第1136話「嫌いな物」
『ぴっく。ぽっぷ』
瓦礫の山に半分ほど埋もれた俺の胸で、ミートがしゃっくりを繰り返している。周囲にはデトックスアンプルの空き瓶がいくつか転がっている。
「そろそろ落ち着いたか?」
『うん……』
こくりと頷くミート。かなり気落ちしていて、いつもの元気もどこかへ行ってしまった。
彼女が爆走していた原因はある程度分かっている。おそらくは、〈ファイアフィッシュ〉で食べたマグロの一本焼きが原因だ。あれを食べると一定時間水泳や走行でLPが消費されず、移動速度がとても速くなるというバフがかかる。
「すまんな。俺がしっかり見てやればよかった」
マシラは高い学習能力と適応能力を持つ。それ故に、食事などから得られるバフやデバフも俺たち調査開拓員よりも遥かに強くなってしまうようだ。
デバフであれば持ち前の適応能力ですぐに無力化させることもできるだろうが、バフはそうもいかない。結果、彼女はマグロのように爆走してしまった。
俺が彼女を止めることができたのは、デトックスアンプル――解毒薬を彼女に投与できたからだ。
「しかし、どうして走り出したんだ。定食屋で手伝いしてたんだろ?」
疑問なのはミートが走り出した理由だ。彼女はもともと定食屋で何か手伝いをしていたはず。その時に何か正気をわずかでも失わせるようなことが起きなければ、彼女もあのようなパニックは起こさなかっただろう。
俺が事情を聞くと、ミートはぽつりぽつりと語り出す。
『あのね、お店にね……』
彼女が紹介されて向かったのは、〈花海月〉という定食屋だ。呑鯨竜の胃に生息する原生生物を使い、和食に似た繊細な料理を提供する高級路線の店だという。ミートはそこで、食材の下拵えを任されたようだ。
『それでね、ええとね。ウニョウニョしてて……』
「何がウニョウニョしてたんだ?」
『うぅ……』
口にするのも嫌なようで、ミートはしばらく唸る。無敵の存在であるマシラがそこまで嫌がるものとは一体なんなのか。これをウェイドに伝えたら、この失態もなんとか帳消しにできるだけの価値があるかもしれない。
ミートには申し訳ないが、重ねて尋ねる。
「ミートは何が苦手だったんだ?」
『…………ワカメ』
「うん?」
彼女は顔を上げ、涙目で繰り返す。
『ワカメがウニョウニョしてたの! それを見たら、ぞわぞわして、ぐわーってなって、気付いたらお店を飛び出してたの!』
「おう……」
無敵のマシラ、ミートの苦手なものはなんとワカメらしい。身体組成の少ない割合に植物が含まれている彼女は言ってしまえばワカメとも親戚だと思うのだが、そんな話は関係ないのだろう。
とにかく、彼女はワカメを見た瞬間に店を飛び出した。それほどまでに嫌だったのだ。
「もしかして、施設で何度もワカメ料理が出たからか?」
『うん! もう見るのもヤ!』
はっきりと断言するミートにがっくりと肩を落とす。
オペレーション“アラガミ”の成立前、俺は〈パルシェル〉で栽培されていたワカメと“蟒蛇蕺”を交配させて、強い成長力を持つ“増殖する日干しの波衣”という植物を生み出した。それがあればマシラの食糧事情が解決するだろうと考えたからなのだが、ウェイドは連日それを使ったワカメ料理をミートたちに出し続けた。結果、ミートは立派なワカメ嫌いになったらしい。
「つまり、俺の責任なのか?」
回り回って、こうして〈パルシェル〉の一角とはいえ、いくつかの建物を瓦礫に変える被害を出してしまった。その原因を作ったのは俺だったらしい。
『ミート、ワカメ嫌い。お肉食べたい! タンパク質!』
「そう言われてもなぁ」
