第1115話「秘密の準備行動」
〈白鹿庵〉と〈神凪〉、そこにルナ、ネヴァ、そしてアリエスを加えた総勢十五人。パーティにして三つぶんの大所帯で、呑鯨竜の胃を脱する計画が始まった。
「レッジ達が参加してくれるのは嬉しいけど、そっちは大丈夫なの?」
ひとまずネヴァが人数分のパールシャークを作るというところから始まり、レティたちは物資の買い出しに向かった。ネヴァたちの根城となっている監視塔の中で、ふとそんなことを聞かれる。
これといった任務や用事も受けていない彼女達なら比較的自由に動くことができるが、俺はワカメの品種改良などに携わっているため、そちらがおろそかにならないか心配してくれているようだ。
俺はキーボードを叩いていた手を止めて、ウィンドウから顔を上げる。
「大丈夫。農園は他の栽培師も手伝ってくれてるし、俺がログアウトしてても回るようになってるからな」
「それならいいけど」
それに“増殖する干乾しの波衣”の研究はすでにウェイドが管理している植物園に管轄が移された。正直、こちらでやることはそれほどないのだ。
「ちゃんと書き置きも残しておくから、心配ないさ」
「書き置き?」
ネヴァは首を傾げ、俺の目の前に展開しているウィンドウを見る。彼女の推察したとおり、書き置きは今したためている最中だ。
「出発した後にでも、時間差で見つけてもらえるようにしておく。事前に知らせたら、他にもついてきそうだからな」
「それもそうね。人気者だもの」
もともとこの先遣隊も俺の知り合い何人かに声をかけただけのものだったのだが、噂があっという間に広がってここまで大規模な作戦になってしまったのだ。呑鯨竜の胃を出て消化器系を回るツアーは個人的なプレイの範疇だろうから、わざわざ攻略組の人員をこちらに割いてもらう必要はない。
ネヴァの皮肉のこもった言葉に肩をすくめ、俺は再びキーボードを叩き始めた。
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海底街〈パルシェル〉の一角に建築された調査開拓団の前哨基地。そこで全体の指揮を執るのは、大人数の扱いに長けている〈大鷲の騎士団〉のアストラだった。
この町に先遣隊がやって来て、リアル時間でも数日という期間が経過しているが、いまだにやるべきことは山積している。彼は〈ダマスカス組合〉のクロウリたちとも協力しつつ、拠点の地盤を固めつつ攻略を続けていた。
騎士団副団長のアイが、そんな多忙を極めるアストラに呼び出されたのは、ログインしてきた直後のことだった。
「何か用?」
前哨基地内に設られた騎士団長の執務室に入ったアイは、身内に向けた気の抜けた声を発する。
「来たか」
執務室の中央にある机に向かって、今後の計画と現在の状況とを勘案しつつ修正指示を書いていたアストラが顔を上げる。
特に理由も明かされないまま呼び出されたアイは、少し不満げだ。本来ならば少し予定が空いていたため、レッジの管理しているワカメ畑の様子でも覗きに行きたいと思っていたのに。
そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、開拓団最強の騎士団長は爽やかに笑う。
「レッジさんがまた何か企んでるみたいだ。アイもついていったらいい」
「え゛っ!?」
予想の斜め上から飛んできた言葉に、彼女は思わず目を丸くする。自分の心が見透かされたかと思ったが、流石のアストラもそこまで超人的能力は持っていないはずだ。
「クロウリが管理している物資の売買記録を見たら、レティさんたちが大量に食料やアンプルを買い集めてた。その少し前にはネヴァが機械部品と工具をね。ネヴァは宿舎を3回爆発させてから退去させられてたはずで、今はアリエスと一緒に監視塔を借りてるはずだ」
「率直に言って、気持ち悪いよ」
「あはは。俺はただ記録を追って予測してるだけだよ」
それが生々しくて気持ち悪いとアイは言うが、実兄にその思いが届くことはない。
彼は昔からそうだった。人よりも多くのことを考えて、それを当たり前のこととしている。そのため、周囲の人はまるで彼に全てを見透かされているような恐怖感を覚える。
アストラにとっては、どう考えてもゲームですることではない面倒な軍隊指揮も片手間の遊びに過ぎないのだ。身内のことながら、やはり底知れぬ恐怖すら覚えてしまう。
彼と昔からずっとつるんでいる“銀翼の団”の面々は、よくそれに耐え切れるものだとアイは常日頃から感心していた。
「俺はレッジさんから任されたこの業務があるから離れられないけど、アイがついててくれれば間接的に一緒にいることになるから大丈夫」
