできた。

 次々と調査開拓員が弾き飛ばされ、人魚たちが散り散りに退避する。勝機を掴んだシーラカンスの一群が、真っ直ぐにアイたちへと迫る。


「アイ!」


 彼女たちは歌う準備を始めていて、咄嗟に動けない。そこが瓦解すれば、こちらの勝利は遠のく。急いで向かうが、距離が離れすぎていた。


「――聖儀流、二の剣――『神罰』ッ!」


 シーラカンスが大きく口を開き、アイを飲み込もうとしたその時。突如、けたたましい音と共に稲妻が走る。それは古代魚の腹を貫き、焼き焦がす。不意を打つ攻撃に怯んだシーラカンスの目の前に現れたのは、銀鎧を装う金髪の騎士。


「アストラ!」


 彼はようやく到来した出番に力を漲らせる。バチバチと激しく帯電する聖剣を振り翳し、周囲のシーラカンスを瞬く間に一掃する。その威力は凄まじく、あっという間に十体以上の敵を討ち倒した。


「れ、レベルが違う……」

「どういう火力してるんだ」


 輝きを帯びて迅雷の如き動きで敵を殲滅する騎士団長を、調査開拓員と人魚の戦士たちが戦慄の眼で見る。

 調査開拓団の最高戦力が、その比類なき武力を見せつけていた。0.1秒単位での正確無比な太刀捌きで的確に敵の急所だけを貫く。個々がボスクラスの能力を持つシーラカンスたちが、まるで雑兵のようだった。


「もうあの人だけでいいんじゃないかな……」


 あまりにも隔絶した力を目の当たりにして、誰かが呆然と呟く。


「馬鹿言うな。団長がスーパー団長モードになれるのはせいぜい20秒だけだぞ。今のうちに体勢を立て直さねぇと」


 騎士団員の誰かが言うように、10秒もするとアストラの輝きが徐々に消えていく。〈聖儀流〉の『神覚』や『神啓』といった強力なバフは、効果時間が非常に短いという欠点がある。彼のテクニックはともかく、ステータスは数秒ごとに大きく減衰してしまう。

 だからこそ、彼はずっと後方での指揮に徹していたのだ。自分が出なければならない事態に直面した時、確実に動けるように。


「スイッチ!」


 いくつものバフが剥落し、アーサーによる加護も消えたアストラが叫ぶ。


「よーっし! いよいよ出番ですよ!」


 後方へと下がっていくアストラと入れ替わりに出てきたのは、鎚を構えたレティだった。


「うわ出た」

「逃げろ、巻き込まれるぞ!」

「今まで大人しくしてたと思ったら!」


 彼女が登場した瞬間、調査開拓員が近くの人魚を連れて逃げていく。

 レティが本気で戦うならば、申し訳ないが彼らは邪魔になってしまう。特大武器の力を十全に生かすには、レティ以外の全てが敵であるという状況が最も適しているのだ。


「ここで会ったが百年目! 全員ツミレにしてあげますよ!」


 よく分からない口上と共にレティが敵陣に突っ込む。

 餌が自ら飛び込んできたと歓喜するシーラカンスたちは、直後にその油断を痛感することになる。圧倒的な暴力の嵐が、魚群を圧壊させたのだ。


「見ててくださいレッジさん、レティの活躍を!」


 彼女が破壊の権化のような激戦を繰り広げる中、アイたちが再び歌い始める。

 その声が、太古の歌を呼び起こす。


━━━━━

Tips

◇変異マシラ“ヤミー”

発生地:オノコロ島第四域〈雪熊の霊峰〉

収容由来:調査開拓員レッジによる和解

概要:

 体長7メートルのアザラシ型マシラ。全身に黒い斑点を持つ。マシラの中でも群を抜いて食欲旺盛で、特に動物性タンパク質の摂食を好む。食事中以外の大半の時間に空腹を訴えており、頻繁に暴走する。凶暴性は空腹状態に応じており、記録上最高の概算戦闘レベルは三時間の絶食を行った際の18。その際には収容棟のみならず〈マシラ保護隔離施設〉の七割が壊滅する異常事態を招いた。

 食事中や食事後30分程度は概算戦闘レベル11程度で落ち着いており、収容棟を破壊する頻度も半減する。

 寒冷に対する強い耐性を持ち、マイナス200℃環境下でも問題なく行動が可能である。一方で熱暑には比較的弱いため、200℃を超えると凶暴性が高まる。

収容方法:

 Mサイズ標準強化装甲高耐久収容棟にて収容中。内部は半分を水で満たし、氷を支給する。

 1時間に1度、300kgの動物性タンパク質食料を支給し、1日に1度、オペレーション“アラガミ”への参加が認められる。

管理者による所見:

 マシラ収容における問題児の筆頭です。大量の食料リソースを消費しなければなりません。合成肉はわずかに混入させた場合でも例外なく大規模な暴走へ繋がりました。調査開拓員レッジは高品質な肉を差し入れと称して給餌し、このマシラの舌を肥えさせることはやめてください。


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