第1127話「尋問と情報統制」

 もうもうと舞い上がる粉塵が風に流れ、上空から墜落したナナミとミヤコの姿が露わになる。


『アイタタタ……』

『増設パーツノパージガ間ニ合ワナカッタラAIコアマデ壊レテマシタネ』

「おお、二人とも無事だったか」


 粉々に砕けた増設パーツの山の中から現れたのは、すっきりとした警備NPC本来の姿に戻った二機だった。咄嗟にパーツのパージを行い、それをクッションにしたことでギリギリ耐久力が衝撃を吸収しきったようだ。

 ともかく、これで本当に誰も欠けることなく帰還できたというわけだ。


「よしよし、これで一件落着だな」

『何が一件落着ですか。とりあえずそこから動かないでください。今から貴方を拘束します!』


 終わりよければ全てよし、と思っていた矢先、繋がったままだったTELを通じてウェイドが刺々しい声を放つ。周囲を見渡すと荒れた海の高波を乗り越えながら船がぞくぞくと集まり、海上に背中を露出させた呑鯨竜に調査開拓員たちが上陸し始めている。

 その中にはウェイドとT-1、彼女たちを守る警備NPCの一団もあった。彼女たちは到着すると早々に俺たちを取り囲み、おとなしく投降するように勧告してくる。


「まるで犯罪者みたいな扱いだなぁ」

『私からの召集指令無視したの忘れてませんか?』

「そこを突かれるとちょっと弱い」


 流石に被害の規模が規模ということで、ウェイドも今回ばかりは見逃してくれる様子もない。そもそも俺たちは消耗が激しくて逃げる余力も残っていない。

 俺たちは大人しくウェイドに捕まって、彼女たちが乗っていた艦船へと連行された。


「ところで、そのワンピースは私服なのか? よく似合ってるが」

『ぬあっ!? こ、これは急いで出動したので着替える時間がなかっただけです!』


 独房へと搬送される道中、ふと気になって話しかける。ウェイドの服装がいつもと少し違うのだ。夏らしい麦わら帽子やサンダルなんかも珍しいが、ワンピースも管理者でお揃いのシンプルなものではなくてフリルなどがひっそりとアクセントになったオシャレなものになっている。


「そういえば休暇とか言ってたか。すまんね、そんな時に」

『謝るなら大人しくしててくださいよ』

「それは了承しかねる」

『なんでですか!』


 大人しくしろと言われても、俺自身はそこまで騒がしくしているつもりはない。なんか気が付いたら成り行きで事が大きくなっているだけなのだ。つまり俺にはどうしようもない。

 それに今回に限っていえば、首謀者として挙げられるのはアリエスだろう。つまり俺は悪くない。


『今回の件に関しては、確かにアリエスが発起人であると聞いています』

「お、もうそこまで話ができてるのか」

『T-1が尋問官を務めていますし、誰かと違って素直に話してくれましたよ。呑鯨竜の胃にバカみたいに大きな大根突き刺したお話とかも』

「いや、それはだな……」


 だめだ、なぜか雲行きが怪しい。というかアリエスたちは上級警備NPCたちが尋問に当たっていると言うのに、どうして俺だけウェイドから直々に詰められているんだ。


『そういえばワカメに関する件もまだでしたね。オペレーション“アラガミ”は今の所一定の成果を上げているので、それもまた判断を難しくしているのですが……』

「ミートたちは元気そうなんだな?」

『おかげさまで。ワダツミが環境負荷の監視にリソースを割かれて大変そうですが』

「それはまあ、申し訳ないが頑張ってもらおう」


 オペレーション“アラガミ”という人為的に猛獣侵攻スタンピードを引き起こし、現れた原生生物をマシラに捕食させるという作戦は、ワダツミによって管理される〈剣魚の碧海〉で行われている。この海が他のフィールドと比べてダメージの許容量が大きいというのが一番の理由なのだが、おかげでワダツミには苦労を強いてしまっている。


『その思いやりの一割でも、私に向けてくれるとありがたいのですが』

「ウェイドにもちゃんと感謝してるぞ。そうだ、今度今日の埋め合わせで何か奢るよ」

『別にいいですよ。ベーグルは食べましたし』

「そ、そうか……」


 つんと澄ましたウェイドにたじろいでしまう。少し彼女に迷惑をかけ過ぎたかもしれないな。彼女は調査開拓員全体を管理する立場にあるとはいえ、やはりたまには息抜きも必要だろう。


「あっ」

『なんですか。また厄介ごとですか』


 彼女を労わなければと思った矢先だが、彼女に報告しておくべきことがあるのを思い出す。ウェイドはじっとりと湿った目をこちらに向けてくるが、黙っておくわけにもいかないだろう。


「俺たちが上位次元に入った時なんだが」

『そこのあたりのプロセスも後で詳細を伺いましょう。――それで?』

「上位次元から帰れなくて困っていたら、白い龍が出てきてな。助けてくれたんだ」

『白い龍……。さっきもそんなことを言っていましたね』


 上空からの落下中も少し話したことをウェイドはしっかりと覚えていたらしい。俺が頷くと、彼女は更に詳しい説明を求めてきた。

 とはいえ、俺もそんなに詳細に覚えているわけではない。状況が状況だったし、写真を撮る暇もなかった。

 伝えられるのは、四本足で大きな翼を持った白い龍であるということくらいだ。


『白い龍……白い龍……。なるほど、分かりました』

「正体に心当たりが?」

『貴方にそれを知る権限はありません』


 つれないことを言うウェイド。それなりに付き合いも長いとはいえ、彼女は管理者で俺はその下に属するいち調査開拓員なのだ。俺が知ってはいけない情報というのも多々ある。


『この件は管理者にも共有します。時が来れば、調査開拓員にも情報が開示されるでしょう』

「期待せずに待ってるよ」


 なんだかんだ言いつつ、アレがどういった存在なのか見当が付いていないわけでもない。ただ、それを口にすれば面倒なことになるだけだ。それを分かっているから、ウェイドも視線で『余計なことを言うな』と念を押してくるだけに留めている。


「そうだ、ウェイド」


 話題を別に切り替えるため、俺は彼女に話しかける。


「呑鯨竜の腸迷宮のおかげで〈アトランティス〉攻略の目処も立った。とはいえまあ、俺の中だけでだが……。とにかく、近いうちにポセイドンも連れ戻すよ」

『そうですか』


 ウェイドは銀髪を耳にかけ、呑鯨竜を見る。


『期待せずに待っていますよ』


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Tips

◇カツ丼いなり

 指揮官T-1が重要参考人を尋問する際に使用する稲荷寿司。内部にサクサクジューシーなトンカツを玉子でとじた、新感覚の稲荷寿司。これを食べた者はあまりの美味しさに感動して思わず秘密を明かしてしまうと言う。

“美味しいものを食べれば口も緩むのじゃ!”――管理者T-1


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