第1112話「最善の策」

――惑星イザナミ、第一開拓領域〈オノコロ島〉、第六域〈剣魚の碧海〉洋上。時刻はイザナミ標準時07:00。

 急ピッチで建設が進められた洋上プラントに管理者ウェイド、管理者ワダツミ、管理者コノハナサクヤ、そして指揮官T-3の4名が集っていた。周囲には厳重に武装した特殊警備NPCたちが警戒態勢で駐機し、プラントの周囲にも重武装の戦闘艦NPCが陣形を組んで停泊している。


『本当に実行するんですか?』

心配ですWorry。本当にこのような試みが成功するんですか?』


 小さなプラントの上に集まった4名のうち、コノハナサクヤとワダツミは不安げな表情をしている。


『一応、事前シミュレーションでは十分な結果が出ています。シード01-ワダツミとも十分に距離が離れていますから、都市に被害は出ないでしょう』


 T-3はそう言って、二人を宥める。だがその言葉にも力はあまり入っておらず、むしろ彼女たちの不安を煽るようなものだった。


『大丈夫です! というより、もはや我々にはこれしか道は残っていないんです!』

『ウェイド、目が怖いですよ』


 大きな声で力説するのは、瞳孔の開き切った銀髪の少女――ウェイドである。

 今回の計画はウェイドによって持ち込まれ、T-3が検証し、ワダツミとコノハナサクヤがアドバイザーとして就き、特例的に多くの稟議プロセスをスキップした上で実現したものだった。

 目標は調査開拓団壊滅の危機回避。そのために、大量の動物性タンパク質系食糧リソースを獲得することだ。

 連日のワカメ料理で不満を膨らませているマシラたちが爆発するまえに、なんとか腹を満たせるだけの食料を集めなければならない。その時間的猶予はもはやすぐそこまで近づいて来ている。


『オペレーション“アラガミ”――実行を要請します!』


 ウェイドが大きな声で叫ぶ。


『……承認』


 指揮官T-3がその要請を認める。ワダツミ、コノハナサクヤもそれに続き、オペレーション“アラガミ”が開始された。

 洋上プラントの周囲に展開していた武装船艦たちが艤装を動かす。ブルーブラストエンジンの青い炎を噴き上げながら、猛烈な力をみなぎらせる。それと同時に、管理者たちはプラントのヘリポートで暖気運転をしていた管理者専用機へと素早く乗り込む。


『シード投下まで、10』


 ウェイドによるカウントダウンが始まる。

 特殊警備NPCたちが装備を展開し、この後に始まる事態に備える。


『周辺で待機中の調査開拓員たちへ、作戦開始を告知します!』


 事前のプロトコルに従い、メッセージが一斉に送信される。対象者は〈剣魚の碧海〉にて活動中の全調査開拓員。フィールド内の危険度が非常に高まることを予報し、非戦闘職の退避を促すものである。


『環境負荷測定。正常値を確認』

『システム正常all green。領域設定完了』

『イザナギから報告。現在、問題なし』


 激しい音と共に回転翼を動かし、管理者専用機が浮き上がる。その内部で四人の少女が無数の情報を処理していた。


『――3、2、1。シード投下』


 そして、カウントダウンがゼロになる。

 プラントに内蔵された八重の防護機構が解除され、海面に向けて伸びたノズルから小さな瓶がひとつ投下される。それは着水数秒後に水中で内部機構を起動させ、濃縮された栄養液と種子を合わせる。

 その瞬間、海が揺れた。


『原始原生生物“増殖する干乾しの波衣”萌芽確認! 急速成長!』

『事前のデータと比較して成長速度が著しく速いです! さ、300倍!?』

『レッジ、あの人また魔改造してますね!?』


 爆発的な勢いで、海が黒く染まる。洋上プラントは薄いプラスチックの模型のように儚く粉々に砕け散り、蠢く海藻の中へ呑み込まれる。特殊警備NPCたちが次々と火力を叩き込むが、それが効果を及ぼしている様子は観測できない。

 あまりにもワカメの成長が速かった。


『急速離脱! 飲み込まれたら終わりですよ!』


 ウェイドの命令で管理者専用機はエンジンを唸らせる。多少姿勢が不安定になるのも構わず、垂直に高度を上げていく。海面から膨れ上がるワカメが、彼女たちを食らおうと迫る。


『物質消滅魚雷射出!』


 ワカメの大波に飲み込まれながらも、戦闘艦NPCたちが搭載した巨大な魚雷を次々と投下する。大規模な機術が封入された特殊な魚雷は、直後に爆発。そして、周囲の空間を球状に切り取った。

 頑丈な装甲を持つ戦闘艦NPCもその巻き添えを喰らいながら、次々と爆発が起こり空間が虫食いのように抉られる。しかし、真空となったそこに流れ込むようにワカメが増殖し、瞬く間に埋めてしまった。


『離脱成功! ワカメの限界高度を突破しました!』

『ひとまず安心ですね』


 しかし、物質消滅魚雷によってワカメの成長がわずかに阻害されたことが奏功し、管理者専用機は高度100メートルを突破した。ワカメは自重によってそれ以上の高さまでは生長できず、大人しく海面下へと腕を広げていく。


