第1143話「緑色の軍勢」
「こちらです!」
「副団長に続け!」
アイ率いる〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班の精鋭たちが、海底都市へと突入する。先陣を切るクリスティーナの歩みに迷いはない。彼女の針路を定めるアイに全幅の信頼を置いているからだ。
「ミート、離れるなよ」
『あいっ!』
思わぬ増援を受け、俺たちも勢いをつける。黒魚の捕食に夢中になっているミートを呼び寄せ、騎士団の後を追いかけていく。機動力を重視した構成の第一戦闘班の歩みは速い。しかし、代償として重装盾兵のような防御特化の班員は省いているため、エイミーが代わりに攻撃を凌いでいた。
「よし、シフォン。ちょっと偵察に行ってきてくれ」
「はえっ?」
「20メートル先の十字路だ。サーチアンドデストロイでいいからな」
「はええええっ!?」
〈アトランティス〉の複雑な構造物群の中を駆け抜け、時にはシフォンによって活路を開いてもらう。彼女は単体でもかなり戦えるため、騎士団が突入する前の偵察と露払いに最も適していた。
「シフォンさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ! 死ぬよ!」
「なるほど。あの群れの中に突っ込んで無傷とは……さすがです」
「大丈夫じゃないって言ってるんだけど!?」
シフォンの実力はアイやクリスティーナが感嘆するレベルだ。本人は悲鳴を上げて涙目だが、きっちり仕事はこなすのだから、当然と言えば当然である。
「それで、どうだった?」
「出てくるのはどれもおんなじ黒い魚だね。指揮官っぽいやつもいないよ」
ひとしきり喚いた後、シフォンは冷静に分析をする。敵の群れは全て黒魚で構成されており、都市の外へ飛び出してきた魚群の中にいた大柄な個体は見つかっていない。あれが群れの指揮官、中核的存在だろうと推察されているのだが、町中ではまだそれを確認できていない。
黒魚の群れ自体は続々と集まって規模を増大させている。アイの案内を受けて建物の中を進まなければ、四方八方から圧殺されてしまっていただろう。
「とはいえ、町の中心に行けば行くほど抵抗も強くなります。今はまだギリギリ凌げていますが……」
盾を構えた騎士たちが、俺たちをぐるりと囲んで守ってくれている。重装盾兵ほどの分厚く頑丈な盾ではないが、隙間から突き出した槍や剣が黒魚の接近を抑えている。だが、彼らの防御陣形が破られるのも時間の問題だろう。
「とにかく、安全地帯がないのが厳しいですね。都市機能が活きているなら、どこかの部屋に逃げ込めたりするのかもしれませんが」
「見たところ完全に廃墟だからな」
接近し、内側に入ることができたことで分かった。〈アトランティス〉は死に体だ。
ドームと防衛機構によって守られてこそいるが、内側にある建造物はもぬけの殻だ。老朽化著しく、黒魚たちの突撃によって倒壊しているところもある。
ここには人魚たちが眠っているという話だったが、彼らが目覚める可能性がどれほどあるのかは首を捻らざるを得ない。
「レッジさん、テントを建てることはできませんか?」
「建てられるには建てられるが……こんなに大人数を収容できるほどのものじゃないぞ」
俺とエイミー、シフォン、ミート。驟雨に入れるのはこの四人でかなりギリギリだ。そこにアイたち第一戦闘班の十数名が加わるとなると、寿司詰めどころの話ではない。建材を追加すればそれなりの大きさに拡張できるが、あいにくそれを持ってくる重量的余裕はなかった。
そんな事情を説明すると、アイも難しい顔で呻く。テントがあれば安全地帯は確保できるが、ここにいる全員が休めないのであればあまり意味はない。
「副団長。やはり、多少無理してでも進む方が良いのでは?」
クリスティーネが進言する。
「そうですね……。中央の建物はまだ頑丈なようですし、そこで安全地帯を探すのがいいかもしれません」
「流石の耳だな」
「ふふっ。ありがとうございます」
アイは町中に鳴り響くサイレンを聴いて、都市構造を把握することができる。流石に都市まるまる全域をカバーするほどではないが、それでも半径100メートル範囲であればかなり正確に聞き取っている。
