第1132話「ミートを探せ」

 〈パルシェル〉はもともと人魚たちの住む小さな町だが、調査開拓団との接触によって人と物が多く流入するようになった。彼らとの交流は、ドワーフ族を先例としてT-1たちが制定した一定の規則の下に行われ、人魚たちにも調査開拓団の持つ経済圏に組み込まれるようになっている。

 その結果、町には人魚族が調査開拓員に向けて商売を行う店が立ち並ぶようになった。商機に目ざといやり手の人魚たちが競って店を開き始めたため、小さな商店街のような区画が形成されるほどとなり、今では〈パルシェル〉でも有数の繁華街とまっている。

 調査開拓団からもたらされたお茶の存在に魅了された店主によって提供される、独自ブレンドの昆布茶が楽しめる喫茶店〈ヨロコンブ〉も、〈パルシェル〉ガイドブック第一号に掲載される人気店だ。


「さ、どうぞ」

「……」


 調査開拓団向けの店ということもあり、〈ヨロコンブ〉の店内は排水処理が行われた特殊な空間になっている。ここでは調査開拓員は陸上と同じような環境で昆布茶を楽しむことができる。通りに面したテラス席は水に満ちているため、人魚族の客はそちらでストローを使って昆布茶を飲んでいるようだ。

 俺はテーブルの上を滑ってきた湯呑みを見て顔を上げる。正面にはシフォン、左右はレティとLettyががっちりと腕を掴み、逃げられない。


「いただきます」


 意を決して昆布茶を頂く。

 〈パルシェル〉の水中農園で育てられたという昆布を使った昆布茶は、深い旨味を感じさせる逸品だ。わずかな塩味がよりそれを引き立てる。


「で? 何を持ち込んだの?」

「…………」

「黙ってると分かんないよ」


 こう言う時のシフォンは、少し姉さんに似てきた気がする。じっとこっちを見ている目がそっくりだ。こうなった時の姉さんに隠し事をしていても良いことはない。俺は過去の前例に倣って、早めに白旗を挙げた。


「ええと、その……。ちょっと外の空気を吸わせてやろうと思って……。……ミートを」

「はえっ?」


 シフォンがきょとんとする。他の面々も耳を疑っているようだ。


「あのコンテナの中に?」

「ああ。大丈夫、ちゃんと俺が開けるまでじっとしておくように言い含めてるからな」

「そういう問題じゃないでしょ!」


 シフォンが大声を上げて立ち上がる。


「どうしてミートを連れてきたんですか」

「ずっと檻の中っていうのも可哀想だろ? たまには外に出ないと息が詰まる」

「それなら事前に相談するとか」

「そうしたらウェイドが許可しないじゃないか」

「当たり前です!」


 ダメだ。レティもかなり怒っている。ちょっとこれは軽率すぎたかもしれない。


「とりあえず様子を見に行きましょう」


 トーカがそう言って店の外へ向かう。大丈夫だと言ったが、誰一人としてその言葉を信用してはいなさそうだ。

 俺は引きずられるようにして店を飛び出し、そのまま水面にある桟橋へと連れて行かれる。ずらりと並んだ船やコンテナの中を駆け抜けて、向かう先は俺たち〈白鹿庵〉のコンテナが置いてある場所だ。


