第1109話「湧いて出た食料」

 突如増殖を始めたワカメの大群が落ち着いたのは、〈ミズハノメ〉から派遣された警備NPCの軍勢が到着する数分前のことだった。


『原始原生生物が星を飲み込む勢いで侵食してるって聞いてたんだけど、なんか平和そう?』

『どこがですか。さっきまで果てしない海が広がってたのに、全て海藻で埋まってるんですよ』


 管理者専用機で急行したミズハノメとウェイドが目の当たりにしたのは、海の大部分を覆い尽くすワカメの黒々とした姿だ。

 呑鯨竜の体内から飛び出した小さな種から成長した推定原始原生生物“増殖する干乾しの波衣”は、〈怪魚の海溝〉の総面積の実に七割以上を覆い尽くしている。第三開拓領域〈イヨノフタナ海域〉全体を見ればごくわずかな範囲に過ぎないが、フィールドひとつを丸々覆い尽くしているのだ。


『それで、調査は進んでいるんですか?』


 レッジ関連事件ということで動員させられたウェイドは不機嫌な顔を隠そうともせずミズハノメに尋ねる。

 この“増殖する干乾しの波衣”の出所に彼が関わっているのはほぼ確定事項として扱われている。問題となるのは、彼がいかにしてこれを手に入れたかという話だ。

 ワカメの性質を見れば、レッジが以前から使っている凶悪な種瓶“蟒蛇蕺”によく似ている。水分を貪欲に求め、水中洞窟を空にするほどの力をもつとんでもない植物で、管理者たちは日頃から“蟒蛇蕺”が海洋に流出した際の対処についても議論を続けてきた。

 しかし、“蟒蛇蕺”と“増殖する干乾しの波衣”との間には決定的な違いがある。前者は水さえあれば無制限に生長していくのに対して、後者は大規模に広がったとはいえ一定のところで生長が止まっている。


『サンプルを採取したところ、興味深い点が見られました』


 ミズハノメは発令した特別任務の成果を確認して報告する。


『ひとつ目は、ワカメの再生能力ですね。一定の大きさで生長は止まっていますが、そこから少しでも切断すると、即座に元の大きさまで再生します』

『なるほど。……本当にうまく扱えてるだけなんでしょうか』


 ワカメは強力な自己再生能力を持っていた。調査開拓員が調査目的で少し葉のサンプルを切り取っただけで、瞬く間にその傷が治癒された。それだけでなく、腕利の採集家たちが本気で刈り取っても再生速度の方が圧倒してしまうのだ。


『ふたつ目。こっちは鑑定の結果ですね」


 見てください、とミズハノメはウェイドにデータを送る。そこには切り取ったサンプルを専用の分析機械に投じて解析したさまざまな情報が記載されていた。

 種族としての名称から、エネミーと考えた際のHP、特殊能力の有無、その他各種パラメータ。〈鑑定〉スキルの使用に特化した専門の調査開拓員の手にかかれば実に様々なことが分かる。

 ウェイドはそれを見て、注目に値するものは何かと考える。


『HPは……二千万!?』

『正直、エウルブ=ロボロスよりもよっぽど多いですよ。しっかり原始原生生物の特徴の強化遺伝子も持っていますし』


 そこいらのボスクラスエネミーが裸足で逃げ出すような桁に目を剥くウェイド。報告を受け取ったミズハノメも、3度しっかりと確認を取ったほどだ。

 強化遺伝子というのは“生命の種”由来の人工的に加工された遺伝子構造物であり、様々な能力の強化を担う因子となる。これによって原始原生生物と呼ばれる惑星初期の原生生物は強大な力を獲得したのだ。通常、この強化遺伝子は世代を経るごとに自然に減少していく。しかし、“増殖する干乾しの波衣”の強化遺伝子は“蕺蟒蛇”のそれよりも大幅に量が多い。


『レッジさんはどこでこの量の強化遺伝子を?』

『本人に聞いてみないと分からないですね。遺伝子配列を見たところ、これは“蟒蛇蕺”と未知の海藻類を掛け合わせて作られたもののようですし』


 そう言いつつも、ウェイドはすでにワカメの出所をある程度予想はしていた。というより、レッジが置かれている現状を鑑みれば誰でも思いつく。


『人魚が強化遺伝子を多量に含む海藻類を所持していた、ということでしょう』

『厄介ですね』


 端的なミズハノメの感想が、何よりも彼女たちの心情を言い表していた。

 強化遺伝子をほとんど持たない在野の植物から、地道な交配とごく稀に起こる突然変異だけで原始原生生物を復活させたレッジが、強化遺伝子を使い放題という状態になったのだ。その結果、今後起こるであろう調査開拓団への影響を考えると、すでに頭が痛くなる。


『強化遺伝子の所持規制を課しますか?』

『いくつ稟議を通さなければならないと思ってるんですか。調査開拓活動に制限を掛けるような行為は色々面倒なんですよ。……それに、あの人はなんだかんだ言って法の網を掻い潜って所持しますし』

『レッジさんのことよく分かってるんですねぇ』

『何度煮湯を飲まされたと思ってるんですか!』


 憤慨するウェイド。そんなだからレッジ担当管理者などと言われるのではないかとミズハノメは思ったが、それは胸の内に留めておく。


『それで、このワカメはどうするんですか?』

『どうするもこうするも、完全に根付いちゃってますからね。刈ったら刈っただけ生えてきますし』

『厄介な……!』


 今も調査開拓員たちがチェーンソーやら大鎌やらを取り出してワカメの伐採を行なってるが、その効果は芳しくない。瑞々しく肉厚で立派なワカメが量産されているだけである。


『しかし妙ですね。レッジはとんでもないことをやらかしますが、それがただ損害を与えるだけ、ということは少ないですし。何かしらの意図があったものだと思うのですが』


 モサモサと海の上に生え広がるワカメを見て、ウェイドは推理を始める。

 レッジは罪状を上げれば数え切れないほどだが、同時に功績も無視できないだけのものがある。だからこそ余計に手がつけられない厄介な要注意人物として監視されているのだが。

 そんな彼がなぜこのタイミングで無限増殖ワカメを海に投げ捨てたのか。その理由を探り、ウェイドはそうかと頷く。


『ミズハノメ、輸送機の手配をお願いします』

『ゆ、輸送機ですか?』


 脈絡のない指示にミズハノメが目を白黒させる。しかし、ウェイドは鑑定結果のデータを見直し、栄養価の項目を指で指し示した。


『このワカメ、かなり栄養価が高いようです。見ての通りボリュームもありますし、何より今のところ枯渇する様子がない』

『ということは、まさか!?』


 ミズハノメも同じ結論を導き出した。ウェイドは頷き、ある方角へ目を向ける。


『このワカメを、マシラに提供する食料とします』


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Tips

◇強化遺伝子

 ”生命の種“より発生した人工遺伝子構造物。生命の潜在的な能力を増幅、拡張、強化する因子となる。世代交代の中で継承されにくく、次第に自然消滅していく。


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