第1146話「強力な助っ人」
現れた変異マシラたちは、一瞬で戦況を変える。先陣を切って本隊の前に飛び出してきたのは、大きな六枚の翼を持つ異形のマシラ。彼は白い羽を広げると猛烈な回転によって全方位へ広がる衝撃波を放つ。
空気よりも粘度の高い水中においてその旋回攻撃は非常に効果的だった。独楽のように踊る彼を中心に勢いよく渦が広がり、魚群を削り取っていく。
「うわぁっ!?」
「なんだあれは!」
「変異マシラだ。確かあれは……スピンだ!」
闖入者に驚くのは調査開拓員たちも同じだった。しかし、隔離施設に入り浸っていた物好きがその正体を看破すると、混乱は落ち着く。
個体名“スピン”。天使のような純白の翼を六枚広げ、中心にある小さな猫のような体を守っている。レッジによって安定化されたマシラの中ではミートに次ぐ古株で、暴走にも積極的に参加する問題児だ。
『たべほうだい! ばいきんぐ!』
スピンは翼の旋回で木っ端微塵に切り刻んだ黒魚をばくばくと食べる。小さな体のどこに収まるのかと不思議に思うほどの食べっぷりだが、マシラに常識も質量保存の法則も通用しない。
「どんどん来るぞ。増援なのか?」
六翼の尖兵に続き、他のマシラたちも飛び込んでくる。長く発達した脚による強烈なキックでサメを潰す“ジャンプ”、針のように鋭く硬質な体毛を飛ばしてソードフィッシュを貫く“ニードル”、剛腕で全てを薙ぎ払う“ワイズ”――。それぞれが一騎当千の強者たちで、それぞれが貪欲な大喰らい。
レッジ組とも呼ばれる、共通の来歴を持つ変異マシラたち。彼らは無数に現れる魚群を飲み干していく。
「お前ら、二の足踏んでるんじゃねぇぞ。マシラに続け!」
『よぐ分がねが敵でねらすい。安心すて攻めろ!』
調査開拓員と人魚も、マシラ達に負けてはいられない。魚群の質量に押しつぶされそうになっていた彼らは勢いを取り戻し、マシラたちと肩を並べて戦線を押し上げていく。
「うわぁ、なんだか凄いことになってますね」
前線で光と共に戦っていたレティも、マシラ達の襲来に気がつく。彼らの登場によって、ギリギリだった戦況が一気に覆った。レティも周囲を見渡す余裕ができて、マシラ達を追いかける存在を見つけることができた。
「あれは、イザナギさんでしたか?」
「そうですね。どうしてこんなところに」
光が記憶を手繰って名前を挙げる。
ワイズ達の後を追いかけてやって来たのは、黒髪を靡かせて翼を広げる龍の少女イザナギだ。当然のように貯蓄袋の水にも適応し、果敢に飛び込んでくる黒魚を一蹴している。
レティが彼女に気づいたように、向こうもレティ達を見つけた。レティが手を振ると、翼と尻尾を動かして近づいてきた。
「突然ですけど、何があったんですか?」
『汚染術式の中核実体がある。だから来た』
「なるほど、さっぱりです」
イザナギの説明はレティにはぴんと来ない。しかしそれ以上の説明はなされず、イザナギは黒魚の群れへと突っ込んで行く。
「……とりあえず、レッジさんに連絡しておきましょう」
なぜイザナギがやって来たのか。なぜマシラたちが施設の外にいるのか。汚染術式の中核実体とは何か。あらゆる疑問が山積みだったが、レティは早々に理解することを諦めた。そういう難しいことは攻略組か考察組が考えるだろう。
彼女は協調性というものが全くないマシラたちを追いかけることを第一に動き出す。その片手間に、先行しているレッジたちへ一報入れる。それだけで十分だろうと考えて。
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「うん?」
「どうかしたの?」
本隊から離れての行動中、レティからメッセージが飛んでくる。その内容を見た俺は思わず声を上げ、隣に立っていたエイミーに首を傾げられる。
「なんか、イザナギがワイズたちを連れて来たらしい」
「ええ?」
