第1140話「うさぎとかめ」
「『飛礫退く拒絶の巨壁』ッ!」
「『極光阻む鏡面の薄布』ッ!」
防御機術師たちによる、GB級大規模機術が展開される。オーロラのように広がる七色の帯が俺たちを包み込んだ直後、〈アトランティス〉から放たれた砲撃が到着した。
「『不屈の守護者』!」
「『ウォールオブキャッスル』ッ!」
矢面に立つ重装盾兵たちが大盾を掲げて必死に耐える。
しかし〈アトランティス〉の展開する弾幕は異常なほどの密度で、嵐のようにこちらの防御を削ぎ落としていく。支援機術師が強力なLP回復機術を投げるが、それでも追いつかない。一人、また一人と盾が倒れていく。
「モミジさん!」
「任せてください。――『柱投げ』ッ!」
その時、突如後方から光が放たれる。
「ぎゃあっ!? おか、光さん!?」
それを見たレティが悲鳴の混じった声を上げる。彼女たちの頭上を軽やかに飛び越えて、彼女は巨大な黄金の盾を展開させながら重装盾兵たちの前に躍り出た。
「ここから先は誰一人、立ち入ることを許しませんの! 『遥か聳える長城の高壁』!」
“
「〈紅楓楼〉も強くなったなぁ」
「そ、そうですね……」
投擲師のモミジが、大盾を抱えてほとんど動くことのできない光を前線に投げる。なあなかアグレッシブな動きだが、機動力は十分に確保できる戦法だ。
「さあ、ここからがパーティタイムだよ!」
光が一人で猛攻を凌いでいる間に、他のメンバーたちも動き出す。水中に大釜が現れ、グツグツと煮えたぎる。中から飛び出してきたのは、灼熱のホワイトシチューだ。
「召し上がれ!」
ホワイトシチューが水中に広がり、黒魚の群れを焼き溶かしていく。ファンタジックな見た目に似合わない凶悪な効果に、調査開拓員たちも少なからず戦慄していた。
「そろそろ死にますの!」
黒魚はある程度退けることができたが、砲撃はまだ続いている。光も万全の体勢で受け切れるのは10秒程度のことで、次々とバフが切れていけばやがて防御力を貫通してLPにダメージが入る。
「重装盾兵、前に」
だが、それだけの時間があれば、屈強な盾は立て直す。光の『遥か聳える長城の高壁』が効果を終えた瞬間に、黒鉄の盾を掲げた戦列が前に出た。
「10秒とはいえ、騎士団の第一戦闘班の防御力を一人で……」
「色々犠牲にした上であれだけの硬さを得てますからね。ちなみに、仮に機術攻撃だった場合は普通に負けますから」
「やっぱり物理防御力特化なんだな」
レティは光とも仲が良いようで、疲労困憊の様子で下がってきた彼女をねぎらいながら語る。物理攻撃力特化のレティとは、相性が良いのか悪いのか。
「そういえば、カエデはどこにいるんだ?」
〈紅楓楼〉のメンバーが揃い踏みだというのに、肝心のリーダーが見当たらない。このイベントに参加していないということもないだろうと周囲を見渡すと、集団から離れたところを泳いでいた。
「トーカと戦果争いしてるわよ。まったく、チームプレイを知らない人たちだわ」
呆れたように言うのはエイミー。遠くに見えるカエデのすぐ隣には、ウチのトーカさんもいる。二人は猛烈な勢いで刀を振り回し、次々と黒魚を微塵切りにしていた。完全に二人だけの世界に入っているようで声をかけても反応がない。
「うちの重装盾兵と〈紅楓楼〉の光さんでスイッチしながら少しずつ前進します。スイッチ間隔は30秒と10秒。〈アトランティス〉に接近すれば更なる攻撃も予想されますから、補助盾も気を抜かず」
アストラが全隊に向けて方針を告げる。30秒を重装盾兵で稼ぎ、光にバトンタッチ。彼女が10秒耐えている間に重装盾兵の回復と補強を行う。これを繰り返すことで漸進していく。
「エイミーも補助盾なんだよな?」
「一応ね。流れ弾が飛んできたら出ていくだけだけど」
エイミーや騎士団以外のタンク職も補助盾としての役割が与えられている。彼女たちは重装盾兵の守備を越えて飛んできた砲撃を防ぐのだ。
補助盾と言いつつ、俺たちは未だに水中での三次元的な戦いにおける集団戦闘に慣れていない。重装盾兵の戦列で防御できるのは二次元的な部分のみなので、案外彼女たちの出番は多い。
「アストラ、〈アトランティス〉まではあとどれくらい掛かりそうだ?」
『距離的な話なら、あと200回くらいスイッチしながら進めばなんとか』
「めちゃくちゃ時間かかるな……」
