第1134話「皿洗いの報酬」

 【変異マシラ捜索任務】という特別任務が、〈パルシェル〉に滞在している全調査開拓員へと発令された。偶然、ではないのだが海底街には“吠える鯨”作戦に参加するために多くのプレイヤーが集まっており、彼らのほとんどは呑鯨竜の胃に穴が開くまで手持ち無沙汰だった。そんなところへ突然投げ込まれた特別任務、それも報酬がウェイドと応相談という特殊性から、ほとんどの者が即決で受託した。


「ミートちゃーん!」

「出ておいでー」

「どこにいるのかなー?」


 結果、〈パルシェル〉の街中には血眼になってミートを探す調査開拓員たちで溢れ返った。彼らの多くは自らの足(鰭?)で町中を巡り、路地裏や植木鉢の裏などをしらみ潰しに探しているが、中には解析系スキルを駆使して効率的に捜索を進めている者もいる。


「くそぅ、なんでドローンにも引っかからないんだ」

「いいからドンドン投入していけ。人海戦術だ!」


 至る所を水中ドローンが泳ぎ回り、無数のレンズが隙間という隙間を凝視する。

 だが、それでもミートの姿を捉えることができた者はほとんどいなかった。


『うりゃりゃりゃりゃ!!』

『おおー、お嬢ちゃん見かけによらずすごいじゃねぇか。皿洗いが一気に片付いちまった!』


 調査開拓員たちが町の通りを練り歩く中、当のミートは焼き魚専門店〈ファイアフィッシュ〉の洗い場で皿洗いをしていた。頭頂に咲く花の根本から太い蔓を数本伸ばし、それを起用に動かして皿を洗うのだ。はじめは勝手も分かっていなかったが、マシラとしての凄まじい学習能力によって数分後には熟練の皿洗いとなっていた。

 彼女が蔓を用いて皿を洗えば、一気に三人ぶん以上の効率を上げる。人気店故に次々と皿が溜まっていく〈ファイアフィッシュ〉の洗い場で、彼女は無双していた。


『こりゃあ魚一匹じゃあ割に合わないな。よし、嬢ちゃん、特別にこれをやるよ』

『うわぁ、おっきい! いいの!?』


 溜まりに溜まった汚れた皿が綺麗さっぱり無くなって、店主の人魚も上機嫌だ。彼はミートの働きにいたく感激して、メニューの中でもとっておきの品を差し出す。

 それは呑鯨竜の胃袋に生息する原生生物の中でもかなりの大物、“レッジスケイルブルーフィン”――“荒鱗マグロ”という巨大魚の丸焼きだった。絶品の大トロから珍味と呼ばれるカマまですべて、丸ごと一匹を焼き上げた逸品である。

 全長3メートルという巨大で丸々と太ったマグロは、当然ミートよりもはるかに巨大だ。しかし店主は自分の体積を遥かに上回る量を平らげる赤い長耳の少女などを見ていたため、特に違和感を抱いていなかった。


『ありがとう! いただきますっ!』

『おお、いい食べっぷりだなぁ』


 自分の口よりも遥かに大きなものを食べる時、ミートは頭上の花を使う。花の中央がぽっかりと開いた第二の口になっており、そこからバリボリと骨ごと砕きながら丸呑みにできるのだ。

 流石の店主もそんな食べ方をする調査開拓員を見たことはなかったが、まあ調査開拓員ならそんなこともできるだろうと深く考えない。街中でロケットパンチをぶっ放すような輩もいるのだから、この程度は些事である。


『美味しかった!』

『そりゃよかった。こっちも助かったよ』

『もっとお手伝いしたら、もっと食べられる?』


 巨大なマグロを平らげたというのにまだ腹をさするミートに、店主も少し驚く。彼女はやる気満々だが、すでに皿はすべて洗ってしまった。そもそも、焼きマグロは秘蔵の品、そう何本も渡せるものではない。

 そこで少し考えた店主は、よしと頷く。


『知り合いの料理人も人手が足りないって言ってるんだ。そこに行ったら賄いも貰えると思うぞ』

『やる!』

『よし、じゃあ地図を書いてやろう』


 親切な人魚は彼女に地図を渡す。複層的に建物が重なる〈パルシェル〉では、地図がなければなかなか目的地へと辿り着けないのだ。


『なんか外が騒がしいな。そういえば今日からいよいよ〈アトランティス〉に向かうって話だったか』


 通りの面する窓から外を眺めて、店主は首を傾げる。〈パルシェル〉の街中を練り歩く調査開拓員たちの言葉は、翻訳機を使わなければほとんど理解できないのだ。


『そうだな。こっちは混むから、裏口から行くといい』


 店主はそう言って、店の奥へとミートを案内する。彼女は優しい人魚にお礼を言って、現地住民しか知らない細い建物の隙間から次の店へと泳いでいった。


━━━━━


「見つかりませんねぇ、ミート」

「どこ行ったんだか」


 粗方〈パルシェル〉を巡った俺たちは、建物の隙間にある小さな公園のような場所で落ち合っていた。全員、これといった成果はなく、ただ疲労が蓄積しているだけである。

 ミートは数百人規模の捜索にも関わらず、その姿はまったく捉えられていない。そのため、すでに町の外に出たのではないかと見当を付けて船を駆るプレイヤーも出てきた。


「やっぱり、わたしたちも町の外に出た方がいいんじゃないの?」


 シフォンもそんな提案をしてくるが、俺は腕を組んで唸る。


「確かにミートなら町の外にも一人で出ていけるだろうけどなぁ」


 マシラの環境適応能力は凄まじい。呑鯨竜の消化液にも、おそらくすでに適応してしまっているはずだ。となれば町の外で原生生物の踊り食いをしていてもおかしくはない。

 しかし、もしミートが自由に原生生物を食べていたら、一気に環境負荷が上がり、猛獣侵攻が発生していてもおかしくはない。だがそうはなっていない。今の所はまだ街中にいると考えていいはずだ。


「よし、人魚にも聞き込みしてみるか」

「大丈夫ですか? 話は通じるんでしょうか」


 立ち上がる俺にレティが不安そうに言う。翻訳機の精度はかなり上がってきたものの、まだ訛りのキツい言葉になってしまうのは直っていない。とはいえ、自分たちで見つけられないと言うことは、ここに住む人魚たちしか知らない道でもあるのではないかと考えるのが自然だ。


「まあ、なんとかなるだろ。とりあえず、ミートが入りそうな店を洗い出してみよう」


 俺はそう言って、〈パルシェル〉の地図を大きく広げた。


━━━━━

Tips

◇クラック

 長年、無秩序に発展を続けてきた〈パルシェル〉に散在する、建物の隙間にできた小さな空間。大抵の場合は非常に狭く何の使途にも向かないデッドスペースではあるが、稀に裏道として利用できるものもある。公の地図には記載されておらず、近隣住民の間でのみ通じるものがほとんど。


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