第1147話「マシラ四天王」

 ビル群を薙ぎ倒し、マシラ達が現れる。彼らは静謐を保っていたシーラカンスたちへと飛びかかり、一撃で屠った。


『とりゃーーーーっ!』

『なるほど、ここの奴らは少し気骨がありそうですね。つまり、骨を折るまで殴れば良いと言うことです!』


 六枚の翼を広げたスピン、長い脚をしならせるジャンプ、剛腕で殴り込むワイズ。彼らに続いて、変異マシラたちが一気呵成に攻め立てる。


『うわー!? みんながいる!』


 その登場に驚いているのはミートも同じだった。彼女は嬉しそうに声を上げ、うずうずとしている。その意図を察した俺が頷くと、彼女は勢いよく窓から飛び出して行った。


『ワイズ!』

『ミートもこんなところにいましたか』


 ミートもワイズ達と合流し、シーラカンスとの乱戦にもつれ込む。最初の奇襲こそ決まったものの、それによって敵も動き出している。個々がボスエネミークラスの力を持つ巨大魚たちが殺意を露わにして迫り来る。


『ミート達でここのお魚食べ放題だって!』

『なるほど、それは嬉しい。では頂きましょう』


 ミートが蔓を伸ばし、シーラカンスを絡め取る。他の黒魚ならばそれだけで絞殺できていたが、流石に硬い鱗がそれを阻む。しかし、僅かでも動きが止まればその瞬間に他のマシラたちが止めを刺していた。

 他のマシラたちではなかなか見られない協力行動というものを、彼女達は行っている。お互いの獲物を取り合っているだけ、というのがウェイドの見方だが。それでも彼らは楽しそうだ。


『我ら27体揃ってマシラ四天王!』

『おにく! おにく!』

『みんな食べちゃうぞ!』


 27体の変異マシラ達。ミートを筆頭に特に仲の良い彼らは、俺の呼びかけに答えてくれた子たちだ。よく収容棟から飛び出す問題児でもあるらしいが、元気なのはいいことだろう。

 彼らは猛烈な勢いで圧力をかけていく。シーラカンスたちもそれに応戦し、そこに隙ができた。


「俺たちも出るぞ!」

「行きましょう!」


 マシラとシーラカンスが争っている足元を、俺たちも泳ぎ出す。頭上で激戦が繰り広げられるなか、第一戦闘班に守られながら中央制御塔へと向かう。


「敵が来ます!」

「防御は考えるな、回避するぞ!」


 だが、数としてはシーラカンスが圧倒的に多い。ミート達が派手に暴れていても、こちらの動きに気付く目敏いものがいた。

 俺たちの中でシーラカンスの突撃をまともに受けられるのはエイミーだけだ。だが、彼女でも複数体からの攻撃となると分が悪い。基本戦術としては襲撃を掻い潜り、なんとしても塔に辿り着くというシンプルなものを選ぶしかない。


「『陽だまりの猫の子守唄』――!」


 水を割いて迫る古代魚たち。その強靭な鰭が猛烈な推進力を生み、一瞬で肉薄してくる。あまりにも巨大な体格もあり、距離感もほとんど麻痺してしまっていた。

 怪物がこちらへ食らいつこうとしたその時、水中に澄んだ歌声が響く。喉を開いたアイの歌声だ。優しくゆったりとした旋律で奏でられる音色が魚達にも届く。歌を聴いた直後、シーラカンスたちの動きが急激に鈍くなった。


「副団長の広域デバフです。歌は三十秒程度しか続きません。進みましょう」


 副官のクリスティーナが先へ促す。アイの扱う〈歌唱〉スキルは広範囲にわたって影響を及ぼすが、発動中は行動に大きな制限を受ける。俺たちに聞き惚れている暇はなかった。


「とはいえ、三十秒もあれば辿り着けるか」

「急いでくださいよ!」


 アイの歌声はどこまでも響く。ミートとの激戦を繰り広げていたものでさえ、動きが鈍くなっているほどだ。この歌が続く間であれば、俺たちも安全に移動できるはずだ。

 そう思った矢先のことだった。


『LALALALA――LALALALA――――!』


 突如、アイの歌声を塗り替えるような強烈な音が響く。怒り、悲しみ、恐れ、焦り、そんなネガティブな感情を抱かせるような、心を揺るがす音だ。それでいて、不思議と不快感はない。


