第1144話「激突する大群」

 VRFPSプレイヤーたちの手慣れた侵入に続いて、攻略本隊は〈アトランティス〉の市街地へと雪崩れ込む。襲いかかる黒魚の群れは矢玉の嵐によって退けられていたが、進むほどに圧力は高まり、やがて近接戦闘へと発展した。


『外の奴らだげに任せるな! わんども攻め込むだ!』

『ぅおおおおおおおっ!』


 そこで獅子奮迅の活躍を見せるのが、シェム率いる人魚族の戦士たちだ。彼らは三又の鉾を使い、次々と黒魚を突き刺していく。水中戦闘に慣れ親しんだ彼らにとって、ただ黒くて大きなだけの魚はなんら臆する理由がない相手だった。


「人魚族は死に戻りできねぇからな。俺たちも負けてらんねぇぞ!」


 人魚の勇猛果敢な声に煽られて、調査開拓員たちも勢い付く。彼らの大きな違いは、致命的な攻撃を受けられるか否か。生身の生物である人魚族は当然殺されれば死ぬ。しかし、調査開拓員はたとえ頭を砕かれても復活できる。


「しかも今なら死に放題だ! どんどん突撃ィ!」

「ヒャッハー!」


 更に、この日のために調査開拓員は綿密に計画を立てて準備を進めてきた。

 この戦いで機能停止に陥ったとしても、即座に本隊後方に控えている運び屋たちが機体を回収し、蘇生措置を受けることができる。都市防衛の緊急事態宣言下でなければできないようなゾンビ戦法が遠慮なく使えるのだ。


「『自爆』ッ!」

「ヒャッホーイ!」


 目の据わった男たちが次々と魚群に飛び込み、盛大な花火をあげる。それで十匹の黒魚を巻き込めれば御の字で、大抵は数匹に火傷を与えた程度で終わる。それでも、彼らは喜び勇んで自爆特攻を敢行するのだ。


『戦士の戦い方でね……』

『あいづら死ぬのがおっかねぐねのが』

『やっぱり気味がわりとごろがあるのう』

『普通さ戦った方がいんでねのが?』


 次々と捨て身の攻撃を繰り出す調査開拓員たちを見て、人魚戦士が唖然とする。彼らも〈パルシェル〉でそれなりに相互理解を進めてきたが、己の命を顧みない戦い方はやはり異質だった。


「言っとくが、アイツらはただの狂人バカだからな」

『んだんずな?』


 人魚戦士の隣で戦う両手剣使いの調査開拓員が呆れた顔で釘を刺す。自爆特攻野郎共が目立ってしまっているせいで、人魚族に取り返しのつかない誤解を与えそうだった。


「アイツらは自爆特化構成でどれだけ強く自爆できるかだけ考えてる集団だからな。大半はちゃんと戦う」


 彼の言う通り、自爆を繰り返しているのは一部の変態だけである。〈特攻野郎Bチーム〉というバンド名の通り、彼らのスキルビルドは。自爆によって耐久値が大きく削れるため防具の類は身に付けず、また自爆以外の攻撃手段は無駄と断じて武器を捨てた漢たちだ。


「行くぜお前ら! 一世一代の花火を上げろ!」

「ウオオオオッ!」


 彼らに許された装備品は、機体そのものに内蔵する増設パーツのみ。タイプ-ゴーレムの漢は全身に爆弾を取り付けて魚群に飛び込む。それに続く仲間たちも同じように樽のような腹で泳いでいた。


『ば、バカなのか?』

「バカなんだよ」


 唖然とする人魚たちの目の前で、盛大な火焔が広がる。水中にも関わらず盛大に衝撃波を広げた漢たちの爆発は、より多くの群れを呼び寄せる結果となった。


「防御固めろ! 俺たちだけじゃ処理しきれない!」

「団長に連絡してくれ!」


 立て続けに起こった爆発音を聞きつけて、町中から黒魚が集まってくる。


「見慣れねぇ奴がいるぞ! 気をつけぐべらっ!?」

「新種だ! とりあえず写真撮って鑑定に回せ!」


 やがて群れの中にシルエットを異にする魚が混ざるようになった。それは先端が細長く鋭利に尖った槍のような大魚で、猛烈な速度で突撃すると生半可な防御は易々と貫く。新手の登場を受けた本隊は人魚戦士たちを後ろに下げて重装盾兵を前に出す。彼らが耐えている間に、後方の解析班が攻略法を立案するのだ。