盾を密にしながら進むやり方は堅実だが、歩みは亀より遅い。100人を超える大所帯はそもそもの移動が大変なのだから仕方ないのかもしれないが。
「レティ、前にやったやつやるか」
「前にやったやつって……まさかっ!?」
ここで時間をかけていたら、いつまで経ってもポセイドンに会えない。俺がレティの肩を叩くと、彼女はぎょっとして目を開く。
「無理ですよ。水中でやったことないですし」
「Lettyもいるし、なんとかなるだろ」
「そう言う問題じゃないです! ていうか、迎撃されて終わりですよ!」
「そこはほら、エイミー先生になんとかしてもらうとして」
勝手にエイミーを巻き込むも、彼女は呆れつつも反論しない。俺も一応は勝算があると考えて切り出しているのだ。
「でも、それじゃあレティが……」
「後から来てくれるだろ?」
「それは必ず! ですが……」
レティはなかなか決断が付かない。
俺は彼女の手を握り、赤い瞳に目を向ける。
「ほわっ!? れ、レッジさん!?」
「信じてくれ。俺はレティを信じてるから。俺たちならきっとできる」
「うぅ……」
驚いたり笑ったり慄いたり、表情を七変化させたあとでレティは神妙な顔になる。
そして、俺の手を握り返して頷いた。
「――分かりました。やりましょう」
「ありがとう」
そうして俺たちは動き出す。
俺とエイミー、ミート、シフォンがそれぞれに腕を組む。
「や、やっぱりわたしも……」
「ラクトのアーツは攻守共に優秀だ。エイミーがいない分の穴を埋めてくれ」
「……わかったよ。死んだら許さないからね」
着いてきたがったラクトも申し訳ないが、置いていく。彼女には防御力に不安のあるレティたちを任せたかった。
「あのー、わ、わたしは……」
「シフォンがいてくれないと成り立たないんだ。付き合ってもらうぞ」
「はえん」
シフォンにはエイミーと共に砲撃を防いでもらう役割と、着弾地点での活躍を期待している。なんだかんだ言って、単体での総合的な戦闘能力は〈白鹿庵〉でも随一なのだ。
「ミートも期待してるからな」
『任せて! いっぱい食べる!』
「あんまり食べなくてもいいんだけども」
ミートはまだまだ食べ足りないといった様子で気合いを入れている。レティが不在になれば、彼女ほど心強い存在もない。
「それじゃあ、『野営地設置』」
水中でテントを構築する。使うのは“驟雨”だが、エイミーたちがアーツを使えるように全方位に穴が開いている。欲しいのは頑丈なフレームなので、これで問題はない。
「うぅ。檻に入れられた動物みたいな気分だよ」
「まあまあ。――それじゃあ、行きますよ」
俺たちの準備ができたところで、レティとLettyがハンマーを掲げる。彼女たちが力を溜め、体内でエネルギーを巡らせる。
モミジが光を投げ飛ばしたように。彼女たちは俺たちを突き飛ばす。水中という強い抵抗を突き抜けて、遠くに聳える銀の都市に向けて。
「――『フルスイング』ッ!」
「とりゃああああああっ!」
レティとLetty。二人の動きはシンクロしていた。全く同じ力で、全く同じ瞬間に、“驟雨”を殴打する。本来ならば爆裂する衝撃が莫大なダメージを与えるが、調査開拓員規則によって彼女たちはこちらに危害を加えることはできない。
その代わりに、ダメージは衝撃へと変換される。ダメージ換算16,000ポイントぶんの衝撃が俺たちを襲う。
「はええええええんっ!?」
水の中を吹き飛ぶテント。俺たちは重装盾兵の戦列を、黄金宮殿の屋根を越え、海底都市へと飛び込んでいく。
「レッジさん!?」
響くレティの悲鳴。
「やべ」
〈アトランティス〉から無数に延びる巨砲の一つが、俺たちを狙い澄ましていた。まるで、こちらの動きを読んでいたかのように的確に照準を定めている。
レティたちによって射出された俺たちは、強引に軌道を変えることはできない。銀の砲塔が火を噴き、巨大な砲弾が放たれた。
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Tips
◇『柱投げ』
〈投擲〉スキルレベル60のテクニック。巨大な柱を投げるための特殊な投法。
“十分な質量と運動エネルギーを持つ飛翔体は、ただそれだけで激甚な被害を及ぼす。”
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