「まずい!」

「おじちゃん!」


 突然のことに驚いていると、アイの歌声から逃れたシーラカンスの突撃に反応が遅れた。迫る古代魚の前にシフォンが飛び出し、氷の短剣を構える。


「シフォン!」

「きゃあっ!」


 パリィは彼我の力量差が離れているほどに猶予時間が短くなる。シーラカンスの突進を防ごうとしたシフォンに許されたタイミングは、あまりにも短い。

 弾き飛ばされたシフォンを追いかけ、抱き止める。彼女はパリィで受け流し切れなかったダメージをその身に受けて、左腕を損傷していた。


「すぐに修理を――」

「そんな時間ないよ。わたしの事は置いて先に行って」


 インベントリを開く俺に、シフォンは首を横に振る。


「レッジさん!」

「早く!」


 クリスティーナとエイミーが呼ぶ。シフォンは健気に笑い、頷いた。


「後から追いかけてくるんだぞ」

「任せて。なんだかんだ生き残ってみせるから」


 シフォンから手を放し泳ぎ出す。


「こっちよ。急いで!」


 エイミーに促され塔を目指す。シーラカンスたちを目覚めさせた謎の歌声はもう聞こえない。しかし、アイもまた再び歌い出すには時間がかかる。


「副団長。ここは我々に任せてください」


 シーラカンスの群れが互いに鱗をこすりながら迫る。第一戦闘班の精鋭たちが決死の覚悟でそれを阻んでいた。


「クリスティーナ……」

「大丈夫です。すぐに追いつきますから」


 長槍を構え、クリスティーナが断言する。彼女の覇気は周囲にも広がり、騎士たちが抜剣する。


「なぁに、この程度すぐに片付けますよ」

「別に倒してしまっても構わないんでしょう?」

「真の実力を見せる時が来たみたいだな……」

「俺もこの戦いが終わったら予定があるんでね。手早く終わらせますよ」

「自分、リアルで豚の角煮煮込みながらやってるんで。長引いたらガチで火事の心配があるんすよ」


 ニヤニヤと笑いながら、口々にそれっぽいことを言い始める男たち。その言葉にアイも苦笑する。約一名、真剣にログアウトを指示されつつも断固拒否した団員もいたが。


「仕方ないですね。――皆の武運を祈ります」


 第一戦闘班にその場を託し、俺たちは更に先へと進む。

 向かう先にあるのは黒鉄の塔。


━━━━━

Tips

◇変異マシラ“スピン”

発生地:オノコロ島第四域〈鳴竜の断崖〉

収容由来:調査開拓員レッジによる和解

概要:

 六枚の翼を持つ小さな猫型。薄弱に発光しており、目や鼻といった感覚器は確認できない。非常に機敏な飛翔が可能で、記録上はマッハ1も確認される。概算戦闘レベルは13。

 一方で平時は一日の大半を睡眠に費やしている。必要性に駆られているわけではなく、おそらく性格的な欲求に起因する行動と見られる。

 口が存在しないため、通常の生物のような摂食行動は見られない。しかし、六枚の翼で獲物を“包む”ことによって、不明なメカニズムで摂食を行う。

 調査開拓員レッジによると、接触時の感触は“柔らかくてふにゃふにゃで暖かい”とのこと。なお、同調査開拓員による“猫じゃらし”計画は凍結されている。

収容方法:

 防音処置を施したSサイズ標準強化装甲高耐久収容棟にて収容中。本人からの強い希望により、クッションを支給している。収容棟内の温度は常に40℃以上に保ち、晴天時は上部を解放し太陽光を照射する。曇天、および雨天時、もしくは室温が35℃を下回った場合には、暴走に備える。日に一度、オペレーション“アラガミ”への参加を認める。

管理者による所見:

 基本的に温厚な性格のマシラです。ただし、快適な環境が維持できない場合には収容棟を完膚なきまでに破壊し、警備NPCをスクラップに変える凶暴性も併せ持っています。これを〈ウェイド〉の猫カフェに移したいとかいう馬鹿な話は今後一切聞き入れません。


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