第1117話「強さの秘密」
アリエスの案内を受けて、俺たちは〈パルシェル〉を出発した。
監視塔を越えて町を離れると、すぐに待ち構えていた原生生物たちが襲いかかってくる。しかしここにはレティたちも揃っているし、アリエスもルナたちも第一線で活躍する実力者だ。
「てややややーい!」
「せいっ!」
鎧袖一触、とまではいかないものの、危なげなく対処することができていた。
「いやぁ、平和だなぁ」
「これが平和なんですか?」
ナナミの背に乗って後方から激戦を眺めていると、水中バイクに跨ったアイがこちらへ横付けしてくる。今もレティがチョウチンアンコウのような原生生物の発光体をハンマーで潰し、怯んだ隙にトーカが切り刻んでいた。〈白鹿庵〉としてはいつもの光景だが、アイは何かカルチャーショックを受けたような顔だった。
「レティたちアタッカーだけでなんとかなってるならまだ慌てる時間じゃない。エイミーが入ってきたり、ラクトがアーツの準備を始めたら黄色信号、シフォンが泣き出したら赤信号ってところだな」
「わたしのことカナリアか何かだと思ってない?」
むすっとしたシフォンが抗議の声を上げてくるが、実際彼女の危険察知能力は優秀だ。彼女が悲鳴をあげる事態になれば、俺たちも真剣にならざるを得ない。
「レティさんたちも結構激しく戦っているみたいですけど」
「派手に動くのが好きだからだな」
実際、ただ速度だけを優先するならテクニックでも使って撃破し、自分は後方に下がってLP回復に努めるというローテーションを取ればいいだけなのだ。わざわざテクニックを使わない素のアタックだけで激闘を繰り広げているのは、LPを節約して長く戦線に残りたいからにすぎない。
「物資を節約するためじゃなかったんですか」
「レティは腕力特化だし、トーカもかなり腕力にBBを割いてるからなぁ。物資で言えばかなり潤沢に持ってるはずだ」
今も常にブルーブラッドを腕部に極振りし続けているレティは、もはや貯蔵庫と言ってよいほどの所持可能重量がある。まだインベントリ枠自体は本格的に拡張していないらしいが、それでもしもふりのコンテナ以上の容量があるのだから、恐ろしい話である。
仮に彼女が物資を消費しつつ戦ったとしても、五日は動き続けられるくらいはあるはずだ。
「ステータスの極振りはたまに聞きますけどね。レティさんはどうしてあんなに速度を維持できてるんですか?」
俺が脚部、ラクトが頭部、エイミーが胸部、そしてレティが腕部に極振りしているという事実は、かなり親密なプレイヤーでなければ知らないことだ。というのも、外から見ると俺たちがブルーブラッドをそれぞれの部位に極振りしているとは信じがたいらしい。
実際、俺は初期の所持可能重量しかなく、攻撃力補正も最低だ。レティも普通に走れば俺より遥かに遅い。
それでも、目の前で激戦を繰り広げるレティは、脚部にもある程度BBを割いているトーカよりも機敏に動き回っているようだった。
「レティは〈歩行〉スキルで移動速度に補正を掛けてるし、〈跳躍〉スキルで跳ねるような機動をしてるからな」
「バニーホップというやつですか?」
「まあ、そんなところだ」
レティの機動力の正体は、その移動方法だ。彼女が走るとその速度は俺にも敵わない。そのため、彼女は飛び跳ねているのだ。限りなく水平方向に地面を蹴ることで前方へ跳び、その勢いで移動する。基本的には直線にしか動けないが、走るよりも速い移動方法として、RTA勢なんかによく知られている走法らしい。
「つまり、レティさんは常にジャンプしていると」
「そういうことだな。水中でどれくらい同じ動きなのかはよく分からないけども」
驚くアイの目の前で、レティはケラケラと笑いながらハンマーを振るっている。水中でも見事に水を蹴って弾丸のように飛び出している様子を見るに、水中版バニーホップも習得しているようだ。
「Lettyもよくついて行ってるもんだよ」
レティに憧れるLettyも、彼女の動きをじっくりと観察し、研究し、体得している。まだ本人ほどの練度とは言えないが、それでも追随できているのだから凄まじい。
「ちなみにレッジさんはできるんですか?」
「俺はやらないよ」
その答えに違和感を覚えたアイがこちらを向く。
「脚部ステータスが高いし、〈跳躍〉スキルのレベルを上げてないからな。普通に走った方が速いんだ」