俺の服を掴んで主張する少女の頭を撫でながら、周囲を見渡す。騒動が落ち着いたおかげで、被害の全貌も見えてきた。支援機術師たちが負傷者の手当をはじめ、職人たちが瓦礫の撤去を行っている。とても、ミートの空腹を満たせるような状況ではない。
「ミート、今何か食べないと動けなく困るくらいお腹空いてるか?」
『え? ……ううん。大丈夫』
それなら、と立ち上がる。ミートも持ち上げて、瓦礫の上に立たせる。
「働かざる者食うべからず、だ。ミートも皿洗いしたから、マグロが食べられたんだろ?」
『うん』
「だったら、今からみんなのために働こう。とりあえず、この辺りの片付けからだな」
『そうしたら、お腹いっぱい食べられる?』
「おう。いっぱい感謝されて、食べきれないほどご馳走がもらえるさ」
そう言うと、ミートは途端に目を輝かせる。
『だったらミート頑張る!』
「よしよし。じゃあまずはここの瓦礫を――」
『うおおおおっ!』
「ぶべっ!?」
張り切るミートが全身から太い蔓を伸ばす。それは瓦礫を掴むと軽々と持ち上げて、広場へと積み上げていく。俺は鞭のようにしなるそれに叩き飛ばされた。
「レッジさん!」
「がはっ。れ、レティか、助かった」
そこへ飛び出してきたレティが受け止めてくれる。彼女の固い胸当てに頭をぶつけて軽い眩暈を起こしながら、眼下のミートを見やる。
「ミート、すごく張り切ってますけど何か言ったんですか?」
「働かざる者食うべからずってな。とりあえず、瓦礫の撤去をしてくれるみたいだ」
「ミートが協力的だと作業効率も段違いねぇ」
近寄ってきたエイミーが感心していう。管理者もおらず、重機NPCもない〈パルシェル〉だが、ミートの獅子奮迅の働きによってあっという間に瓦礫が片付けられていく。戦々恐々としていた調査開拓員たちもミートの意図を察して、彼女に瓦礫をコンテナへ積み込むように声を掛けていた。
「ミートもかなり話が通じるようになってきたよね」
「これなら、施設から出て調査開拓活動に協力してもらうこともできるんじゃない?」
ラクトやシフォンも、そんなミートの成長に期待を膨らませている。
そもそもマシラを封じておくというのはなんとも勿体無い話だ。彼女たちの力を借りることができれば、より効率よく調査開拓活動が行える。今のミートの姿は、そんな希望を開くようなものだった。
『うおおおおっ!』
「ちょっ、ミートちゃんそれは瓦礫じゃない!」
「ちょっとボロいだけの立派な家だから壊さないで!」
……まあ、もう少し彼女も経験を積んだり学んだりする必要はあるだろうが。そこはマシラの本領発揮といったところだろう。彼女に知識を注げば、乾いたスポンジのように吸い取っていくはずだ。
「さて、とりあえず保護者は先生と話しますか」
『何が先生ですか! 今すぐ出頭しなさい!』
調査開拓員たちと協力して片付けを進めるミートを見ながら、俺は鬼のように通知が溜まっているTELウィンドウを開く。管理者の名前をタップした瞬間に耳をつんざく怒声に眉を寄せながら、俺は用意していた弁明を口にした。
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Tips
◇“荒鱗マグロの一本焼き”
呑鯨竜の胃に生息する原生生物“荒鱗マグロ”に串を通し、炭火でゆっくりじっくりと焼き上げた一品。火を扱う文化のなかった人魚族にとっては珍しい料理であり、外はバリバリ、中はジューシーな新食感が人気を呼んでいる。
“爆裂爆走マッハGOGO!”
一定時間、走る、泳ぐ、跳ぶといった移動能力によってLPが消費されなくなり、速度が非常に速くなる。一方、静止状態ではLPが徐々に減少し、ストレス値が増加する。
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