第1116話「星々に導かれ」
「じゃんけんポン!」
「じゃんけんポン!」
「あいこでしょ!」
「あいこでしょ!」
呑鯨竜体内観光ツアーが始まろうとした矢先、アイが新たに加入した。しかし足となるパールシャークは十五台しかなく、誰かが二人乗りすることになった。そうして始まったのが、白熱したジャンケン大会だった。
「あの……」
「レッジさんは黙っててください! すぐにレティが頂点を勝ち取りますから!」
「いや――」
「ふふん。そんな事言ったって勝負は分からないよ。どっちが隣に立つのに相応しいのか、決めよっか」
「ちょっ」
「わ、私だって負けません! 突然押しかけたのは申し訳ないですが、アストラから直々に言いつけられていますから!」
「誰も話を聞いてくれないんだが」
俺が入る隙間もなく、レティたちはなかなか決まらないジャンケンを再開する。
レティやトーカは驚異的な動体視力で相手の手を見て直前に変えようとしているし、ラクトはそれを予測して彼女達の裏をかこうとしている。アイまですっかり真剣な表情で、もはやこちらの声も聞こえていない。
「あいこでしょ!」
「あいこでしょ!」
その結果、全然決着がつかず、時間だけが過ぎていく。通りがかった人魚たちは怪訝な顔をしているし、調査開拓員たちは「またやってるよ」と言いたげな顔だ。
「普通に考えて、ラクトとアイが二人乗りしたらいいんじゃないか?」
タイプ-ゴーレムは一人でもギリギリだし、タイプ-ヒューマノイドでもかなり狭い。体格を考えるとタイプ-フェアリーの二人が一つのバイクに乗るのが一番手っ取り早い気がした。
「それで納得するわけがないでしょ」
「なんでだよ」
しかし、ジャンケン大会に参加していないネヴァが即座にそれを否定する。理由を聞いても白けた顔で肩をすくめるだけで、説明してくれない。
「それじゃあ、もう一台作るとか」
「もう材料がないわよ。真珠質がかなり貴重な素材だから」
「ままならんなぁ」
十五台でもかなりギリギリだったようで、もうひとつ試作を重ねているともう素材が足りなくなっていた。
「あ、あの……。わたしたちが二人乗りすれば大丈夫かと」
「おお、それもありかもしれないな」
おずおずと手を挙げたのはタルトたち〈神凪〉の面々。その提案になるほどと頷くも、すぐさまレティたちが飛んでくる。
「そういう訳にはいきません。〈神凪〉の皆さんはそれぞれに役割分担もありますし、それぞれ個別に動けなければ戦闘も思うようにできないでしょう。ですから、ここはレティが――」
「レッジはどっちかというと後衛でしょ! だからわたしと――」
「わ、私はレイピアで前衛もできますし、歌唱と戦旗で支援もできますよ!」
目をぎらつかせてタルトたちに迫るレティたちは、ずいぶんと余裕をなくしている。
というか、彼女たちの口ぶりからして、もしかして俺と二人乗りする人を決めているのか?
