第1108話「喰らう厄災」

 イソヲは一介の漁師である。もちろん、リアルでは違う。ただのくたびれたゲーム好きなおっさんだ。しかし、惑星イザナミにおける調査開拓団員イソヲは、多少名の知れた漁業系バンドの幹部に位置し、大船団を率いる漁師だった。

 彼は友人からの誘いを受けるまで、第二次〈万夜の宴〉にもあまり興味を示していなかった。〈老骨の遺跡島〉で行われた大規模なレイドボスイベントや、その後に解放された広大な海洋フィールドの存在にも、ほとんど反応していない。

 彼が所属する〈ワダツミ漁業協働連合〉、通称漁協連はワダツミ近海での漁業を専門とするバンドである。生粋の釣り人のみで構成された変わったバンドであるため、攻略組やトッププレイヤーといった単語とはとんと縁がなかったのだ。


「全速前進! 逃げろォ!』


 彼が〈怪魚の海溝〉へ部下を引き連れてやって来たのは、レッジに協力を要請されたからだ。大量の魚を釣り上げ、それを料理し、呑鯨竜の口を開かせる。そんな突拍子もない計画を聞かされて、二つ返事で引き受けたのだ。


「船長! 第五弁天丸が!」

「構うな! 速度を緩めた奴から死んでいくぞ!」

「うおわああああっ!?」


 イソヲ率いる漁船団は呑鯨竜の体内に侵入する先遣隊には参加しなかった。彼らの船が戦闘向きではないこともあるが、そもそも攻略という活動に興味がなかったからだ。

 レッジやアストラといった名だたる面々が気炎をあげて巨大な鯨の口の中へと飛び込んでいくのを見送った後、イソヲたちはせっかくだからとのんびり釣り糸を垂らしていた。

 複数の船を用いる大規模な底引網漁ではなく、昔を思い出すような素朴な竿釣りである。波も穏やかな凪の海で、タバコをふかしつつのんびりと浮きを眺めていたのだ。


「ワカメが! ワカメが!」

「どんどん増えてく! 際限ないよ!」

「ほぎゃああああっ!?」


 それがなぜ、こんなことになってしまったのだろうか。


「できるだけ浅いところを進め! 分散しようが纏まろうが関係ねぇ。一直線に遺跡島を目指すんだ!」


 イソヲは真っ青な顔をしている操舵手に向かって叫ぶ。高く白波を上げて、海を切り裂きながら滑るように進む漁船の背後から迫るのは、もりもりと堆積を増殖させていく深緑の物体。青臭い匂いを周囲に振り撒きながら、海水を飲み干して急激に生長するワカメであった。


「シルバーサーフィンがやられました!」

「知るか! アイツは別に俺たちを食おうとしてるわけじゃねぇ!」


 イソヲの船団と共に逃走していた全身銀タイツのサーファーがワカメに飲み込まれる。すぐに小さな爆発が起こり、彼が自爆特攻を仕掛けたことが分かった。

 しかし、増殖に増殖を重ねるワカメがその程度の反撃で怯むはずもない。むしろ勢いをつけるように周囲を侵食していった。

 イソヲたちの繰る船は漁業船である。胴体部に冷蔵コンテナや生簀を取り付けてあり積載量は多いが、代わりに馬力に乏しい。どれほどエンジンを蹴り上げてもワカメとの距離はジリジリと縮んでいく。

 今の時点でまだ生き残っていられるのは、ひとえにイソヲの判断が迅速だったからだ。しかし、彼らの運命はすでに決まってしまっているかのように思えた。


『イソヲサーン、大丈夫デスカ?』


 その時、切迫した状況に似つかわしくない気の抜けた合成音声が聞こえてきた。イソヲが驚いて周囲を見渡すが、激しく波打つ海のなかに声の主らしきものは見当たらない。


「船長! あそこ! 水面下です!」


 船縁に張り付いていた部下の一人が斜め前方を指差して声を上げる。イソヲが目を凝らすと、黄色い外部装甲を身に付けた蜘蛛型のロボットが八本足のスクリューを使って船に並走している。


「ありゃあ、ずいぶん見た目が変わってるが、元は警備NPCか?」


 ここに現れるはずがない存在に、イソヲは目を疑う。警備NPCは本来、都市の外へは出られないはずだ。それもこんなに大規模な改造が施されているとは。


『申シ遅レマシタ。弊機ハ現在、レッジサント協働シテイマス、SDG19-A02-0773ト申シマス。オ気軽ニナナミトオ呼ビ下サイ』

「ナナミ? レッジ? よく分からんが、大体分かった」


 イソヲもレッジとそれなりの付き合いになる間柄である。彼がいつの間にか警備NPCに一機や二機手込めにしていようと驚きはない。色々と聞きたいことは浮かんでくるが、それを一旦無視するのが彼と付き合う上で大事なことだ。


「それで、ナナミは何をしてくれるんだ?」

『弊機ノ任務ハ完了シマシタノデ、警備NPCトシテノ行動原理ニ従イ、調査開拓員ノ救助ヲ行イマス』

「なるほど。そりゃあありがたい」


 ナナミの言う任務とやらが気になったが、一旦脇に置いておく。イソヲが協力の申し出を承諾すると、即座に警備NPCは動き出す。


『アンカー射出、固定。大キナ揺レニゴ注意下サイ』

「えっ? うわあああっ!?」


 ナナミの背面部から射出されたアンカーが漁船に突き刺さる。そのまま太いワイヤーで連結された。イソヲや船員たちが戸惑う間もなく、ナナミは出力を上げた。ブルーブラストエンジンの青い輝きが外部装甲の隙間から漏れ出し、放射熱によって海水が瞬間的に蒸発し、白いモヤが立ちこめる。次の瞬間、イソヲたちの乗る漁船はナナミに引っ張られて急激に加速した。