「仮名“ソードフィッシュ”。雷撃網で纏めて落とせ!」

「――『広がる豪雷の腕』ッ!」


 即座に提出された第一案が実行に移され、攻性機術師が雷属性の範囲機術を展開する。それは一定の成果を挙げ、“ソードフィッシュ”を退ける。


「油断するなよ! 今度は亀だ!」

「雷撃が効かねぇ。耐術が高そうだ」

「ハンマーもってこい!」


 だが、敵は次々と新たな姿を見せてくる。現れたのは硬い甲羅を背負った海亀型の黒魚だった。もはや魚類ですらないが、攻撃的な性格は変わらない。自身の硬さを活かした突進は、重装盾兵すら突き飛ばすほどの衝撃だ。


「ぎゃああっ!?」

「『巨人の大盾』ッ!」


 戦列を薙ぎ倒して進む“タートル”に前線のプレイヤーたちが悲鳴を挙げて逃げ惑う。轢殺される寸前、飛び込んできた金の盾が亀を阻んだ。


「今のうちに退避を!」

「あ、ありがとう。助かった!」


 物理防御力特化の特大盾。金色に輝くその盾は、精神的にも挫けかけていた前線を強く支える。水中に広がる大盾は、黒魚の猛烈な攻撃を阻む。だが、彼女一人で維持できる時間は僅かだ。『巨人の大盾』の効果時間が切れた瞬間、均衡が破られる。


「せいやああああっ!」


 光が大盾ごと押し倒される直前、上から飛び込んできた赤い影が“タートル”の硬い甲羅を粉砕する。


「レティちゃん!」

「ここは任せてください!」


 光に一瞬だけ目線を送り、レティは動き出す。黄金盾を軽やかに蹴って前に飛び出し、そのまま大鎚を振り回して魚群を掻き乱す。


「サメだ! サメが来たぞ!」


 レティの登場に応じるかのように、建物の壁を突き壊してサメが現れる。鋭利な牙まで黒く染まり、赤い双眸だけが輝いている。


「――『花椿』ッ!」


 だが、サメは動き出す前に首を落とされる。


「トーカ! それは俺の!」

「仕留めた者勝ちです。いくらでも出てくるんですからいいでしょう」


 満を辞して登場したサメを一瞬で倒したにも関わらず、言い争いをしているのはトーカとカエデの二人である。彼らは戦いが始まってからずっと、本隊から離れたところでお互いに戦果を競い合っていた。


「締まらないですねぇ……」

「全くですの」


 そんな二人を、レティと光の二人は呆れた顔で見る。


「とはいえ、なかなか厳しくなってきましたよ」

「圧力が凄まじいですの。これは私でも耐え切れないかも知れませんの。一緒に頑張りましょうね、レティちゃん」


 やりにくそうな顔をするレティに、光はニコニコと笑みを湛えたまま返す。レティはため息をついて諦めると、目の前の敵に意識を戻す。


「ひとまず協力しましょう、光さん。――レッジさんの下まで追いつきますよ!」

「任せてください!」


 そうして二人が動き出す。

 最強の鎚と、最強の盾。二人の息はぴったりと重なり、互いの力を最大限に発揮する。その勢いは本隊の軍勢を勇気付け、彼女たちは一丸となって進む。

 その時だった。


『うおおおおおおおおおっ!』

『肉だ肉だ!』

『ばいきんぐ、だー!』


 軍勢の背後から、腹を空かせた獣たちが現れた。


━━━━━

Tips

◇『巨人の大盾』

 〈盾〉スキルレベル70のテクニック。特大盾専用。盾の重量に比例して、自身の防御力を高め、体幹を強化する。

“その大盾は破城の鎚にも揺るがない。大いなる巨人の如き、不動ゆえ”


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