『しかし、本番はここからですよ』

『環境負荷測定。シミュレーション時よりも急速にストレス値が上昇しています』

『周囲の原生生物が大規模な移動を開始。連鎖反応によって既にフィールド全域に影響が広がっています』

よしよしnice! 流石に野生は敏感ですね』


 海の真ん中で生まれたワカメは、周囲の原生生物もろとも海水を飲み込みながら生長していく。その衝撃は瞬く間に伝播し、小魚から巨大イカまで、あらゆる原生生物たちが逃亡か防御態勢を取り始めた。

 だが、ワカメは異常だった。逃げたものを追いかけて取り込み、閉じた殻を容易く破壊する。これまでの常識が全て通用しない太古の怪物が唸り声を上げる。


『環境負荷測定。ストレス値、基準値を突破』

『第二部隊、爆弾投下』


 ウェイドの指示を受け、プラントから遠く離れて待機していた戦闘艦NPCたちが動き出す。

 次々と飛沫をあげて投げ込まれるのは、内部に乾燥花弁火薬を詰め込んだ高機能爆弾である。信管が作動し、燃え上がる。次の瞬間、戦闘艦NPCの大規模な船団が無数の鉄屑となって荒れた海の中へ沈んでいった。


『第二部隊壊滅。爆弾は全て作動しました』

『環境負荷測定。危険域へ到達。原生生物の非常行動が多数確認されています』

『順調! 全調査開拓員に通達! ――これより、〈剣魚の碧海〉は猛獣侵攻スタンピードの発生を宣言します!』


 ウェイドの声がフィールド中に響き渡る。

 海が泡立ち、荒波が突き上がる。猛烈な勢いで規模を拡大する原始原生生物のワカメに追い立てられるようにして、狂乱した魚たちが暴れ出す。彼らは何が敵かも分からないまま、混乱の渦中で激しく踊る。平時であれば調査開拓員たちの前に姿を現さないような大物たちまでもが、轟く咆哮をあげていた。


『イザナギ、準備は?』

『――できてる』


 ウェイドは最後の通信を行う。相手は沿岸部で待機しているイザナギだ。彼女の応答を待って、ウェイドは最後の大詰めに入った。


『――変異マシラの拘束解除』


 怪物たちが、解き放たれた。


『わーーーいっ!』

『とびこめーーーっ!』

『うぉおおおおおっ!』


 洋上プラント建設地点から遠く離れた砂浜から、次々とマシラたちが海へ飛び込む。彼らは停泊している戦闘艦NPCの導きを受けながら、真っ直ぐに泳いでいた。

 そして――。


『食べ放題だー!』

『お肉! お肉! タンパク質!』

『イカのおどりぐい!』


 猛獣侵攻スタンピードによって現れた大量の原生生物たちへ勢いよく喰らいつく。分厚い皮も、硬い鱗も、鋭利な牙も、すべてマシラたちには意味を成さない。原始の怪物に追い立てられた魚たちは、前方から現れる別の怪物たちによって食い散らかされる。

 もはや抵抗は虚しいだけ。あるのはワカメに飲み込まれるか、巨獣に喰われるかの二者択一。争うことのできない死。


『……順調ですね』


 バシャバシャと飛沫をあげる海面の、地獄のような惨状を見ながらウェイドが言う。

 オペレーション“アラガミ”はレッジによって基本的な進行が画策された、マシラの腹を満たすための計画だった。それは“増殖する干乾しの波衣”を任意の地点で萌芽させ、フィールドの環境負荷を高めるというもの。これによって意図的に猛獣侵攻スタンピードを発生させる。

 猛獣侵攻スタンピードが発生すれば、フィールド上には平時よりもはるかに大量の原生生物が現れる。彼らは混乱に突き動かされるままに暴れる。そこへ、腹を空かせたマシラたちを投入するのだ。

 ミートたちが原生生物を食うことで、猛獣侵攻スタンピードはやがて収まる。その頃にはマシラの空腹も満たされている。そういう算段だった。


『わはははー! おにくいっぱい!』


 巨大なイカの上に乗り、そのゲソを噛みちぎるミートが見えた。彼女は頭上の花を大きく咲かせて、嬉しそうに飛び跳ねている。一矢報いようと飛び出してきた巨大なカジキマグロに似た原生生物は、横から手を伸ばしてきたゴリラ型のマシラによって喰われた。

 日頃の鬱憤を晴らすように、マシラたちは次々と原生生物を飲み込む。副菜としてワカメを食べるものもいた。


『ワタシのフィールドが……』


 その混沌とした様子を見ながら、ワダツミが萎びた声を漏らすのだった。


━━━━━

Tips

◇オペレーション“アラガミ”

 調査開拓員レッジによって提案され、管理者ウェイドによって計画された特殊作戦。

 調査開拓地にて原始原生生物による意図的な環境負荷の上昇を引き起こし、猛獣侵攻スタンピードを発生させる。これによって現れた大量の原生生物を空腹状態のマシラの食糧とする計画である。

 環境負荷はマシラの捕食行動によって減少し、短時間で猛獣侵攻も停止すること、同時に満腹状態となったマシラもイザナギの支配下に収まることが事前のシミュレーションによって確認されたため、T-3によって承認された。

 実行には管理者ウェイド、管理者コノハナサクヤ、指揮官T-3、および実施地域の担当管理者の監督を必要とする。


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