「なにも大丈夫じゃないし、その言動は冗談抜きでキモいよ」
「あはは! レッジさんに何かあった時は、アイが守ってくれよ」
妹からの遠慮のない侮蔑の目を受けても動じることなく爽やかな顔面を崩さない青年。そんな様子にアイは深いため息を吐きつつ、それでも彼に感謝した。
「……とりあえず、知らせてくれてありがと。じゅ、準備してくる」
「いってらっしゃい」
緩む口元を隠しながら執務室を出るアイの背中を見送り、アストラは再び猛烈な速度で指示書を書き始める。脳の半分を業務に費やしながらも、もう半分で最近感情を露わにするようになってきた彼女のことを喜ぶのだった。
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「完成!」
「おー」
急ピッチで作業を進めたネヴァは、それから間も無くして十五機のパールシャークを揃えてくれた。真っ白なサメ型の水中バイクがずらりと並ぶ様子は壮観だ。
「こちらも準備できましたよ」
「ナノ粉が地上の3倍の値段でびっくりしたけどね」
買い出しに行ってくれていたレティたちもタイミングよく戻ってくる。力持ちなレティとLettyとトーカが大量の荷物が詰まったリュックを背負い、ラクトとシフォンもアーツの発動に使うナノマシンパウダーを必要なぶんだけかき集めてきた。
外との物流がほとんど断たれていることもあり、物資は〈ダマスカス組合〉が全面的に管理している。彼らも適正な価格を付けてくれているのだろうが、それでも多少割高になってしまうのは仕方がないことだろう。
「道行きの占いも終わったわ。なんとか最高の運勢に
先ほどから何やら熱心に謎の儀式を続けていたアリエスも、やり切った顔でやって来る。占い師としての力を発揮して、俺たちの旅の運気を上げてくれていたらしい。運気が未来を左右するのはシフォンの一件で骨身に染みているから、彼女もしっかりと労う。
「それじゃあ、早速出発――」
全ての準備が整ったのを見て、ルナが勢いよく拳を上げようとしたその時だった。
「ちょ、ちょっとまったー!」
「うおっ!?」
突然、外から声が飛び込んでくる。驚いて振り返ると、そこには淡いピンクの”舞い踊る青領巾“を装備したタイプ-フェアリーの少女――アイがいた。
「アイ!? どうしたんだ、こんなところで」
「レッジさん達が何か企んでいると知って来たんです」
「げぇ」
戦旗とレイピアを装備して完全武装のアイが言う。それを聞いて思わず呻き声を漏らしてしまった。
せっかく混乱させないようにと静かに準備をしていたのに、どこで気付かれたのか。それよりもとにかく、どう説明すれば許してもらえるだろうか。そんなことを考えていると、アイはヒレを揺らしてこちらへ泳いでくる。
「安心してください。別にレッジさんのやらかしを阻止するために来たわけじゃないですから」
「えっ? そうなのか」
なんだ、それなら安心だ。
アイが何やら張り切っているから、死ぬ気で引き留めてくるのかと思ってしまった。
彼女は水の中で広がるローズピンクの髪を整え、こちらへ目を向ける。
「私も連れていってください」
「ええっ!?」
予想していなかったその言葉に、今度はレティたちが声を上げる。
「な、なんでですか!? アイさんは忙しいんじゃ……」
「騎士団長に頼まれたんですよ。レッジさんの側に付いていなさいと」
「そ、そんな……」
愕然とするレティに、何故か勝ち誇った様子のアイ。
「つまりまあ、アイも参加したいってことだろ? それなら別に歓迎するが」
「ありがとうございます」
彼女は知らない仲でもないし、今更ひとり増えても変わりはないだろう。そう思って、アイの参加を了承する。……した後でそういえばこれの発起人はアリエスだったと思い出して彼女の顔を窺うと、仕方なさそうに頷いた。
「けど、問題が一つあるわよ」
急遽アイが参加したのを受けて、ネヴァが手を挙げる。彼女の目の前にあるのは、ずらりと並んだ十五台のパールシャークだ。
「誰か一組は二人乗りしてもらうことになるけど」
彼女がそう言った瞬間、レティたちの瞳がきらりと光ったような気がした。
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Tips
◇作戦指示書
〈指揮〉スキルによって作成できる特別な書類。調査開拓員同士での大規模行動に使用される。この作戦指示書に記された行動を遂行する場合、調査開拓員の各種能力が上昇する。
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