「それなら――」
俺が障害になっていて出発が遅れてしまうのは申し訳ない。そういうことであれば、こちらで解決策を考えるのが筋だろう。そう考えて、俺は全員が不自由なく動けるような策を提案した。
━━━━━
『レッツゴー!』
『アマリ大キク動クト落トシマスヨ』
『大丈夫デスヨ。スタビライザーハ正常ニ機能シテイマス』
海底街〈パルシェル〉を飛び出す十五台の白いサメ型水中バイクの一群。そこに紛れて進むのは、呑鯨竜の体外から戻ってきてくれたナナミとミヤコの二機だ。
「よろしく頼むよ、ナナミ」
『オマカセクダサイ』
俺はナナミの背に乗って、レティたちの後を追いかける。
何も全員がパールシャークに乗り込まなければならないというわけではない。消化液に耐えることができて、なおかつパールシャークの機動力について行くことができればいいのだ。
そんなわけで、俺はネヴァと共に改造を施した警備NPCたちに来てもらい、その背を借りることとした。
「こう言うことじゃないんですが……」
「それは卑怯じゃないかなぁ」
「ぐぬぬぬ……」
「チガウソウジャナイ」
何故かレティたちは揃って納得のいかない顔をしているが、これが一番スマートな解決法だろう。なんなら戦力も増えて一石二鳥まである。
ネヴァの作ったパールシャークに乗れないのはちょっと残念だが、ナナミの乗り心地もそんなに悪くないからな。
「アリエス。ここからどこに向かうんだ」
移動手段の問題が解決したところで、アリエスに旅の進路を尋ねる。打ち合わせらしい打ち合わせもしていないツアーだから、彼女に聞かなければ何も分からないのだ。
滑らかに尾を振る白サメに跨ったアリエスは、長い髪を広げながらこちらへ振り向く。
「すべては星の導きのままに、ってね」
「そのせいで貯蓄袋じゃなくて胃袋の方に来たんだが」
そもそも、俺たち先遣隊が胃袋に入ってしまったのは、アリエスの占いを信じたからだ。よくよく考えると星空も見えない呑鯨竜の体内で占星術師に運命を任せるのは浅慮にすぎた気がする。
しかし、アリエスはその件について悪びれる様子もなく、今回も任せなさいと胸を張る。
「星はどこにでもあるものよ。地上の光が強すぎて、普通に見上げただけでは見えないだけ」
「しかし、ここは呑鯨竜の体内だぞ?」
「大丈夫。星はここにもちゃんとあるから」
そう言って、アリエスはおもむろに手を上方へ突き出す。〈占術〉スキルのテクニックらしい何かを発動させながら腕をふり、周囲に煌めく青い粉を振り撒いた。
「さあ、あなた達にも見えるはずよ」
海底街〈パルシェル〉が遠く離れ、監視塔からの光も小さくなる。太陽の光など差し込むことのない巨大な竜の体内で、漆黒の闇が広がった。だが次の瞬間、アリエスの振りまいた粉がキラキラと輝き始める。
「これは――」
「すごい、天球が!」
それを見て、レティたちも驚きの声を上げる。
呑鯨竜の胃袋に、満天の星空が広がっていた。青く光る無数の粒が散りばめられ、神秘的な光景を生み出している。その配置はイザナミの地上から見えるそれとはまるで違うが、確かに星だった。
「〈占術〉は何を見て、何を見出すか。星がないと思えば星は姿を隠してしまうし、星があると思えば盛大に輝いてくれるものよ」
アリエスの言葉を聞きながら、果てなき星海を見上げる。
そして、その光がわずかに蠢いていることに気がついた。
「もしかして、これって……」
「あら、気がついた? 呑鯨竜の消化器系の内壁にくっついてる粘菌よ」
煌びやかな星々の正体は、胃壁に取り付いた小さな無数の粘菌達だった。その正体を知ってタルト達が小さく悲鳴を上げているが、それでもなおこの星空の美しさは変わらない。
「ティーカップに残った茶葉の位置で運勢を占うような術まであるんだから。粘菌占いもあっていいでしょう?」
「そういうもんかねぇ」
空を飾る星々も、近づけば燃え盛る恒星なのだ。アリエスの言う通り、何を見て何を見出すかが重要なのだろう。彼女は青白く発光する粘菌達を見て、そこに星の配置を見出した。ならばそれは確かに星々なのだ。
「さあ、こっちよ」
アリエスは先陣を切って駆けて行く。彼女の行くべき道を指し示すのは、竜の腹に広がる満天の星空の眩い光たちだった。
━━━━━
Tips
◇『星現しの青砂』
占星術師の見る夜空に隠れた星々を明らかにする技。夜天に散らばる星々を青い砂で形取る。
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