第1133話「管理者の大失態」
ミートが〈パルシェル〉に侵入しているという通報がウェイドの耳に入ったのは、彼女が〈マシラ保護隔離拠点〉での管理業務を行おうとしたちょうどその時のことだった。
『すみません、すみません。ウチのレッジさんが……』
『奴の説教は後回しです。今はミート確保に全力を注いでください! 私の方も動きますから!』
恐縮しきっているレティとのTELを切り、ウェイドは立ち上がる。彼女がまず最初に行ったのは拠点全体を対象としたスキャンだった。監視装置が一斉に動き出し、各収容棟の内部を走査する。数秒後、彼女の元に返ってきた報告は“異常なし”という文言だった。
『やはり、ミートは収容棟にいることになっていますが……』
怪訝な顔をするウェイド。実のところ、彼女は事前にレッジから話を聞いていたのだ。もちろん、ただでさえ不安定な攻略最前線、それも人魚族というイレギュラーが存在する場所に危険なマシラを連れて行くという荒唐無稽な話を許可するわけにはいかず、即座に一蹴したが。
『今思えば、妙に物分かりが良かったですね』
いつもならしつこいぐらいに食い下がってくるレッジが、あの時は随分とあっさり頷いていた。あの時に抱いた一抹の違和感を、もっと大切にするべきだった。
『とりあえず、収容棟を直接確認しましょう』
ウェイドは制御塔からの調査に限界を覚え、直接ミートの収容棟へと赴くことにした。管理者専用兵装に身を包み、マシラであろうとある程度は互角に戦える生太刀を背負い、通りがかったイザナギを呼び寄せる。
『イザナギ、今からミートの様子を確認します。着いてきてください』
『わかった』
完全武装の警備NPCたちを引き連れて、ウェイドは動き出す。〈アマツマラ〉や〈ワダツミ〉といった準拠点レベルであれば戦略次第で落とせるほどの戦力を用意しなければならないのは、マシラ一体にそれだけの危険性を宿しているからだ。
『内部調査の結果、ミートは眠っているようですが』
『ミートは食べている以外の時間は基本的に寝てる。珍しいことじゃない』
何重にもなる隔壁を開ける前に、最後の確認をする。ミートは収容棟の中でスヤスヤと眠っているように見える。各種バイタルデータも安定している。監視機器越しに見る限りでは、ミートはいまだにここにいる。
しかしウェイドたちは油断なく武器を構えたまま、ゆっくりと扉を開く。重々しい音と共にロックが解除され、重厚な扉が持ち上がる。
『突入!』
ウェイドの号令で警備NPCたちが雪崩れ込む。ウェイドとイザナミも隔壁の隙間から滑り込み、臨戦態勢でミートの元へと向かう。
正方形の真っ白な部屋だ。内部に家具の類はほとんどなく、そんな殺風景な室内を見かねたレッジが差し入れたベッドだけが、真ん中に鎮座している。ふわふわの布団は小さく山を作り、ゆっくりと上下している。枕にはトレードマークでもある大きな花がある。
『……おかしい』
ベッドをずらりと取り囲む警備NPCたちの銃砲が小山に向けられる。いつでも制圧可能な状態になったのを見て、イザナギが首を捻った。
『普通、ミートはどれだけ熟睡していてもドアが開いた時点で起きるはず。ずっと寝ているのは、おかしい』
『そうですね。……布団を剥ぎなさい』
ウェイドの命令に従って、警備NPCの一機が前に出る。細やかな動きが可能なマニピュレーターが展開され、勢いよく布団を取る。
『――っ!』
それを見たウェイドが、目を見開いた。
『あんの、バカレッジ!』
布団の下でゆっくりと動くのは空気を出し入れされている風船。枕元に転がるのは、精巧な造花。各種バイタルセンサーはすべて、謎の機械に接続されている。
『各管理者に緊急通達! ミートが逃げ出しました! 場所は〈パルシェル〉内部。現地調査開拓員に特別任務を通告! 総力を上げて一秒でも早く、ミートを見つけます!』
ウェイドの憤怒が光の速度で広がっていく。ワダツミが悲鳴を上げ、アマツマラが笑い転げ、T-1が稲荷寿司を落として膝をつく。〈パルシェル〉で活動中の調査開拓員全員に、任務が公開された。
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【変異マシラ捜索任務】
種別:特別任務
推奨能力:不問
達成条件:変異マシラ“ミート”の発見、もしくは確保
詳細説明:
とある調査開拓員によって変異マシラ“ミート”が〈怪魚の海溝〉、呑鯨竜内部〈パルシェル〉に侵入しました。現地で活動中の調査開拓員は総力をあげて対象の捜索を行ってください。なお、対象の危険性は未知数です。扱いには注意してください。対象の外見的特徴は添付資料を確認してください。
達成報酬:
管理者ウェイドとの相談によって決定
備考:
調査開拓員レッジは今すぐ出頭してください。
