第1130話「開腹手術」

「本当に申し訳ない」

「マジで迂闊なことしないでくださいよ。今回は運営側の不備ということで補償対象になったからいいものの!」

「俺もあそこまで大規模に壊れるとは思わなかったんだよ」

「そうじゃなくてもバグらせるなっつってるんです!」


 白い仮面で顔を隠した真っ赤な服装の女性、GMのイチジクは憤怒を隠すことなく俺の胸に人差し指を突き立てる。

 バグで崩壊した〈パルシェル〉の監視塔は、運営による対策に不備があったということが認められ、局所的ロールバックというシステム的な手段によって元に戻された。そんなわけで俺が何か賠償金を支払うというような事態には陥らなかったものの、バグ発生直後にすっ飛んできたイチジクによって延々と説教をうけることとなった。


「反省してるよ。もうハイジャンもやらない」

「なに当然のことを言ってるんですか。ゲームシステムの範疇内で遊ぶならまだしも、運営の想定の外でやらかすと最悪垢BANですからね」

「申し訳ない」


 現実世界にあまり面白味のない俺にとってFPOは精神的なオアシスのような存在だ。ここから離れるというのだけは絶対に避けなければならない。そんな俺の事情はイチジク――花山たちも重々承知しているからこそ、彼女たちに迷惑をかけないようにしなければ。


「オブジェクト干渉問題の修正プログラムを作ってみたんだが、使うか?」

「あんた説教中になにやってるんですか。そういうのは開発部に任せてください」


 イチジクの無限に続く説教を聞き流しながら作っていたプログラムを送ると、彼女は仮面の下からでもわかるくらい表情を歪ませた。


「自分の立ち位置理解してます? あなたはあくまで、一ユーザーにしか過ぎないんですよ」

「しかしなぁ。また無意識にオブジェクト干渉をやらかす可能性もあるし」

「やらかすなって言ってるの! あと運営がユーザーからシステムプログラムのパッチデータ受け取るわけがないでしょ!」

「それもそうだな」


 これは見なかったことにします、とイチジクはデータを消去する。地味にGM特権である完全消去の青い炎エフェクトが見えた。本当に存在からして許してもらえないタイプのデータだったらしい。


「ていうか今回のシステムアップデートも開発部が死ぬ気で検証と検討と改善進めてたはずなんですけどね。数十人の苦労を1秒で吹き飛ばさないでください」

「申し訳ありません」


 もう俺には謝ることしかできない。

 俺が詰められている間にも、レティたちは〈パルシェル〉に繰り出してショッピングでも楽しんでいるのだろう。いいなぁ。


「とにかく、あなたはここでのんびり平和にプレイしてくれればいいんですよ。別にNPCをたらし込もうがイベントスケジュール滅茶苦茶に破壊しようが、ゲームシステムの範疇であればこちらも文句はいいません」

「まるで俺がNPCたらし込んだりイベントスケジュール破壊したりしてるような言い草だなぁ」

「自覚ないんですか!? ……まあいいですよ。とりあえずバグ挙動だけは起こさないでください」


 どっと疲労度を増したイチジクに、俺も素直に頷いておく。もともとハイジャンはかなりグレーな挙動だったからな。使えないなら使えなくても問題はない。


「しかしそうなると、機動力が問題なんだよな」

「脚部に曲振りしてるじゃないですか。〈歩行〉スキルもあるし。水中で動きにくいなら補正装備なりスキルなりで対策してください。それがスキル制の醍醐味でしょう」

「そりゃそうだ」


 一人で全てができる万能にはなれないからこそ、他者と協力する面白さが生まれる。それがFPOというゲームの真髄だ。なんでも一人でやろうとしていては、何も始まらない。

 イチジクに説かれて思い出す。


「俺もスキル構成を変えてみてもいいかもしれないな」

「いいんじゃないですか?」


 かけらも興味無さそうな感じを隠そうともせずイチジクが適当に頷く。彼女は俺のことを監視しているだけであって、干渉はしてこないからなぁ。

 とはいえ、構成変更というのもそろそろしてみたい。最近は煮詰まってきている感じが否めないからな。このあたりで大胆に何かを抜いて、あえて不完全な形にするのもありだろう。