「なんて速度だ。振り落とされるなよ!」

「ひえええっ!?」


 イソヲが喚起するまでもなく、漁師たちは各々船に掴まって揺れに耐えている。イソヲもなんとかしがみつきながら、周囲の船団もついて来ていることに気がついた。


「コイツ、何隻いっぺんに引っ張ってるんだ……?」


 戦慄を覚える。

 ナナミが射出したアンカーは一つだけではなかった。彼女は漁協連が有する全ての船を掴み、その上で大きく加速していたのだ。とても警備NPCごときが出せるパフォーマンスではないことくらい、イソヲにも分かる。

 その風貌から薄々察していたが、レッジの指示で動いているだけあって、ただの警備NPCではない。


『ナナミ、今カラ侵攻遅延戦術ヲ展開シマス』

『ラジャー。健闘ヲ祈リマス』


 ぐんぐんとなおも加速するナナミの前に、水中から新たな改造警備NPCが現れる。それはゴツゴツとした無骨な改造の施されたナナミとは異なり、機動力を重視したような線の細い姿をしている。だが、何よりも目を引くのは、機械脚や背部に取り付けられた、無数の銃砲だろう。


「ナナミちゃんよ、アイツは同僚かい?」

『イエス。SDG19-A02-0385、ミヤコトオ呼ビ下サイ』

『ナナミ!』


 あっさりとシリアルナンバーを開示するナナミに、ミヤコと呼ばれた警備NPCが憤慨する。だが、ナナミも慣れた様子でさらりとそれを受け流していた。どちらの反応も、とても低級な人工知能しか搭載していない警備NPCとは思えない。


「船長ォ! やっぱり迫ってきます! 速度も上がってますよ!」

「うええええええんっ!」


 船内の漁師たちが泣き言を言う。彼らの視線の先、船の後方には勢いを増して迫るワカメも巨大な影があった。


『侵攻遅滞戦術、開始シマス』


 だが、海上を滑るように動いたナナミが船の後方へとやってきた。彼女は次々と銃砲から火を噴き上げ、大きな弾丸をワカメに撃ち込む。


「その程度で止まるかね」


 華々しい過激な攻撃ではあるが、イソヲは懐疑的だ。先遣隊について行かず、海上で待っていた戦闘職や戦艦も多く居たが、彼らはワカメに熾烈な攻撃を加えた末に、飲み込まれてしまった。

 ミヤコもその二の舞になってしまうだろう。そう彼は考えた。だが――。


『拡散電磁焼夷弾、起動』


 撃ち込まれた弾丸が弾ける。内部に宿していた高密度のエネルギーが瞬間的に解き放たれ、周囲のワカメを焼き尽くす。巨大な雷の花が咲いたかと思えば、焦げくさい匂いと共にワカメの一部が大きく抉れた。


『効果観測。焼却ニヨル遅滞戦術ニ一定ノ効果アリト判断。継続スル』


 その後もミヤコは次々と弾丸を撃ち放つ。着弾のたびに巨大な花が咲き乱れ、ワカメの体を削っていく。


『拡散電磁焼夷弾、終了。第二策ヘト移行』


 全ての弾丸を撃ち尽くしたミヤコは、全身に装備していた重たい銃火器をパージする。景気良く飛沫を上げながら沈んでいく高級そうな装備に、門外漢のイソヲたちも思わずあっと声を上げていた。

 だが、ミヤコが新たな武器を展開し、彼らは今度こそ驚愕の声を上げざるを得なかった。


『高速微細振動電磁焼却刃、回転モード。展開』


 ナナミの機動力を支える八本のうち、四本の足先に、巨大な三つの刃が展開される。三日月のように湾曲したそれはバチバチと電流を滲ませながら高速で回転し、一枚の円盤のようになる。

 ナナミはブルーブラストの蒼炎を噴き上げ、ワカメの中へと飛び込んでいく。


「ああっ!?」


 先ほどのシルバーサーフィンの末路をそこに重ね、船員たちが悲鳴を上げる。だが――。


「うおおおおっ!?」


 甲高い回転音と共に、ワカメの中からミヤコが飛び出す。高速で振動しながら猛烈な勢いで回転する高圧電流を宿した鋭利な刃。そんな凶悪な刃物がワカメを微塵切りにしていた。


『効果観測。コチラモ効果アリト判断。継続スル』


 ただ無限に増殖を続けるワカメを、ミヤコは四つの草刈機で切り散らす。その様子には余裕すらあり、美しく洗練された動きにイソヲたちは目を奪われる。


『ココハワタシニ任セテ、安全圏ヘ避難ヲ』


 ミヤコのその言葉に不安を抱く者は、もはや誰一人いなかった。


━━━━━

Tips

◇高速微細振動電磁焼却刃

 警備NPC SDG19-A02-0385に試験的に導入された近接戦闘専用アタッチメント。四本の機械脚の先端に仕込まれ、平時は格納されている。展開すると3枚の三日月型ブレードが広がり、帯電する。高速回転と高速微細振動によって鋭い斬れ味を発揮し、様々な対象を木っ端微塵にすることができる。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る