第1113話「一難去って」

 俺が提案した食料共有計画はウェイドによってオペレーション“アラガミ”という名前で策定、実施された。結果は上々で、ミートたちは久々に満足いくまで肉を食えてハッピー、人為的に引き起こされた猛獣侵攻スタンピードも問題なく収束し、管理者側もリソース供給に躍起になる必要がなくなった。まさにWin-Winの解決策となったわけだ。


「それじゃあ、レティたちが〈アトランティス〉を攻略する理由って……」

「ポセイドンを救い出す。それだけだな」


 着々と調査開拓団と人魚の共同作戦の準備が進むなか、俺たちはオペレーション“アラガミ”の成功を共有した。

 元々の目的であったマシラの救済が達成された今、俺たちが〈アトランティス〉に挑む理由はポセイドンただひとつとなった。もちろんそれ以外に、第零期先行調査開拓団の謎を探るという目的もあるにはあるが、そっちは副次的なものだ。

 時間的な制限がなくなったため、作戦の実行に向けての準備に時間がかけられるようになったのは大きな成果である。


「こっちの基盤もだいぶ整ってきたし、そろそろ乗り込む手順を確認する段階になってきてるんじゃない?」

「そうだな。まずは胃袋から貯蓄袋まで移動しなきゃならん」


 ラクトの提起した問題は、俺たちもずっと頭を悩ませているものだ。

 俺たちがいるのは呑鯨竜の胃袋であり、〈アトランティス〉があるのは貯蓄袋。まず第一に、そこへ移動する手段を見つけなければならない。


「人魚たちはどうやってこちらへ避難してきたんですか?」

「ベンテシキュメによれば、穴を通ってきたらしいが……」

「一度食道に向かって、分岐点から貯蓄袋に入ってきた、ということでしょうか」


 トーカの示したルートは、貯蓄袋から食道の分岐点、そして胃袋というもの。しかし、その道順を当時の人魚たちが取れたかは疑わしい。


「胃袋も貯蓄袋も、食道につながる穴は水面よりもかなり上の方にある。呑鯨竜が寝返りでも打たないかぎり、あそこには届かないんだ」

「そうですか……」


 人魚たちは水の中であれば自由に泳ぎ回ることができるが、水上に出てしまうと著しく行動が制限される。彼らが水面上を監視するために建てた塔も、胃袋の穴に届くほどの高さはない。

 それに、呑鯨竜の食道は基本的に食べたものが逆流しないように弁のようなものが付いている。ナナミやミヤコが外に出られたのは、機動力と火力で強引に突破したからだ。

 調査開拓団もいまだに呑鯨竜の内外を行き来する安定した手段は確立できておらず、時折彼が大きく口を開けたタイミングを見計らって、一気に人と物を流し込んでいるのが実情だ。


「ベンテシキュメが言うには、貯蓄袋から胃袋へとつながる管があるらしい」


 そもそも貯蓄袋の役割は、長期間にわたって捕食行動ができない呑鯨竜が飢餓を乗り越えるための非常食を蓄えておくことだ。当然、そこに蓄えたものを胃袋へと送る器官もどこかにあるはずだった。


「それなら話が早いじゃない」


 エイミーがにこやかに言う。


「さっさとその管を見つけて通ればいいのよ」

「それが見つかれば、苦労しないんだよ」


 現在、騎士団やBBCを筆頭に、多くのプレイヤーが〈パルシェル〉の臨時基地を拠点として胃袋の探索を行っている。しかし暗い水中ということもあってなかなか活動が難航しており、いまだにそれらしい穴は見つかっていない。

 そもそも、人魚たちがその存在を知らないのだから、かなり絶望的な状況だ。


「八方塞がりですねぇ」


 現状を聞き終えたレティががっくりと肩を落とす。しかし直後にぴこんと耳を立てて、何やら名案を思いついた顔で立ち上がる。


「そうだ! 胃壁を破壊すれば!」

「やめろやめろ。呑鯨竜が暴れたらそれこそ終わりだぞ」


 人魚たちが立派な町を築けたのも、〈アトランティス〉が何千年とあり続けるのも、呑鯨竜が海底で静かに眠っていたからだ。もし、彼の体にダメージを与えて身じろぎでもされたら、大地震が俺たちを襲う。


「そうは言っても。それしか方法はないんじゃないですか?」


 せっかく思いついたアイディアを無碍にしたくないのか、レティはしつこく喰らいつく。


「そもそもどこの壁を切ったらどこに繋がるかも分からないだろ。胃と貯蓄袋が隣接してるとも限らないし」


 呑鯨竜はとにかくでかい。臓器も町がすっぽりと収まり、独自の生態系が築かれるくらいに途方もなく大きい。そんな中でで壁の向こうの様子も分からないままに傷つけることはできない。


「せめて呑鯨竜の体内をしっかり把握できれば、なんとかなるかも知れないけどな」

「この大きさの生物の解析となると、どれだけ時間がかかるんでしょうか……」


 ちょっとした島並の大きさを誇る生物となると、その全てが規格外だ。現在も調査は進められているものの、その進捗は芳しくない。


「あら、随分と暗い空気ね」


 議論がなかなか前に進まず気持ちも停滞していると、不意に声をかけられる。顔を上げると、そこには髪を靡かせたアリエスがいた。彼女は俺たちが揃っているのを見て、何かを思いつた様子で口を開く。


「ちょうどいいわ。ちょっと付き合ってくれない?」

「何するんだ?」

「ちょっとしたツアーを思いついたのよ」


 訝る俺たちに対して、占い師はそう言って妖しく微笑んだ。


━━━━━

Tips

◇呑鯨竜の胃壁

 呑鯨竜の胃袋を構成する組織。非常に強靭で耐久性がある。強力な胃液にも耐えるだけの堅牢性があり、また表面は分泌された粘液によって滑らか。登攀も難しく、胃袋に送られた獲物はそのまま死を待つしかない。


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