第1135話「パニック!」
『頭にでったらだ花載せだ女の子? ああ、見だよ。うぢの店の皿洗いも手伝ってけで、マグロ渡すたっきゃぺろりど平らげだもんで、たげ可愛らすい子であったよ』
「おおっ!? よし、ミートはここに来たんだな」
ミートの手がかりを見つけることができたのは、〈ファイアフィッシュ〉という焼き魚専門店だった。そこの店主が語ることには、どうやら皿洗いをしてその報酬にマグロの丸焼きを貰ったらしい。
「ミート、働くことを覚えたのか……」
「何を娘の成長を実感する父親みたいなことを言ってるんですか。それよりも早く行方を追わないと」
「それもそうだな」
レティに背中を叩かれて現実に戻る。店主にミートがどこへ向かったか尋ねると、彼は近くの定食屋を教えてくれた。
「もっと食べたいなら他のところで働いて賄いを貰えって話か」
「このまま平和的にお手伝いしててくれれば、すぐに追いつけそうですね」
店主にお礼を言って、店を飛び出す。ミートの行き先である定食屋は、〈ファイアフィッシュ〉の裏手にある店だ。ぐるりと大回りしなければならないが、迷うことはないだろう。
「このまま俺がミートと合流できたら、特別任務の報酬ももらえるのかね」
「それはマッチポンプ感がすごいんだけど」
ラクトの冷たい視線が突き刺さるが、そもそもウェイドに何か相談してやってほしい事もないしなぁ。強いて言うならミートが自由に外出できるように取り計らって欲しいくらいだが、どうせ無理だろうし。
「とにもかくにもミートを見つけないことには進みません。先に行きますよ!」
「あっ、トーカ! レティだって負けませんよ!」
「私も!」
トーカが一歩前に出れば、レティたちもそれに続く。
「うーん。みんな速いな」
「レッジはハイジャンできなくなると機動力が落ちるねぇ」
俺は残されたラクトやエイミーと一緒にのんびり泳ぐ。脚部極振りなので流石に泳ぎでもこの二人よりは多少速いのだが、置いていく理由もない。
「レッジは急がなくていいの? ミートが会いたがってるのは貴方だと思うけど」
「いやぁ。たぶん、ミートは俺に会いたくなったらすぐに来れるだろうからな」
エイミーはそんなことを言うが、はっきり言ってあまりミートのことは心配していない。彼女は変異マシラとなったことである程度力が抑えられているとはいえ、それでも完全武装の都市を相手にタイマン張れるほどの力を持つ存在だ。隔離保護施設で監視下にあるならまだしも、自由の身である今の彼女をどうこうしようと思ってできる奴はいないだろう。それに、彼女は感覚も鋭敏だ。同じ都市の中にいる俺のことをすでに捕捉しているだろう。それでも戻ってこないのは、今やっている事が楽しいからだ。
「ずいぶん信頼してるのねぇ」
「ミートは賢いからな」
もし、彼女がその気になれば、〈パルシェル〉など木っ端微塵になっている。今平和にプレイヤーたちが探し回ることができているのは、彼女が身の危険を感じていないからだ。もし、彼女が危機に陥ったならば――。
「レッジ伏せて!」
「ラクト!」
「ふぎゃっ!?」
通りを貫く爆炎。水の中に広がる衝撃。
俺は咄嗟にラクトを抱えて下がり、エイミーとスイッチする。彼女は即座に障壁を展開し、飛び散る瓦礫と衝撃から俺たちを守る。
「何があった!?」
「突然建物が爆発したわ。あそこって――」
「ミートが向かった店だ!」
地図を確認し、叫ぶ。
ミートが賄いを貰うために向かっていたはずの店が突如爆発した。そこに関係がないという可能性は低い。
「レティ!」
『無事です!。店内は瓦礫が舞ってますが、水中なので除去はすぐにできそうです。負傷者が多少いますが、すでに通りがかったプレイヤーの皆さんが応急処置を始めてくれています』
「了解。ミートは見たか?」
『いえ。レティたちが突入する前に爆発して、今も煙幕が晴れないので……』
レティの背後からは騒がしい声が聞こえる。現場は混乱しているようだった。
俺は彼女に現場での対応を頼み、真上に向かって泳ぐ。高いところから周囲を見渡せば――。
「いた! ミートだ!」
赤い大きな花は大きな目印になる。見つけたミートは何やら大きな声を上げ、涙目で泳いでいる。その速度は猛烈で、生まれた衝撃波が〈パルシェル〉を薙ぎ払っている。
「ミート!」
大声で名前を呼ぶが、彼女には届かない。何やらパニック状態に陥っているらしい。
街中を横切る彼女はよく目立つ。すぐに俺以外の調査開拓員たちもその存在に気がついた。
「みぃつけたぁ!」
「ミートちゃーーーんっ!」
「うおおおおらああああっ!」
周囲の調査開拓員たちが一斉に動き出す。彼らは“ウェイドと応相談”という特別な報酬を手にするため、我先にと手を伸ばす。指先でも揺れれば、任務達成だ。
しかし。
「うおおおおわあああああっ!?」
「ぎょわーーーーーっ!?」
「ぬわーーーーーっ!?」
ミートは超高速で水中を移動している。圧縮された水が周囲へと広がり、ソニックウェーブのような帯を作る。調査開拓員たちはそれを真正面から受けて吹き飛ばされるならまだ良い方で、ほとんどが瞬殺されて〈ミズハノメ〉のアップデートセンターへと戻されていく。
なんだかんだいいつつ、ミートは原生生物扱いなので普通に攻撃が通ってしまうのだ。
「ミートは何をやってるの?」
「分からんが、パニックに陥ってる。落ち着かせてやらないと」
「どうやるのよ?」
「追いついてから考える!」
エイミーを置いて、ミートに向かって飛び出す。彼女がなぜ泣いているのか、なぜパニックに陥っているのか何も分からないが、それは本人に聞けばいい。
しかし、愚直に彼女の背中を追っていればいつまで経っても追いつけない。それどころか、みるみる距離を離される。俺は町の地図を思い出しながら、ミートの進路を予想して最短経路を突き進む。
ミートがどこを泳いでいるかはすぐに分かる。騒音がするし、プレイヤーが吹き飛んでいるからな。それを見ながら、なぜ彼女があんなに取り乱しているのかを考える。
マシラは基本的に無敵の存在だ。何かに恐ることもなく、ただ無尽蔵の食欲を満たすために動く。そんな圧倒的上位に立つ存在が恐れるものなど、この世にあるのだろうか。
「おっ」
考えながら泳いでいると、十字路に出てくる。俺の予測が正しければ、ここにミートもやってくるはずだ。
実際、1分もしないうちにミートが走ってくる。まだ俺には気づいていないようだ。
『うわーーーーん!』
「ミート! 俺だ、止まれ!」
『パパ!?』
彼女の真正面に立って大きな声をあげる。流石の彼女も俺の存在に気付き、目を丸くする。そして――。
「うごべっ!?」
俺は勢いを殺しきれないミートの頭突きを受けて、そのまま町の彼方まですっ飛んでいった。
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Tips
◇“荒鱗マグロ”
呑鯨竜の胃袋に生息する分厚く尖った鱗を持つマグロに似た原生生物。常に高速で泳ぎ続けるため、その身は硬く引き締まっている。鱗は天然の防具であり武器である。まさに鎧袖一触、あらゆる障害を粉砕する。
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