「ほら、ちゃんとあるだろ?」

「ないと問題なんですよ」


 果たしてコンテナは見つかった。特に傷や穴があるわけでもなく、しっかりぷかぷかと浮いている。


「開けるわよ」


 エイミーが施錠されたコンテナの扉に手をかける。

 レティたちが緊張の面持ちで見守る中、ゆっくりと内部が顕になり、そして――。


「あっれ。おかしいな?」


 開かれたコンテナの中はもぬけの殻で、床がスポンと抜けていた。


「レッジさん……」

「これはちょっと予想外だ」

「探しますよ!」

「うわあああっ!?」


 レティに首根っこを掴まれて、そのまま水の中へと飛び込む。


「アストラさんに連絡を! 〈パルシェル〉かその周辺にミートが隠れてます! 刺激しないように、発見したら連絡を下さいと」

「分かりました。レティたちは先に行ってください」


 トーカがアストラに連絡を始め、ミカゲが勢いよく街中へ飛び込んでいく。傍らではシフォンが青い顔をしていた。


「ああもう、おじちゃんなんてことしてるの!」

「すみませんでした……」


 こうなった以上、おちおち昆布茶を楽しんでいるわけにはいかない。俺たちは手分けして行方をくらませたミートの捜索に乗り出した。


━━━━━


『すんすん! いろんなおいしい匂いがする!』


 コンテナを飛び出したミートは、一直線に〈パルシェル〉の繁華街へと飛び込んだ。そこが一番美味しそうな匂いがしたからだ。ちょうどレッジたちと入れ替わるような形になったが、彼女もあちらもそれを知らない。

 ミートは誰に見つかってもいけないというレッジからの言いつけをしっかりと守り、物陰から物陰へと素早く移動しながら進んでいた。マシラとしての身体能力を存分に活かし、完璧な形で人混みの中へと飛び込んだのだ。


『おさかな!』


 雑踏の中に紛れたミートが見つけたのは、焼き魚を売る店だった。ガラスの向こうでじっくりと炙り焼きされている巨大魚は、彼女の食欲を大いに刺激する。

 オペレーション“アラガミ”によって腹は膨れるようになったが、料理と呼ばれる食糧に熱を加えたり切ったりする加工を施したものはあまり食べられないのだ。


『おや、どうしたんだい嬢ちゃん』


 身を隠すのも忘れてぺったりとショーウィンドウに両手と額をくっつけるミートは、店内の焼き場からもよく見える。彼女の存在に気がついた人魚の店員が、店から出てきて彼女に話しかけた。


『わわっ。ええと、その』


 見つかってしまったことに慌てるミートだったが、人魚の店員がさほど驚いていないことに気がついて冷静さを取り戻す。


『お嬢ちゃんも開拓団の人なんだろ? だったら焼き魚、食ってくかい?』

『ええっと……』


 どうやら、店員はミートのことを調査開拓員であると勘違いしているようだった。

 ミートの体格はタイプ-フェアリーと同じくらいだが、頭部に大きな花が咲いている。体も機械ではなく生身の肉体なのだが、機械人形の精巧さが祟って人魚にはどちらも同じようなものにしか見えない。頭の花についても、調査開拓員で奇抜な格好をした者はいくらでも存在するため、もはや気にも留まらなかった。


『金がねぇのか?』

『うん』


 ミートは調査開拓員ではないため、開拓団で流通している電子通貨は使えない。しかし、調査開拓団の来訪によって生活が格段に豊かになった人魚たちは、彼らに対して好印象を抱いていた。それこそ、焼き魚のひとつくらい、無料で譲ってもいいと考える程度には。


『ウチの皿洗いを手伝ってくれるなら、一本あげるぜ』

『いいの!? する! お皿洗う!』


 ミートは料理が食べられるのならばなんでもすると言わんばかりの勢いで頷く。そんなに腹が減っていたのか、と店員は少し憐憫の情を抱きながら、彼女を店内へと案内した。


「おーい、ミート。いないかー?」


 その直後、しょんぼりと力の抜けたレッジがレティたちと共に店の前を横切っていく。彼の名前を呼ぶ声は、もはや頭の中が焼き魚でいっぱいになってしまったミートに届くことはなかった。


━━━━━

Tips

◇料理屋〈ファイアフィッシュ〉

 海底街〈パルシェル〉にある飲食店。人魚族の間でブームを起こしている焼き魚という新しい料理を提供する。お人よしの店主は焼き魚のために水密加熱オーブンを開発した。


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