第1148話「浮かぶ歌詞」

「『ゲイルスラスト』ッ!」

「『鉄の封陣』ッ!」


 第一戦闘班やミートたちが敵の大半を引き付けているとはいえ、俺たちもすんなりと通してもらえるわけではない。次々と飛びかかってくるシーラカンスを、アイとエイミーがなんとか退けていく。


「白月、『幻夢の霧』だ!」


 俺も槍を握って前線に出ないわけにはいかない。ついでに今まで息を潜めていた白月も引っ張り出して、『幻夢の霧』で少しでも敵を撹乱する。


「二人とも耳を押さえてください!」

「はいよ!」


 それでも凌ぎ切れず、古代魚の包囲網は徐々に狭くなる。俺たちの背中が触れ合うほどに追い詰められたら、アイがレイピアを納めて大きく口を開く。


「アァアアアアアアアアッ!」


 響き渡る絶叫が魚たちを痺れさせる。そうして作り出した僅かな隙間を縫って、俺たちはまた少しだけ前に出るのだ。


「後もうちょっとよ!」


 エイミーがシーラカンスを殴りながら言う。

 〈アトランティス〉の中央制御塔はもう目前だ。俺たちは最後の力を振り絞って、敵を退ける。一体一体がボスクラスの力を持っているため、ほとんど倒すことはできない。それでも、怒涛の勢いで攻めてくるやつらを押し除けて、前に進む。


「ッ!」


 乱戦の中、敏感に察知したのはアイだった。彼女が笹型の耳をぴくりと揺らして塔へ目を向ける。そして、血相を変えてこちらへ叫んだ。


「耳を塞いで!」


 その理由を理解する前に、俺もエイミーも耳を塞ぐ。次の瞬間、黒鉄の塔が震えた。


『LALALALA――LALALALA――――!』


 ビリビリと振動する水の中、強烈な音波が広がる。それはアイの子守唄を阻止したものだ。やはり中央制御塔が放っていたらしい。


「レッジさん、大丈夫ですか?」

「なんとかな。エイミーも大丈夫そうだ」

「アイが知らせてくれたおかげで助かったわ」


 間近で聞く壊滅的な音は凄まじい威力だ。アイの言葉が聞こえなければ、耳が壊れていたかもしれない。咄嗟に耳を塞ぐのが間に合ったおかげで、多少聴力が鈍っているもののすぐに回復してしまう範疇に収まった。


「あの音を止めない限り、ミートたちも苦戦するだろ」

「早く塔の中に入らないと」

「ですが、入口はどこにあるんでしょうか」


 塔が発した音は俺たちだけでなくシーラカンスたちの動きも鈍くする。そうしてできた若干の余裕のなかで、塔の内部に繋がる道を探す。しかし、黒鉄の塔は継ぎ目すら見当たらず、〈ウェイド〉などの地上都市に見られる入口が見当たらなかった。


「とりあえず近づいてぶっ叩けば穴も開くんじゃない?」

「……エイミーさんも〈白鹿庵〉の一員なんですね」


 真面目な顔で拳を構えるエイミーに、アイが今更思い出したように言う。エイミーはレティやトーカに埋もれているせいで常識人っぽく見えているが、そもそもメイン盾とアタッカーを兼任するような変人なのだ。でなければ、普通色々とギミックを解いた上で突破するはずの〈アトランティス〉のドームを拳で破壊したりしない。


「なんだかしたり顔だけど、レッジも人の事言えないと思うわよ」

「な、なんでだよ」


 少し拗ねたような顔をしたエイミーはそのまま塔の壁へと向かう。間近までやって来ても、やはり塔の入口は見つからない。一応、二周ほど回ってみたが、それらしいものもなかった。


「アイ、中に入る方法として考えられるのは?」

「何かしらのキーアイテムを必要とする。周囲のシーラカンスを全て倒す。都市のどこかにあるトリガーを全て解放する。こんなところでしょうか」


 流石に〈大鷲の騎士団〉は俺たちほど考えなしに進んでいるわけではない。アストラがなかなか前線に来れないのも、様々な可能性を考慮して模索を続けているからだ。


「都市内に散開した別働隊からは、トリガーらしきものの報告は上がっていません。周囲のシーラカンスを全滅させるというのも、かなり厳しい条件だと思います」


 アイと共にやって来たのは、第一戦闘班の中でも突破力に秀でた突撃隊のメンバーだ。それ以外の人員は〈アトランティス〉の探索を行っている。しかし、彼らからも有力な情報は得られていない。