そのエコーロケーションは都市構造の把握だけではなく、建造物の老朽化具合を推察するのにも役立っているらしい。おかげで彼女は、町の中心に近づくほど建物も頑丈性を保っていることを知っていた。
「トッププレイヤーっていうのは、びっくりするようなテクニックを持ってるのね」
驚きの能力を目の当たりにしたエイミーが感心したように言う。確かに、エコーロケーションまでならともかく、無数に反響するサイレンの音を聞き取って広域の構造を把握するのは、軽く人間離れした技だ。
「秒間30連打を10秒以上続けたエイミーさんも大概だと思いますよ」
だが、そんなエイミーにもツッコミが入る。言い放ったのはクリスティーナだ。
確かに彼女の言う通り、一人で〈アトランティス〉の防御を破ったエイミーも人のことを言える立場ではない。
「一応言っとくけど、一番ぶっ飛んでるのはおじちゃんだからね?」
「ええっ?」
今回俺は何もしていないのだが、なぜかシフォンに釘を刺される。戸惑う俺を横に置いて、アイたちは町の中心部へ突入するための作戦を練り始めた。
━━━━━
「前進!」
「うおおおおおっ!」
レッジたちが〈アトランティス〉の防御を破り、〈大鷲の騎士団〉からも第一戦闘班の突撃部隊が一足先に突入した。
「行け! レッジさんを追いかけろ! 追いつけ! 合流しろ!」
「こらこら、落ち着け。アンタは全隊の指揮を取らにゃならんだろ」
「そうだよ、アストラ。総指揮官様は後ろでどっしり構えてないと」
「ぐぬぬ……っ!」
残された騎士団を中心とするアトランティス攻略本隊は、黒魚の大群に抗いながらドームに開いた穴を目指していた。指揮を取るのは〈大鷲の騎士団〉団長のアストラだ。
彼は海底都市の中へ消えたレッジたちを追いかけて、進軍速度を上げていた。
「くっ、どうしてこんなに進軍速度が遅いんだ!」
「そりゃあ人数が多いからよ」
焦りを隠しもしないアストラを諌めるのは、旧友でもある銀翼の団の面々だ。
本隊は調査開拓員と人魚合わせて600人を超える大所帯。それ故に進軍速度は遅くなってしまう。無理に急いでも隊形が崩れ、そこを黒魚に食い破られて瓦解してしまう恐れがある。
そのため、重装盾兵を中心とした堅実な進行が求められていた。
「ほら、到着したよ」
機械鮫の群れを操っていたニルマが、落ち着かない様子のアストラに声を掛ける。
本隊はレッジたちに10分ほど遅れて〈アトランティス〉のドームへと辿り着いた。
「ここからは市街地戦だ。人魚部隊と軽装銃士の突撃フォーメーションを展開しろ」
「了解」
アストラが真剣な眼差しで指示を下す。重装盾兵に守られつつ前に出てきたのは、三又の鉾を掲げた人魚たちと、軽機関銃やアサルトライフルで武装した銃士たちの混成部隊である。
「水中戦闘に慣れてる人魚はともかく、こんな前線に銃士を出してもいいの?」
隊形を変えて町中に侵入していくプレイヤーたちを見ながらフィーネが首を傾げる。そんな彼女に不敵な笑みを向けたのはアッシュだった。
「分かってないな。軽装銃士こそ市街地戦で本領発揮する奴らだぜ」
ニルマが放った機獣たちが、前線の映像を届ける。映し出されたのは、次々と水中都市の中へと流れ込み、慣れた様子で建物内部をクリアリングしていく銃士たち。迷彩色の戦闘服に身を包み、水中眼鏡を兼用する
「GOGOGO!」
「クリア!」
「クリア!」
「エネミー!」
「ファイア!」
無数に並ぶドアを蹴破り、水中手榴弾を投げ込み、安全を確保。魚群が現れれば即座に応戦し、更に控えていた軽機関銃が炸裂する。卓越した連携をとりつつ、風のように浸透していく。
「こういうステージはFPSプレイヤーの独壇場だ」
アッシュの言葉を体現するように、濃緑色の軍隊は走り出す。
━━━━━
Tips
◇24式軽機関銃“ブルーハウンド”
個人携行を想定して設計された軽量小型の機関銃。装弾数20発、分間400発。機術封入弾は装填できないが、速射性に優れ、物理弾を高威力で射出することによる高い制圧力が魅力である。
“ブルーハウンド”は24式軽機関銃の改良型であり、水中戦闘を念頭に防水処理などが施されている。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます