第1138話「突撃海底都市」

 多少の混乱は生じたものの、ミートがその後協力的に後片付けを進めたこともあり、大きな問題が起こることはなかった。賠償金やらなんやらも、こちらと〈大鷲の騎士団〉〈ダマスカス組合〉、人魚族の間で決着がつき、話も収まった。

 そして、現実時間で三日後のこと。


「開通だぁあああああっ!」


 モーグリー氏率いる〈ブラッククイーン〉が、ついに呑鯨竜の胃と貯蓄袋を繋げることに成功した。

 その数時間前から、続々と詰め掛けていた調査開拓員たち、人魚たちが歓声をあげる。三日のうちに武装を整え、戦意も高揚し、もはや彼らの行く道を阻むものはない。


「海底都市〈アトランティス〉攻略作戦、“吠える鯨”――侵攻開始!」


 軍勢の先頭に立つ銀翼の騎士、アストラが鬨の声を解き放つ。彼の猛々しい声に応じて、調査開拓員と人魚たちが、大挙して進み始めた。


「いくぞ、ミート!」

『うおおおおおおっ!』


 当然、俺たちもそこに参加している。むしろ、先頭を争うようにして、勢いよく加速していた。

 水中バイク、パールシャークに跨った俺たちと共に、ミートが勢いよく泳ぐ。彼女は完全に水中での動き方を体得し、無数の蔓を自在に動かして猛烈な速度と機動力で動くことができた。


「第一水門、開放!」


 アストラの声に合わせて、呑鯨竜の胃に取り付けられた分厚い水門がひらく。流れ込む消化液に乗って、その奥へと突き進む。


「第一水門、閉鎖。中和粘菌投入!」


 軍団が胃と貯蓄袋の間を繋ぐバイパスに収まったところで、水門が閉じられる。そこへ次々と粘菌が投入され、消化液を失活させる。水質検査で問題がないことが確認されたタイミングで、俺たちも防護服や中和粘菌を脱ぎ捨てる。

 呑鯨竜の胃には強烈な消化液があるため、粘菌か特別な防護服がなければ一瞬で溶解してしまう。しかし、それらを身につけている状況では戦闘における万全の状態とは言い難い。また、消化液そのものが呑鯨竜の貯蓄袋に何かしらの影響を与えてしまう可能性も危惧された。

 そのため、胃と貯蓄袋を繋ぐバイパスは二つの水門によって閉鎖され、その内部で消化液の中和処理が行われるのだ。

 ちなみに使われている水門は、俺たちが以前入った腸迷宮を封じる際に開発されたものだ。つまり、俺たちの挑戦によってこの作戦が成り立っているとも言える。


「中和完了しました」

「よし、第二水門、開放!」


 事前に発表された手順通りの処理を進め、水門が開く。流れ込んでくるのは、貯蓄袋を満たす別種の液体だ。黒く濁り、触れると様々なデバフが掛かる。黒い波が中和処理された胃液と混ざり、周囲は混沌とする。


「うぅ、やっぱり飲むのは抵抗ありますね」

「こればっかりは仕方ない」


 流れ込んできた液体を少しだけ飲み込む。その瞬間、視界が急激にクリアになった。

 貯蓄袋を満たす液体は、身に取り込むことで性質を変える。漆黒の闇は澄んだブルーへと変わり、様々なデバフもすべて消える。調査開拓員の中には忌避感が強くなかなか飲めない者もいたが、意を決して飲んだ者から見違える世界に驚きの声をあげる。


「異常を感じた人は知らせてください。すぐに手当てに向かいます」

『人魚族も同ずだ。薬はがっぱ用意すてらはんで、いづでも遠慮なぐしゃべれ』


 危惧していたのは、貯蓄袋の水が人魚に害をなすという可能性だった。しかし、勇気ある人魚たちによって、それが杞憂であることも分かった。

 そして、これで全ての準備が整った。


「――それでは、これより貯蓄袋へと突入する。目標は海底都市〈アトランティス〉。事前の情報では猛烈な反撃が確認されている。重装盾兵、防御機術師は連携を密に。その他の者は庇護下から外れないように気をつけて」


 ゆっくりと話せるのは、これが最後だろう。

 アストラが振り返り、集まった猛者たちを見渡して言う。既に陣形は組まれており、前方には厚い重装盾の層がある。彼らは機術師によるバフを受け、より堅固な体制を築いている。


「それでは、出発だ」


 水門が大きく開き始める。水を流し込むためではなく、軍勢を送り込むために。


「うおおおおおおっ!」

『うらあああああああっ!』


 調査開拓員と人魚。両者が一体となって、勢いよく泳ぎ出す。

 そして――。


「来たぞ。前方から正体不明の軍勢だ!」


 澄み渡る水の世界。その奥に聳える銀の城。城門が解き放たれ、黒々とした怪物たちが飛び出した。それは目を赤く爛々と光らせて、勢いよく迫る。


「なんだあれは?」

「レティたちの知らない敵ですね」


 一度は〈アトランティス〉の迎撃を受けたことのある俺たちは首を傾げる。俺たちが経験したのは、都市の防衛設備から放たれる強烈な攻撃だ。あのような、原生生物が飛び出してくるといったことはなかった。


「アストラ、気を付けろ。あれは俺も知らない奴らだ」

『了解しました』


 指揮官たるアストラにも忠告する。彼は即座に指示を出し、重装盾兵たちに防御体勢を取らせる。

 そして、両者が勢いよく激突しようとした、その時だった。


『ごはんっ!』

「ちょっ、ミート!?」


 突然、目を輝かせたミートが飛び出す。彼女は隊列など全て無視して、一目散に黒い群体へと向かう。俺は咄嗟に彼女の蔓を掴んで、引き摺られる。


『いっただっきまーーーー』


 そして彼女は頭上の花を大きく成長させる。彼女の体を遥かに超えて肥大化したそれは、鋭利な牙がずらりと並ぶ口を開いた。


『ーーーすっ!』


 ミートはその大きな口で、黒い巨大な影を齧り取った。


━━━━━

Tips

◇中和粘菌溶液

 調剤系バンド〈エリクサーは使えない〉によって開発された特殊な薬品。呑鯨竜の強力な消化液を中和することができる。

 単体では呑鯨竜の消化液に匹敵する強力な溶解能力を有するため、取り扱いには注意が必要。


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