第1139話「食い破る大軍勢」

 〈アトランティス〉から飛び出してきた大量の黒い群れを、ミートは大きく開いた花の口で迎え受ける。彼女は黒く蠢く影を丸呑みにして笑声をあげていた。


「ミート!? そんなばっちいもの食べちゃいけませんよ!」


 驚いてレティが叫ぶ。

 蠢く黒影は見るからに不純そうだ。しかし、ミートは大丈夫とばかりに笑って口を大きく開く。


「大規模輪唱機術、出ます!」


 その時、後方で長い詠唱を続けていた機術師たちがアーツを完成させる。黒い魚群の横腹を削るように、巨大な渦潮が発生した。


「接触前にできるだけ削り取れ! 一斉射撃!」


 アストラの指揮を受け、機術師、弓師、銃士といった遠距離攻撃職が動き出す。彼らの放つ矢玉は次々と魚群を貫き、削ぎ落としていく。

 しかし、多少の勢いを削いだところで魚群は止まらない。それは怯む様子もなく一直線に俺たちへと迫ってきた。


「防御態勢!」


 騎士団の重装盾兵たちが、互いの盾を合体させて巨大な戦列を形成する。そこに防御機術師による障壁が展開された。彼らの準備が整った直後、猛烈な勢いで飛び込んできた魚群が激突した。


「うおおおわあああ!?」

「耐えろ! まだ死ぬ時じゃない!」

「『ウォールオブキャッスル』ッ!」


 魚群と大盾の熾烈なせめぎ合いが続く。そして、盾が持ち堪えている隙に、その後列から次々と攻撃が放たれる。間合いに入ったことで、刃を研いでいた近接攻撃職も動き出す。大盾の列から長い槍が飛び出し、異形の黒い魚を貫いた。その様子はまるで、古代のファランクスのようだ。


『わんども負げでらぃねぞ! 突撃!』


 矢面に立つのは調査開拓員だけではない。三又の鉾を掲げた人魚たちが飛び出し、黒い魚を攻める。戦士長のシェム率いる屈強な人魚の猛者たちは、水中戦闘において調査開拓員たちよりも遥かに練度が高い。彼らは魚の下半身を存分にいかし、目の回るような機動力で敵を翻弄しながら次々と仕留めていく。


「レッジさん、あの黒い魚って」

「十中八九まともな原生生物じゃないだろうな」


 本格的な戦闘が始まる中、レティもすぐにそれに気が付いた。

 HPを削り切られてた黒い魚はまるで水の中に溶けるかのように霧散してしまう。綿飴みたいにすっと消えてしまうため、解体できそうにもない。あんな原生生物はそういない。おそらくはもっと別の存在だろう。


「とにかく、殴って倒せるなら構いませんけどね。Letty、行きますよ!」

「はい!」


 ともあれ、レティにとって重要なのはそいつに物理攻撃が効くかどうかだ。銃弾や矢が突き刺されば絶命しているように、奴らはちゃんと実体を持っている。ならば問題ないとレティは早速Lettyを連れて前に踊り出た。


「ふははははっ! レティが全てまるっとぶっ潰してあげますよ!」

「流石レティさん! 私もお供します!」


 レティとLettyによる暴力は圧倒的だ。移動に制限のある水中にもかかわらず、“舞い踊る青領巾”の助けもあって華麗に戦っている。


「けどレッジ、これじゃあなかなか前に進めないよ」


 次々と思念詠唱でアーツを放ちながらラクトが言う。俺たちも黒い魚群に対抗できてはいるが、あくまで拮抗している状態だ。向こうの密度が高すぎて、なかなか〈アトランティス〉に近づけない。


「とはいえ、別働隊を出す余裕もないしな」


 全力で戦って、なんとかこの位置に留まっているのだ。ここから二手に分かれたりすれば、それこそパワーが足りなくなる。


「如月ちゃん!」

「『炎蛇蹂躙旋風術』ッ!」


 黒い魚群と調査開拓団の勢力が拮抗していたその時。突如、水中に炎の蛇が現れ、黒魚たちを食い荒らす。


「ぬわーっ!」

「おつかれ如月ちゃん。いい感じだったよ!」


 その炎蛇はすぐに周囲の魚たちによって食い破られてしまった。しかし、それによって一瞬だけ僅かに均衡が崩れた。


「やっぱり群れの中に大きいのがいるね。――『照準固定』『目標捕捉』『精密観測』『精密射撃』――『一撃必殺』」


 陣形の最後方、もっとも安全な場所に陣取っていた彼女が引き金を引く。長大なバレルが勢いよく火を吹き、重たい鉄の弾丸を撃ち出す。


「――『その未来に光を』」


 占星術師が踊る。彼女の祝福を受けた弾丸は、黒魚の妨害を紙一重で避けていく。

 その一撃は、魚群の中央に守られていたひときわ大きな魚の眉間を貫いた。


「突撃ーーーーーッ!」


 魚群が揺らぐ。

 その瞬間を逃さず、アストラが攻勢を掛ける。


「『我が戦旗の下にフラッグ・オブ蜂起せよ猛者たち・マリアンヌ』」


 高らかな声が響き渡り、強烈なバフが周辺一帯の全員に付与される。水中に広くたなびく戦旗は勇ましい力を示威し、戦士たちを鼓舞する。次々と喉を震わせる咆哮が上がり、獅子のような苛烈さで軍勢が動き出す。


「ミート、動きに合わせろ!」

『わかった!』


 好き放題に魚群を蹂躙していたミートを呼び寄せる。彼女はさらに力を漲らせ、勢いよく泳ぎ出す。周囲に伸ばした太い蔓で次々と魚群を絡め取り、花弁の中央にある口へと投げ込んでいく。

 猛烈な勢いで飲み込むミートに、統率を失った魚群は無力だった。調査開拓員と人魚の結託した攻勢によってたちまち瓦解し、次々と離散していく。


「全て仕留める必要はない! 目指すは〈アトランティス〉だ!」


 アストラの声で突き進む。

 海底に聳える〈アトランティス〉は、こちらに無数の砲塔を向けていた。


━━━━━

Tips

◇『我が戦旗の下にフラッグ・オブ蜂起せよ猛者たち・マリアンヌ

 〈応援〉スキルレベル80のテクニック。戦旗を高く掲げ、周囲の戦士たちを強く鼓舞する。それを見た者は全身に力を漲らせ、瞳に熱き闘志を燃やす。

 戦旗が掲げられている間、戦旗を持つ者を中心とした半径100m範囲内の全ての調査開拓員および味方勢力に対して“蜂起する勇士”を付与する。

“蜂起する勇士”

 戦旗が掲げられている間、攻撃力、防御力、移動速度が30%上昇する。テクニックによるLP消費が5%減少し、クールタイムが7%減少する。同様のバフを持つ調査開拓員が周囲に20人以上存在する場合、更に攻撃力が10%上昇し、ダメージカット能力15%が付与される。戦旗を持つ者の周囲にいる対象は更にLP回復速度が5%上昇する。戦旗を持つ者のLPが80%を下回った場合、全ての効果量が5%減少、以降20%ごとに5%減少していく。戦旗を持つ者が行動不能になった場合、“蜂起する勇士”の全ての効果が消失し、同時にこのバフを受けていた全ての対象のLPが半減する。


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