第1121話「腸迷宮の攻略法」

「よし、いったん止まろうか」


 いつまでも三つの分岐を繰り返す呑鯨竜の腸内に、いい加減俺たちも違和感を覚えた。このままシフォンの直感頼りで選んだとしても堂々巡りが続く可能性が高いと考え、俺は一度足を止めることを提言する。

 この頃には流れも随分と穏やかになり、ナナミとミヤコも水面で安定的に停泊できるようになっていた。そこで、俺は山小屋テントを十五人収容可能な程度まで広げて設置し、それをナナミとミヤコに支えてもらう形で簡易的な拠点を作った。


「相変わらずレッジさんのテントは便利ですね」

「いつでもどこでも一息つけるのはありがたいね」


 パールシャークから降りてぞろぞろとテントの中へ入ってきたレティたちは、そんなことを言いながら思い思いの場所でくつろぎ始める。そんな様子を見ていたタルトたちも最初は硬い表情だったが、ソファに座って温かい飲み物を飲めば和らいでいった。


「まさかこんなところでコーヒーが飲めるなんて」

「ココア、紅茶、緑茶、ウーロン茶、ソフトドリンクもある程度揃えてるぞ」

「いっそフィールドで商売した方がいいんじゃないの?」


 アリエスもコーヒーを飲みつつそんなことを言う。

 福利厚生の一環として色々とテントの中に揃えているのは事実だが、それで商売を起こすつもりはない。そういうのはすでに先人がいるし、やってもあんまり面白くないだろうからな。


「さて、それじゃあ作戦会議といこうか」


 全員に飲み物が行き渡ったところで本題に入る。テーブルの上に真っ白な紙を広げて、そこに色々と書き込んでいくつもりだ。


「俺たちの目標は、とりあえずこの腸の迷路……腸迷宮を脱することだ」

「なんか嫌な名前ですね……」

「間違ってはないんだけど」


 仮の名前として適当に考えたものを定時するも、女性陣からの反応は芳しくない。まあ、彼女たちが嫌がる気持ちも分からんでもないが。

 ともあれ、ここが呑鯨竜の腸内であることに変わりはないのでこのまま進めることとする。


「腸迷宮のギミックとして考えられるのは、二種類。正しい分岐を選ばないと延々ループしてしまうか、もしくは延々と長い道を進み続けるか」

「はい!」


 レティが手を挙げる。俺が頷くと、彼女は口を開いた。


「それらの違いはなんですか?」

「無限か有限かだ。無限ループの場合は適当に選んでても何も成果はなく消耗するだけ。有限の場合、ゴールではなくとも何か別の場所へ辿り着ける可能性はある」


 とにかく呑鯨竜の体内はまるで異世界だ。正直、どちらもありそうで判断に困る。


「この判断は、とりあえずその辺に印でも付けて進み続けたらいい。進んだ先で印が見つかれば、ループしてる証拠だ」

「けど、ループが分岐点何回で繰り返されるのかが分からないわね」

「そこがネックなんだよな」


 仮に10回分岐点を越えたタイミングで振り出しに戻るのならばまだいい。2000回分岐を越えろと言われたらその途中で野垂れ死ぬ。

 まあ、さすがにそんな鬼畜な仕様はないだろうから、ある程度安心してもいいだろうが。


「とりあえず最初の調査としてはドローンを飛ばそうと思う。それなら途中でロストしても惜しくないからな」


 人員を分けるのは最終手段だ。十五人とかなりの大所帯ではあるが、前人未到の迷宮に挑むには少々心許なくもある。

 俺は小型の偵察用ドローンにいくつかの中継機を搭載した上で、自動操縦の前進設定で解き放つ。電波状況が悪くなれば自動的に中継機を射出し、通信状態を確保した上でかなり長い距離を飛び続けられるものだ。

 これには時間がかかる可能性もあるため、ドローンの映像を表示しながら、話題を進めていく。


「仮に無限ループだった場合、どうやって振り出しに戻ってるのかもよく分からん。知らず知らずにUターンしていて管が最初の分岐につながっているのか、空間が歪んでいてワープしているのか」


 テレポートやファストトラベルといった便利機能がないこのFPOというゲームでワープなど存在するのかと問われれば少々疑わしいが可能性はある。レティやトーカの持つ物質系スキルのテクニックがその手がかりだ。また、都市防衛設備にある物質消滅弾なども、空間そのものにアプローチする技術と言えるだろう。となれば、どこかに空間を歪めてループさせるような手法が存在していても、ギリギリ説明はつく。


「というわけで、アリエス、シフォン、ミカゲには三術スキルの観点から、レティとトーカには物質系スキルの観点から、この腸迷宮を調べてもらいたい。それと、ネヴァには空間構造の調査をしてもらいたいんだが」

「任せて。道具があんまり揃ってないから、時間がかかるかもしれないけど」


 それぞれのスキルに合わせた調査を依頼しつつ、ネヴァの力にも頼る。彼女には以前、一時的に別の空間へと退避することができるテントというものを作ってもらった。その時の技術を流用することで、空間の詳細な認識をしてもらうつもりだった。


「あ、あの!」


 そうして各々の動き方が決まり始めたその時、突如アイが立ち上がる。彼女は手を挙げてこちらをまっすぐに見ていた。


「どうした?」

「わ、私のエコーロケーションでなんとか、できませんかね?」


 彼女からの提案に俺は目を見張る。

 アイは〈歌唱〉スキルなどを高いレベルで扱い、それを戦闘にまで組み込むほど使いこなしている。そんな彼女の持つ技術として、エコーロケーションがあった。コウモリなんかが有名な事例だが、音を発してその反響から周囲の様子を把握する、といったものだ。

 俺もある程度はできるが、アイのそれは精度も効果範囲も桁違いで、まさしく迷宮の攻略には非常に強力な武器となる。

 しかし、アイは人前で歌を歌ったり、大声を出したりするのが苦手だったはずだ。それもあって、俺はあえて彼女の能力には触れずに進めようと思っていたのだが、まさか本人から手があがるとは思わなかった。


「いいのか?」

「だ、大丈夫です。その、ここにいらっしゃるのはレッジさんの知り合いの方ばかりですし」


 少し羞恥は残っている様子だが、アイはまっすぐに頷く。


「それに、私もレッジさんの役に立ちたいので!」


 彼女は頬を赤くしながら言い放った。その言葉に、俺は思わず胸を熱くする。


「分かった。じゃあありがたく頼らせてもらおう」

「はい!」


 アイはぎゅっと拳を握り締める。そんな彼女の心意気に感謝を示し、俺たちはテントの外に出た。


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