簡単に内容を伝えると、エイミーも眉を寄せる。イザナギはマシラを施設に押し込めておくのが仕事だというのに、いったいどういう事情があるのだろう。そもそもウェイドがそんな事態を許可するとは。何か、このイベントが大きく動いた気配がする。
「あの、お二人さん。今はちょっとそれどころじゃないんだけど」
しかし深く考える前に、シフォンが苦情を入れてくる。
「それもそうだな」
「この壁を越えるのが優先よね」
エイミーと共に顔を上げる。ミートとアイ達騎士団第一戦闘班の突撃部隊の活躍によって、俺たちは町の中心地へと食い込むことができていた。しかし、目的の中央制御塔を目前としながら建物の一室から動けないでいる。
朽ちたビルのような建物の一室で、壁や天井にはイソギンチャクや貝がびっしりと張り付いた部屋だ。そこに第一戦闘班の生き残りたちも合わせたそこそこの大所帯で身を休めている。
「アイ、どうだ?」
「ダメですね。サイレンも聞こえませんし、ここで大声を出すわけにもいきませんから」
偵察に出ていたアイがクリスティーナと共に戻ってくる。浮かない表情の二人を労い、軽食を渡しつつ窓の外をそっと覗く。
〈アトランティス〉の中央に聳える制御塔。俺たちのよく知るそれとは異なり、黒々とした塔は、荒廃した都市の中で唯一傷一つない姿で佇み、異様な雰囲気を纏っている。
そして、制御塔の周囲には無数の黒魚がグルグルと回遊している。その一匹一匹がこれまでとは桁違いの力を有していることが、鑑定によって判明していた。
「回遊魚たちは全て、最低でもボスクラスの力を持っています。この人数と装備だけで挑むのは、蛮勇と言うのもおこがましいでしょうね」
「最低でも、か。なかなか厳しいじゃないか」
窓の側を回遊魚が通り過ぎる。ちょっとした自動車くらいの大きさをした、ずんぐりとしたシルエットの魚体だ。あえて現実に近いものを言うなら、シーラカンスだろうか。
そんな古代魚じみた黒色の原生生物が群れをなして、静かに塔の周りをぐるぐると泳ぎ続けているのだ。
これが〈アトランティス〉の最後の番人で間違い無いだろう
「どうしますか?」
アイがこちらに針路を委ねてくる。総合的な指揮能力では彼女の方がリーダーに適しているだろうと訴えたが、それはあっさり棄却されてしまった。
「シフォンに運命を委ねてもいいかと思ったんだが……」
「はえっ!?」
俺の言葉に隣で悲鳴が上がる。苦笑しつつ、首を横に振る。
「丁度いいところに強力な助っ人が来てくれたんだ」
俺が視線を移す。その先にいるのは水中でふわふわと浮かんでいるミートだ。
彼女がこちらに気付いて首を傾げる。
「ボスクラスのエネミーには、ボスクラスの味方を当てればいい」
後方で轟音が上がる。誰よりも早くそれを察知したアイが、驚いた顔で振り返る。
次々とビルが崩れ、もうもうと土埃が舞い上がる。
「ミート、協力プレイをするんだぞ」
街並みを薙ぎ倒しながら直線距離でやって来たのは、イザナギ率いるマシラたち。その存在に気がついたミートがテンションを昂らせる。
「シーラカンスはミート達に任せる。俺たちはその隙になんとしてでも制御塔の中に入る」
「全く、シンプルな作戦ね」
エイミーが呆れたように笑い、シフォンが涙目になる。
「ですが、私たちの好みです」
そう言ってアイがレイピアを引き抜く。彼女達の背後で、凶悪な笑みを浮かべた第一戦闘班の面々が立ち上がった。
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Tips
◇黒呪の番兵
朽ちたる水底の廃都にて、邪なる黒呪を守る沈黙の使徒。終わりなき巡礼を続ける悠久の信徒。秘めたる意志は鈍り、摩耗し、死の解放もなく生きる喜びも消えた儚き兵たち。暗中を彷徨し、救いを求める飢えた獣。
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