「なるほど」
大抵のバランスよくBBを振り分けるステータス構成ならばバニーホップの方が僅かに速くなる。更に〈跳躍〉スキルのレベルを上げてジャンプ力を強化すればバニーホップの速度も上がっていく。
しかし俺は脚部に極振りしている上に〈歩行〉スキルのレベルを上げていて、他の行動スキルもステータスもゼロという極端な構成をしているため、わざわざ小刻みにジャンプする複雑な移動をしなくても、普通に走る方が速いのだ。
「ま、俺たちはステータスの不足分をどうにかこうにか装備補正やらテクニックやらで補ってるんだよ」
「凄いですね……。騎士団の仲間は純粋な強さを求める傾向が強くて、いわゆるテンプレ構成になることが多いんです」
「テンプレねぇ。定番の構成っていうのは、それだけ強くて扱いやすいからだからな」
スキルを合計レベル1050の範囲内で自由にやりくりして、オリジナルの構成を作り上げるのがFPOの醍醐味のひとつだ。とはいえ、これだけ多くのプレイヤーがいると、多くの支持を集めるテンプレ構成というものが出てくるものだ。
例えば近接物理戦闘職であれば〈武器〉〈戦闘技能〉〈武装〉〈歩行〉〈盾〉〈受身〉〈手当〉あたりがマストの選択となる。各スキル90レベルにするとしたらそれだけで630、残り420レベルで個性を出すことになるが、〈支援機術〉スキルで自己強化能力を高めたり、もう一つ武器スキルを追加して手札を増やしたり、行動系スキルで機動力を強化したりとある程度の方向性が定番化している。
騎士団に所属するプレイヤーはビルドの奇抜さよりも強さや扱いやすさといったものを重視している。それもまた、一つのプレイスタイルだろう。テンプレ構成がテンプレ化するには相応の理由があるのだ。
「それに、テンプレ構成は汎用性があるのもいい」
ちょうどその時、レティの方から大きな悲鳴が上がった。
「ほぎゃああああっ!? こ、この魚ぜんぜん打撃が効きません!」
彼女を追いかけているのは何やら柔らかそうな体をした魚だった。打撃を全て吸収してしまうのか、レティの攻撃がほとんど効いていない。しかも、まるで彼女のビルドに対策を施したかのように、小刻みに進路を変える複雑な動きをしていた。
「ぎゃーーーーっ!? こっちに来ないでくださいよ!」
バニーホップはあくまで直線上にジャンプし続ける移動法だ。そのため、急な方向転換はできない。ジャンプした先に素早く回り込む怪魚によって、レティは追い詰められていた。
「ひーんっ! レッジさん、助けてくださーい!」
「彩花流、弐之型――『藤割き』ッ!」
ブヨブヨの怪魚ががばりと口を大きく開いて、レティを丸呑みにしようとしたその時。突如鮮やかな紫の花弁が舞い散り、赤黒いクリティカルダメージの血飛沫が噴き上がる。
「全く。打撃属性は脆弱ですね」
「ぐぬぬぬっ」
怪魚の尻尾を根元から切り落として得意げな顔をするトーカに、レティは悔しそうに唇を噛む。
「レティ達のビルドは尖ってるし、弱点もある。けど、〈白鹿庵〉全員でお互いの欠点を補い合ってるのさ」
「なるほど」
トーカに迫ってきた別の原生生物を、ラクトの氷柱が貫く。ヘイトを溜めたラクトに迫るエネミーは、エイミーが殴り飛ばしていく。彼女達は卓越したチームワークで、一丸となって難敵を排除していくのだ。お互いのビルド、動き方、性格、考え方、それらを熟知しているからこそ、目を合わせたりサインを送ったりする必要もなく、リアルタイムに協力している。それが、彼女達の強みだった。
「――ところでレッジ、いつまでアイと話してるのかな?」
「す、すまんすまん」
近くにやって来たラクトにひと睨みされ、俺は慌てて彼女達の支援を始めた。
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Tips
◇ファットフィッシュ
〈怪魚の海溝〉、呑鯨竜の体内に生息する海棲原生生物。非常に弾力のある分厚い皮を持ち、特殊な皮下脂肪を蓄える。その動きは非常に不規則で捉えづらく、捕食対象の逃げた先へ回り込んで大きな口で丸呑みにする。
プルプルとした肉質でコラーゲンたっぷり。
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