 ミートやワイズたちも投入してなお全滅させられないシーラカンスが塔解放の条件というのも、疑わしい。


「となると、キーアイテムか」

「それらしいものは見つかっていないですけどね」


 残る可能性は、鍵となるアイテムの存在。

 しかし、これまでの活動でそれらしいものは見つかっていない。


「レッジのテクニックで破壊できない? ほら、〈パルシェル〉の監視塔を壊したやつ」


 エイミーが言っているのはハイパージャンプが修正された際に出てきたバグのことだ。オブジェクトの隙間に指先なんかを差し込むと、ズレが増幅されて大規模な破壊が起きる。


「できるわけないだろ。バグの利用は明確な規約違反だ」


 ハイパージャンプ時代はまだ若干グレーなテクニック程度に収まっていたが、それが修正された後となれば問題だ。物質干渉は明確な不具合として認識されており、それを利用して自身の利益を得ることは処罰の対象となる。


「そもそも、そんなバグでイベントをクリアしても面白くないだろ?」

「それもそうね」


 エイミーも本気ではなかったのか、すんなりと引き下がる。やはりここは、正々堂々と玄関から入る方法を探すしかない。


「できないわけじゃないっていうのが、恐ろしいところなんですが……」


 塔を前に思案する俺たちの傍らでアイが小さく何か呟いた。

 その時だった。


「うん?」


 突然、真っ黒な塔の壁が少しだけ光る。その光はすぐに消えてしまい、見間違いかと思った。


「どうかしたんですか?」

「まただ! ……アイが喋ると塔が光る」

「はい?」


 アイが何か口にするたびに、塔の表面に薄く青白い光の線が走る。


「アイ、何か喋ってくれ!」


 俺が壁を凝視しながら頼むと、彼女は戸惑いながらも話し始める。


「こ、こんにちは!」


 ぼうっ、と彼女の声の波長に合わせたように光が波打つ。しかし、淡く儚い光はそこに意味を見出す前に消えてしまう。


「もっと長く!」

「わ、私はアイです。えっと、えっと、好きなものは音楽で、最近はギターとかやってて……」


 間違いない。やはりアイの声に壁が反応している。しかも何かの文字を表しているようだ。だがその意味は理解できず、また解析しようにもすぐに消えてしまう。

 なぜアイの声に壁が反応するのか。俺やエイミーの声では何も起きなかった。条件はなんだ。


「……歌か!」


 気が付いた。

 俺はアイの両肩を強く握る。


「アイ!」

「ひゃいっ!?」

「歌ってくれ。できるだけはっきりと!」

「あ、あわわ……」


 驚き困惑の表情のまま、アイが歌い始める。ぎこちないリズムだが、それは最近流行りの歌手ミネルヴァの曲、『バニーホップ』のようだ。


「〜〜〜!」

「いい感じだ。やっぱりアイの歌声に反応してるな」


 彼女の歌声が響くたび、徐々に文字の列が浮かび上がってくる。相変わらず何と書いてあるのかはさっぱりだが、この記号群には見覚えがあった。


「これ、もしかして人魚の?」

「そうだな。〈パルシェル〉でも見た人魚語の文字だ。しかし、ちょっと形が違うのもあるな」


 浮かび上がる文字はおそらく人魚の言語だ。だが〈パルシェル〉にあるそれとは若干形が違っている。


「古代人魚語ってところか?」

「それがどうして……」

「多分、鍵は〈歌唱〉スキルだ。歌声に応じて文字が浮かび上がる」


 俺は思考を巡らせながら、アストラへとTELを繋げる。


「アストラ。〈歌唱〉と〈解読〉が使える人員、あと物知りな人魚族を何人か連れて来てほしい」

『分かりました。すぐに向かわせます』


 詳しく理由を説明せずともアストラは素早く動いてくれる。俺は増援を待ちながら、更に思考を巡らせる。


「たぶん、これはキーワードだな。この文字が解読できれば、塔の中に入れるんじゃないか」


 『バニーホップ』がサビに入る。アップテンポのリズムに合わせて、徐々に文字が浮かび上がってくる。俺はカメラを取り出し、それを撮影する。最後まで表示させることができれば、一度撤退しても――。


