閑話「あるメイドロイドの受難」

 シード01-スサノオ。18時30分。中央制御区域、制御塔二階。上級機械人形格納庫。

 ここは上級NPCと呼ばれる調査開拓員たちが待機する小さな部屋がずらりと並んだ場所だった。

 上級NPCとは警備NPCや一般的な店舗販売員NPCなどとは異なり、高性能な人工知能を搭載し、専用の学習プログラムをインストールされた存在である。その話ぶりは滑らかで、語彙も低級NPCとは比較にならないほどに多彩だ。しかし、一番の特徴は人工知能と仮想教育クラス教育課程のランダムな組み合わせによって、それぞれに個性と呼べるような差異が生じている点だ。

 職業適性検査試験では基本技能、自己管理、戦闘、清掃、極限行動、知能強度、情報処理、協調性の八項目で能力を測られ、その結果を受けてNPCたちはそれぞれに適した職業へと斡旋されていく。


『今日もダメでしたか……』


 しかし、試験の結果によっては適職なしと判断されるNPCも存在する。この格納庫にはそういったいわゆる“落ちこぼれ”が一定期間収容されているのだ。


『自己鍛錬……。今日はお掃除をしましょうか』


 落ちこぼれたちは格納庫内で自主的な鍛錬を行い、職業適性検査試験の成績を上げてゆく。そうして何とか職を見つて外へと出ていくのだ。


『あと、三日……』


 しかし、一定期間就職先が見つからなかった上級NPCは、ラベルを“落ちこぼれ”から“欠陥品”へと張り替えられる。人工知能は初期化され、機体も有機神経ネットワークは廃棄、外装や人工筋繊維などの部品はリサイクルに回される。本人たちにとっては、自己の消滅――つまり死ぬことと同義であった。

 格納庫の一室で力無く箒を動かしているFF型NPC-213、個体名“ユア”もまた、三日後に処分が迫っている崖っぷちの少女であった。

 タイプ-フェアリー機体の上級NPCは調査開拓員たちからの人気もあり、高級店の店員やメイドロイドなど多くの現場で活躍している。しかし、逆に言えば競争率が非常に激しいということでもあり、ユアはそこの熾烈な衝突に競り負けていた。

 毎日18時半になると、その日のデータを元に就職判定が行われる。都市の中枢演算装置〈クサナギ〉による公平公正で正確無比な判断を受けて、彼女たちはそれぞれの道に振り分けられる。

 ユアの今日の判定は――適職なしであった。


『……』


 ユアは力無く埃ひとつない格納庫を掃く。

 彼女の試験成績は、協調性が97点と高い一方、戦闘や極限行動、知能強度、情報処理といった多くの項目で30点以下をマークしている。一般的に協調性と清掃で好成績を収めたNPCはメイドロイドになるが、タイプ-フェアリーのメイドロイドは競争が激しいため、ユアが希望を叶えるのは現実味のない話だった。

 メイドロイドとは、都市管理部拠点保安課に所属するNPCたちのことで、調査開拓員たちが拠点とする施設、ガレージの維持管理を主な任務とする。調査開拓員を衣食住の観点から支える重要な役職であり、それゆえに求められる能力も高いのだ。


[Pipi! 清掃器具ノ扱イガ正常デハアリマセン]

『あわわっ!? ご、ごめんなさい!』


 どんよりと気持ちを落としながら箒を動かしていると、教育プログラムが減点を知らせる。その無機質なアナウンスを聞いて、ユアは余計に落ち込むのだった。

 通常、この格納庫に調査開拓員がやってくることはない。彼らからすれば、適性検査をクリアしてメイドロイドとしての能力を認められた者を雇えばいいだけなのだから。しかし、ここにいるNPCたちの間では『この格納庫から救い出してくれる優しい調査開拓員がいる』という噂がまことしやかに囁かれていた。