「けど、今日は開通式でしょう。それが終わってからスキル変更ですか?」

「ああ、そういえばそんなのもあったな」


 バグによる監視塔爆破で忘れていたが、もともと俺たちがここまでやってきたのはそれが理由だ。呑鯨竜の胃袋と貯蓄袋をつなげる開通式が行われ、いよいよ“吠える鯨”作戦が始まる。そのスタートを見ようと思ってやってきた。


「なら、そろそろ時間ですよ」

「えっ? うわ、ほんとだ」


 時刻を確認してみると、もう開通式の10分前である。レティたちはすでに会場へ向かったかもしれない。GMから受ける事情聴取はウェイドたちのそれとは訳が違うからな。システム的に隔絶された別エリアへと収容されるから、脱出もできないし外部とのTELも不可能だ。


「仕方ないですね。近くまで送ってあげますよ」

「助かる。ありがとう花山」

「イチジクと呼んでください」


 赤髪のGMが立ち上がり、取調室のドアに向かって何やら操作する。ノブを回して押し開くと、そこは多くのプレイヤーと人魚たちが集結する胃袋の中だ。


「では、気をつけて。くれぐれも問題は起こさないように」

「分かってるよ。任せてくれ」


 訝しげなイチジクに手を振って飛び出す。会場は大きな『包み込む撥水の天幕』に包み込まれているため、無防備な状態でも問題はなかった。


「もう呼び出されないように気をつけて」

「おう! すまなかったな!」


 ドアが閉じられると、それ自体が消えて虚空には何もなくなる。とはいえイチジクはどこからか監視を続けているはずだ。俺はゆるく足を動かして泳ぎながら、レティたちがいないか探す。


「あっ、レッジさーん! こっちですよ!」

「もうお説教終わったの? 早かったね」

「すまん、遅れた。イチジクが温情かけてくれて助かったよ」


 レティとLettyの赤髪とウサミミが特徴的で、彼女たちはすぐに見つかった。俺が近づくとすぐにレティたちも気付き、手を振って呼び寄せてくれた。


「もうGMに呼ばれるようなことはしないでよね……」


 心臓が止まりそうだったよ、とシフォンが疲れた顔で言う。心配してくれたようで申し訳なくなり、彼女の白髪を軽く撫でた。


「まあ、間に合って良かったわね。そろそろ始まるわよ」


 エイミーが前方に目を向ける。その先には水中仮設ステージがあり、アストラが挨拶を終えたところだった。


『それでは、開通式を始めましょう!』


 拡声器から彼のはきはきとした声が響く。それを合図に仮設ステージが大きく変形し、巨大なドリル形態へと姿を変えた。そのダイナミックな光景に、主に男性プレイヤーからどよめきと歓声が上がる。


『今回の開通式、執刀医を務めるのは〈ブラッククイーン〉の外科長、モーグリーさんです!』

『ぬほっほっほっ! 今回はわたくしのような一介の医師にこのような大役を頂き、ありがたき幸せ! それでは、早速オペを開始いたしましょう!』


 アストラの紹介で現れたのは医療系バンド〈ブラッククイーン〉の幹部を務めるプレイヤーのようだった。緑色の術衣を着て大きなマスクで顔を覆っているためほとんど姿は分からないが、体格からしてタイプ-ゴーレムの男性らしい。

 彼の合図で同じように術衣に身を包んだ〈ブラッククイーン〉のメンバーが巨大ドリルに取り付く。そして、青い光を帯びながら、ゆっくりとそれが回転を始めた。


「『開腹手術』」


 彼の宣言と共に、〈手当〉スキルのテクニックが発動する。調査開拓員からペットの原生生物まで多くの対象の治療を行うスキルで、それは呑鯨竜にも効果があるようだ。テクニックの発動と共に、ドリルが呑鯨竜の胃壁へと突き込まれる。HPダメージが発生せず、ヘイトも貯まらない。それでも、胃壁は大きく揺れうごいた。


「『麻酔注入』『止血』」


 モーグリー医師の執刀により、呑鯨竜の胃に大きな穴が空いた。


━━━━━

Tips

◇〈手当〉スキル

 傷ついたものを治療するスキル。調査開拓員や原生生物の傷に対処することができる。傷を最小限に留める応急処置から、根本的な病原を取り除く手術まで。極めれば生命の神秘にすら手を伸ばすだろう。


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