「危ない!」


 塔が震える。轟音が広がる。

 アイの歌声を掻き消すかのように、再び塔が吠えた。


「ああっ!?」


 エイミーが咄嗟に障壁を展開し、俺とアイを守ってくれた。しかし歌声は途切れ、瞬く間に文字は消えてしまった。


「やっぱりそうか……。塔はアイの歌声を妨害してるんだ」


 全てを退けようとする塔にとって、キーワードの漏出は避けたいところだろう。だから、アイが歌うとそれを邪魔するのだ。


「アイ、歌い続けろ!」


 そうはさせない。


「分かりました!」


 アイのもとに、増援がやってくる。〈歌唱〉スキルを持ったプレイヤーたちが、アイの合図に合わせて歌い始める。浮かび上がってくる文字を、解読班と人魚族の戦士たちが知恵を出し合って読み解いていく。


「っ! 本格的にこっちを狙い始めたわね」


 攻略の糸口を見つけた俺たちを、敵が許すはずもない。

 シーラカンスたちがマシラや第一戦闘班から離れ、俺たちの元へとやってくる。俺とエイミーがなんとか凌いでいられるのも時間の問題だ。


『おじちゃーーーんっ!』

「うおおっ!? なんだ、シフォンか!?」


 その時、飛びかかってきたシーラカンスを蹴飛ばして、巨大な白黒の狐がやってくる。

 どうやら巨大狐化したシフォンが戻って来てくれたらしい。


「死んでなかったか!」

『死なないって言ったでしょ! わたしに任せてよ!』


 そう言ってシフォンは尻尾と肉球で次々とシーラカンスを弾き飛ばしていく。大きさが大きさだけに、遠ざけるだけならミートたちよりも強い。


「レッジさん、冒頭の一部が読み取れました。どうやら、これは何かの歌詞みたいです」


 シフォンが奮闘する中、早速解読班が成果を上げる。これはやはり、古代人魚語だったらしい。〈パルシェル〉で進められていた解読研究の知識も流用することができ、思ったよりも早く解読が進んだようだ。


「何の歌なんだ?」

「まだ歌詞は分かりませんが、題名だけなら」


 解読班の青年が、隣に立つ人魚族の戦士に目を向ける。彼らの間で同意が取れ、曲の題名が明らかになった。


「――『フォートレスハート』。それがここに記されているタイトルです」


━━━━━

Tips

◇変異マシラ“ジャンプ”

発生地:オノコロ島第三域〈毒蟲の砂漠〉

収容由来:調査開拓員レッジによる和解

概要:

 全長3メートルの巨大な脚。おおよそ人型の逞しい脚に見えるものの、腰部以上の部位が確認できない。腰部は眩い光に接続しており、発光体はあらゆる観測手段を用いても詳細を確認できない。

 二脚による高速走行、および強烈な蹴撃を行う。その破壊力は乾燥花弁粉末火薬15gの爆発力に相当する。概算戦闘レベルは14。

 脚部は非常に強靭ではあるが生物学的特徴が多く、2000℃以上の超高温による火傷や、鋭利かつ硬質な刃物による裂傷を受ける。しかし、再生治癒能力が非常に高く、脚部全体の79%までの消失であれば3秒以内に再生する。

 また足先が非常に器用であり、指による把握から精密工具を用いた繊細な機械工作までをこなす。剣や鎚といった武器を扱うこともできるが、本人はあくまで“拳”で戦うことを好む。

 調査開拓員レッジによる足ツボマッサージを受けることで、一時的に危険性が下がる。一方で、同開拓員による“ジャンプの足踏みマッサージ店”計画は凍結されている。

収容方法:

 防音処置を施したMサイズ標準強化装甲高耐久収容棟にて収容中。支給品として高耐久カーボン繊維製ボールを用意し、破損した場合には即時交換を行う。

 本人が希望した場合、周囲の安全性が確保されていることを確認した上で収容棟天井の解放が許可される。本人が跳躍した際、その高度を測定し、通知する。

 日に一度、オペレーション“アラガミ”への参加を認める。

管理者による所見:

 ボール遊びとジャンプが好きなマシラです。スポーツに類するプログラムを提供すれば、大人しくしているでしょう。とはいえ“地団駄”を踏まれると非常に危険です。

 なお、調査開拓員ラッシュによる徒競走への挑戦申請は却下されます。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る