『わたしも、誰か迎えに来てくれないかな』


 そんな彼女の思いは、再び箒の動きが止まったことを指摘する教育プログラムの電子音によって中断されるのだった。


━━━━━


 シード01-スサノオ。18時30分。中央制御区域、制御塔二階。上級機械人形格納庫。

 ユアがここに送られて、30日目の夕方。この日が彼女の運命の分岐点だった。


『お願いしますっ!』


 ユアは固唾を飲んで結果が出るのを待つ。誰に何を願うのかも自分自身で分かっていなかったが、何度も繰り返し行った教育プログラムによってそんな所作が自然と身に付いていた。


[就職判定……適職なし]


 だが、現実は無常であった。


『そんな』


 目の前が真っ暗になるユア。足元の床が崩れるような喪失感が全身を襲う。愕然とする彼女に、天井から垂れ下がった無骨なマシンアームが迫る。


『いや……』


 あのマシンアームの先端が胸元のコアに接続し、情報初期化プログラムを注入すれば、その瞬間にユアは死ぬ。自己保全の原則によって、ユアはその事実に耐え難い恐怖を抱いていた。


『誰か! 助けてください!』


 彼女はドアに張り付き、小さな窓から外を覗く。小さな拳で力強く叩く。大きな声を張り上げる。しかし彼女の発した音は遮音設備によって一切が封じられていた。

 この格納庫では、毎日数十の上級NPCたちが処分されている。ユアもまた、この三十日間の一度たりとも、彼らの恐怖の声を聞いたことはなかったのだ。


『誰か! 誰か!』


 背後からマシンアームの迫る、甲高い駆動音が近づいてくる。その無機質な音が彼女の恐怖心をさらに煽った。

 ユアは瞳に涙を浮かべ、アームパーツが破壊されるのも構わずドアを殴り続ける。スキンが破れ、人工筋繊維が断裂し、ブルーブラッドが流れ出す。視界にはいくつもの警告が浮かび、耳にはけたたましいアラートが鳴り響く。


『誰か!』


 叫ぶ。喉が張り裂けるほどに。


『助けて!』


 その声は、誰にも届かない。


━━━━━


「〜〜〜〜♪」


 聴覚センサーが微細な音を拾う。金属の擦れるようなノイズに混じって、一定の軽やかなリズムで奏でられる、音楽のようなものだった。

 その聞いたことのない音は、徐々に鮮明になっていく。センサーが機能を取り戻し、ノイズキャンセリングが実行されていた。


「あ、目が覚めた?」


 頭上から、そんな声を掛けられた。


「とりあえずギリギリコアの救出はできたのかな。こういうの弄るのは初めてだから行き当たりばったりだったけど」


 音量が安定しない。まだセンサーが本調子ではない。しかし、彼女の声が聞こえている。声を聞くことができている。


『わ、たし……』

「あ、喋れるようになったわね」


 次々に機能が回復していった。潰れていたはずの喉が震え、声が出る。

 ユアはそんなことに違和感を覚え、違和感を覚えたことに驚いた。


『なんで、死んで……?』

「それはもちろん、私が助けたからよ。ほらっ」


 声の主が何かの仕上げを行った。それを合図に、ユアの目に光が差した。

 眩しいライトの光に瞼を閉じる。そこで、彼女は自分が作業台のようなものに寝かされているのだと気がついた。頭を上げると、スキンのない剥き出しの機体が目に入る。胸部に嵌め込まれたコア――“八尺瓊勾玉”の量産品――に無数のケーブルが繋がっている。

 腕部もすっかり綺麗に修理され、滑らかなスキンが被覆されていた。


「こっち見える? 意識に混乱はない?」

『わわっ!?』


 真横から声が響き、ユアは驚く。顔を向けた先にいたのは、大柄なタイプ-ゴーレムの調査開拓員だった。分厚いデニム地のツナギを着て、上半身はラフな白いシャツで、分厚い胸部装甲が勢いよくその下から自己主張している。健康的な褐色のスキンで、切れ長な目をした美しい女性の姿をしていた。