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「そういえば、そもそもどうやってミートを連れ出したんですか?」
〈パルシェル〉でミート捜索を始めて30分。彼女はどこへ行ってしまったのか、その行方は杳として知れない。少し疲れてきたところで、レティがそんなことを聞いてきた。
「どうやって、と言われてもな。とりあえずミートの頭の花の造花と、バイタルデータ偽装するための装置を作って。ミカゲに忍び込んでもらった」
「ミカゲが!? なんでですか!?」
「なんでと言われても、あんな厳重な警備を掻い潜れるのはミカゲぐらいだろ?」
「そういう話じゃないですよ!」
何やってるんですか、とレティがミカゲを見る。彼も共犯なので今までずっと息を殺していたのだが、こうなってしまったからには言わざるを得ない。
「……レッジが新しい忍術書をくれるって言うから」
「なんなんですかそれは!」
「忍術書は、〈忍術〉スキルのテクニックが書かれたアイテム。レアな奴も多くて、レッジがくれたのは貴重な『忍法・火遁劫火滅却陣』の忍術書だったから」
「そういうこと聞いてないんですよ!」
たまたま植物園の研究ポイントで交換できたので、持っていたのだ。たしか“昊喰らう紅蓮の翼花”を参考にした忍術とかで、自分を含めた広範囲の対象を焼き尽くすとか。
「それに、危険な城に潜入して宝を持ち帰るのは、忍者っぽい」
「珍しく目をキラキラさせちゃって。いつもは常識人なのに……」
ぐっと拳を握りしめて力説するミカゲにレティはがっくりと方を落とす。
ともあれ、ミカゲのおかげでミートを〈マシラ保護隔離施設〉から連れ出すことに成功したのだから、彼には頭が上がらない。
「そもそも、ウェイドさんに一言言っても良かったじゃないですか。ブログの記事を見たところ、交渉はしてたんですよね?」
「もちろん。無断でミートを連れ出したわけじゃない」
そこに関しては胸を張って堂々と断言できる。
俺はウェイドとの交渉の末、彼女の許可を得てミートを連れ出したのだ。しかし、レティの俺を見る目は疑念に満ちている。ぜんぜん信用してくれていない。
「本当ですかぁ?」
「本当だよ。まあ、最初にミートを連れ出して良いか打診した時は一蹴されたんだけどな」
「じゃあダメじゃないですか!」
耳をピンと立てて詰め寄るレティに、まあ待てと手を向ける。
「確かにウェイドは絶対にダメだと言ったんだ。しかし、こうも言った。――『やれるものならやってみろ』とな」
「はぁ?」
なんならその時のログも残っている。俺はウィンドウを操作して、彼女との会話記録を探る。リアルタイムで怒涛の勢いのTELが飛んできているが、それは一旦置いておいて。見つけ出したログをレティに渡す。
「ほら」
「むむむ……」
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レッジ:頼むよ。1日、いや半日だけでいいからさ。
管理者ウェイド:ダメです。許可できません。ミートがどれほど危険な存在か分かってるんですか?
レッジ:重々承知の上だ。しかし、ずっと狭い部屋の中に押し込めておくっていうのも、ストレスが溜まるだろ。たまには外の空気も吸わせてやった方がいいと思うんだ。
管理者ウェイド:ダメったらダメです! とにかく一切許可は出しません。この施設がどれだけの被害を受けながら改良してると思ってるんですか。すべてはマシラを外に出さないためです。
レッジ:そうは言ってもな……。
管理者ウェイド:そんなホイホイ出してたら〈マシラ保護隔離拠点〉の名前が泣きます。出せるものなら出してみなさい。
レッジ:うん?
管理者ウェイド:ここは三重の隔壁で施設全体が閉じられている上に、ミートの収容棟は更に五重の隔壁と七重の障壁、数えきれないほどのセンサーで常に監視してるんですよ。たとえミートが外に出たいと言ったとしても、蟻一匹逃さない作りになってるんです。彼女を連れ出したいなら、この警備網を突破してみればいいじゃないですか。
レッジ:……分かった。
管理者ウェイド:分かればいいんです。私は〈万夜の宴〉の関連業務で忙しいので。ていうかあなた、この綿花の大高騰をどうにかできませんか?
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じっくりと何度もログを読み返すレティ。彼女は長い熟慮ののち、ぽつりと呟いた。
「これは、ウェイドさんが悪いのでは?」
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Tips
◇忍術書
忍術・忍法のすべてが書き記された秘伝の書。それを紐解けば特殊な術に関する知識を余すことなく取り込める。
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