第1111話「風が吹けば」

『どうしてくれるんですか! あなたの持ち込んだワカメのせいで暴動が!』

「流石にそれは俺のせいじゃなくないか!?」


 スピーカーから響く怒声に俺も声を張り上げる。

 ウェイドが語ったのは、以下のような話である。俺が呑鯨竜の胃袋で人魚のワカメと“蟒蛇蕺”を交配して作った“増殖する干乾しの波衣”の種が無事にナナミたちによって外へ届けられた。〈海魚の海溝〉で立派に育ったワカメを、ウェイドたちはマシラたちの消費する食料リソースとして活用することを決めた。

 ここまではまあいい。問題はその後だ。


「そりゃあ、何日も連続でワカメ出されたらキレるだろ」

『うぐっ。で、ですが――』


 ウェイドはマシラたちに提供する食事を、全てワカメで賄おうとしたらしい。一応米や味噌なんかも使ったと弱い反論が返ってきたが、結局主食となっているのはワカメである。

 マシラたちの食性は多種多様で、大抵は雑食だが肉が好みだったり野菜が好みだったりと分かれるところもある。そんなところへ連日ワカメオンリーの食事が出てきたら、俺でも不満をあげる。


「ワカメは副菜的に使って、肉を出してやればいいじゃないか」

『それは無理です! 原生生物の家畜化は非常に難しいですし、狩猟によって集めるというのも不安定ですから』

「ならせめて、ワカメ以外にも野菜とかを出してやれよ」

『それは……その……』


 なんだか歯切れの悪くなったウェイドに、何か事情があるのを察する。

 俺は近くにあった逆さまの植木鉢に腰掛けて、話を聞く体勢を整える。そうしている間に、ウェイドも意を決して口を開いた。


『実は、ワカメの供給が増えたこともあって、野菜が買い取れなくなったんです』

「なんでだよ。野菜の買取価格を上げればいいじゃないか」


 調査開拓団は高度な経済システムを導入しており、指揮官や管理者はアイテムの売買価格をある程度操作することができる。需要の大きなものは価格を上げ、需要の少ないものは価格を下げるといった操作をすることで、リソースを効率的に運用するのだ。

 しかし、ウェイドは「それでもダメだ」と首を振る。


『買取価格を上げても、誰も売らない――というより作らないんです』

「なぜ?」

『その、ほとんどの耕作地が綿花の栽培に転用されてしまっているようでして』


 ウェイドから告げられた現状に疑問符が次々と浮かぶ。


『いま、綿花の需要が急拡大しているんです。価格もどんどん上がっていって、もはや野菜をその価格で買い取ったら採算が取れなくなってしまうくらいで』

「そういえばカミルも綿花がよく売れるって言ってたなぁ」


 戸惑いを孕んだウェイドの声に、俺も以前カミルから聞いたことを思い出す。何やら調査開拓員の間で綿花や布製品といったアイテムの需要が上がっているらしい。それに伴って栽培師たちは綿花を作り、価格を釣り上げる。それでも買い手が付くため、更に耕作地の作物を綿花に変えて商品供給量を増やしているらしい。


「どうしてこんなことに?」

『何やら、どこからか管理者が好きな衣装を着てくれるという噂が広がったようです。それで、皆が思い思いの衣装を用意するために布を集めているようで』

「なるほどなぁ」


 その噂は呑鯨竜の胃袋でも聞いたような気がする。ビキ愛のおっさんなどが白熱して語っていたはずだ。


「実際、ウェイドもなんか着るのか?」

『着ませんよ! 根も葉もない噂です!』

「ええ……。じゃあ、噂に踊らされた調査開拓員のせいで食料供給が滞ってるのか?」

『そうなりますね』


 苦々しくウェイドが肯定する。

 ワカメの供給によって野菜の価格が低下したことと、同じタイミングで綿花の価格が上昇したこと。これが下手に合致してしまったのが不運だったのだろう。栽培師たちにとって魅力的なのはより稼げる商品であり、彼らはそのために作物を変える。

 結果、ミートたちが暴動を起こしているとは、誰も予測していないだろうが。


「それじゃあどうするんだ?」

『どうしようもないから困ってるんですよ』


 今回の自体は規模が大きすぎて、ウェイド一人では対処しづらい。その上、経済という大規模なシステムが関わってくるため、T-1のような指揮官でもおいそれと手を出せないのが実情なのだとか。


『なんとかできませんか? 無限増殖する肉とか』

「できるわけないだろ。〈栽培〉スキルのことをなんだと思ってるんだ」


 しょぼしょぼと泣きついてくるウェイド。こんな彼女の声を聞くのは初めてだから、かなり弱っているのだろう。

 しかし、いくら強化遺伝子を扱えるようになったからといって、俺はそれを生物に組み込むことはできない。俺ができるのは多少植物の生育を調整することだけなのだ。


「そっちこそなんとかできないのか? ワカメを原料にしてタンパク質作るとか」

『組成変換はエネルギー効率が悪いんです。それならワカメを飼料にして牛を飼うとかしたほうがいいですが、マシラの消費量を賄えるほど数と速度は出せません』

「厄介だなぁ」


 八方塞がりとはこのことか。野菜も提供できない、肉も取れない。出せるのは無限に生えてくるワカメだけ。食料リソースと一言でまとめても、ただ一種類だけの食材を出せばいいというわけではない。何事もバランスが大切だということだろう。

 しかし、今はそれを教訓にしている余裕はない。このままでは調査開拓団が壊滅してしまうのだ。


「あっ」


 その時、ふと一つの案を閃いた。


『なんですか? 何を考えたんですか? 言いなさい』

「いやぁ、これは流石にちょっとな……」


 耳聡くそれを聞いたウェイドが捲し立てる。しかし、これを実行に移すのはなかなかリスキーだ。危険度が高すぎると躊躇するも、彼女はいいから言いなさいと迫る。


「いや、実は――」


 俺は思いついたばかりのアイディアを彼女に伝える。

 それを聞いた管理者は、深い思考の海へと潜った。


━━━━━

Tips

◇ワカメバーガー

 〈マシラ保護隔離施設〉で提供された、マシラ用の食事。ワカメを練り込んだワカメパンに、ワカメ由来の植物性合成肉によるパティ、ワカメソース、ワカメ、ワカメステーキ、ワカメサラダを挟んだワカメづくしのハンバーガー。

“まずい!”――ミート


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