『えと、その、ちょ、調査開拓員さん、ですか?』

「そうね。私は調査開拓員ネヴァ。しがない鍛治師よ」


 ネヴァの自己紹介を聞いて、ユアはようやく自分のいる部屋がどこかの工房であることに気がついた。気温が高いのは近くの炉で火が踊っているからだ。


『どうして……』


 ユアはいまだ混乱の抜けきらないまま、ネヴァに事情を尋ねる。

 自分は30日の待機期間を経て、その間に適職が定まらなかった。だから、あの時、停止処置を受けることになったのだ。


『うぅっ!』

「大丈夫?」


 迫り来るマシンアームの恐怖がフラッシュバックし、ユアは頭を抱えてうずくまる。そんな彼女を、ネヴァは優しく抱いて背中を撫でた。


「どうしてあなたを助けたか、っていう話なら」


 ユアの聞きたいことを予測して、ネヴァはそっと囁くように語り出す。


「面白そうだったからね」

『…………えっ?』


 思っていた答えとはかなり違う理由に、ユアはきょとんとする。慌ててネヴァの顔を見ると、彼女は艶然とした笑みを浮かべて彼女の髪を撫でていた。


「だって、NPCの機体をバラ――分解する機会なんてそうそうないでしょ? 壊れたらアップデートセンターで機体を交換するだけだし、それだと内部構造がよく分かんないのよ」

『えっ? えっ?』

「だから、システムがいらないって判断したのを持って帰ろうかと思って。格納庫で廃棄処分にされそうなところに割り込ませてもらったの」


 ギリギリだったわ、とネヴァは悪びれる様子もなく笑う。

 彼女は強固な警備体制にある格納庫に忍び込み、廃棄が決定したユアを横取りしたのだ。コアに流された情報初期化プログラムを中和し、曖昧な分類の隙間に落ちた彼女を抱えて逃げ帰った。


『そんなこと、どうやって……』

「知り合いにそういうのが得意な人がいるのよ」


 そう言ってネヴァが得意げに見せたのは、制御塔のエレベーターを動かすためのセキュリティキーと、中和プログラムの入ったメモリーカードカートリッジだった。


「今回突破しちゃったからセキュリティも厳しくなるだろうけど。まあ、あなたを持って帰れたからもう十分満足したわ」

『はわ、わ……』


 ニコニコと子供のような笑みを浮かべるネヴァに、ユアは震える。

 ネヴァは彼女の肩に手を置き、その瞳を覗き込む。


「安心して。適性検査で適職が見つからなくても、調査開拓員が強く希望すれば雇えるみたいだし。よかったら、ウチでメイドロイドやってくれない?」

『ええっ!?』


 提示されたのは願ってもないものだった。

 いつか自分をあの狭い部屋から連れ出してくれる人が来てくれることを夢見ていた。それがいま、間違いなく叶えられている。何かが違うと思っていても、まだ生きられるという喜びの方が強かった。


『でも、わたし、能力が低いですよ?』

「そこは私に任せなさい。――いろいろ、アイディアが湧き出て止まんないのよ」


 無邪気なネヴァの笑い声。ユアは一抹の不安を胸に抱きながらも、彼女の差し出した手を取った。


━━━━━

Tips

◇上級機械人形盗難事件

 シード01-スサノオにて発生した、上級機械人形の盗難事件。中央制御区域、制御塔二階の上級機械人形格納庫のセキュリティが突破され、廃棄処分が確定したFF型NPC-213一機が盗まれた。

 この事件の首謀者、および共犯者はすでに判明。処罰として、首謀者には2000万ビットの賠償金、共犯者にはセキュリティプログラムのアップデート任務を課した。

 盗まれた上級機械人形FF型NPC-213については、本人の強い意向もあり首謀者である調査開拓員ネヴァのメイドロイドとして雇用された。


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