第1107話「食料の増殖」

 豪勢な宴会で親睦も深まり、いよいよ〈アトランティス〉攻略に向けて本格的な話し合いが始まった。場所は真珠宮殿、白珠の間――ベンテシキュメの座す大広間だ。

 人魚側からはベンテシキュメを筆頭に、戦士長のシェム、料理長のウッテム、備蓄長のギュグル、書記長のペパルメと、海底街の行政を担当する各分野のトップが出てきた。

 調査開拓団からは代表として、アストラ、メル、ケット・C、クロウリそして俺が出席することになった。レティたちは難しい話を俺たちに押し付けて、宴会場で楽しんでいる。


「単刀直入に行こう。〈アトランティス〉の攻略に足りないものは何だ?」


 言葉も文化も違う者同士、長々と挨拶をしていても仕方がない。お互いの名前を明かしたところで、早速本題に入る。

 前提として両者の目的を整理しておく。

 調査開拓団は〈アトランティス〉に閉じこもってしまったポセイドンを逮捕し、反逆行動の理由を聞き出さねばならない。その上で、〈アトランティス〉の調査を行い、あわよくば第零期先行調査開拓団壊滅の手がかりを見つけたい。

 人魚は暴走した〈アトランティス〉を正常化し、今ではただ一人となってしまった町の住人、ベンテシキュメを帰郷させたい。


『やっぱり、武器必要だ。わんどでは〈アトランティス〉の防御破れね』


 そう進言するのは戦士長シェム。〈アトランティス〉攻略の際には、人魚の戦士たちを指揮するため最前線へ向かう男だ。


『出はってら間の食事も必要だびょん。戦士出払うど、狩りもでぎねぐなる』


 腹が減っては戦はできぬ、と料理長のウッテムが言う。老齢の人魚だが逞しい体つきをしていて、戦士としてもかなりの実力がありそうだ。

 戦士たちは原生生物から〈パルシェル〉を守るだけでなく、食料とする原生生物を狩猟するという重要な役割を持っている。彼らが〈アトランティス〉攻略に集中すると、その間の食料供給が滞る。

 どこの世界も食料事情が逼迫しているというのは変わらないらしい。


『食い物だげでね。武器や鎧揃えるどなるど、いろいろ足りねものも出でくる。準備期間どすてひと月は欲すい』


 ウッテムの言葉に続き、備蓄長ギュグルの言。町の物資を一元的に管理している裏方のトップの言葉は大きい。


「ひと月も待てない。できるだけ早く〈アトランティス〉を落としたい」


 ギュグルの主張も理解できるのだが、こちらとしては反対せざるを得ない。こちらも空きっ腹を抱えて待っている大喰らいがたくさん居るのだ。


『準備もせずに挑んだどごろで、無駄死にするのが関の山だ』

「それはそうなんだが、そうも言ってられないんだよ」


 ギュグルの主張は正論だ。しかし、頷けない。

 何とかして素早く攻略するか、一時的にでもマシラの腹を満たせるだけの食料を用意する必要がある。


『レッズさんたぢが急いでらのは、食料がねはんでだよね』

「ああ。とりあえず何かしら食料を用意しないと、最悪こちらが壊滅してしまうんだ」


 ベンテシキュメの問いに頷く。マシラが管理下に置かれているのは、あくまで彼らの腹が満たされているから。空腹が限界に達してしまえば、彼らは反乱する。そうなったら、こちらは止められない。


『わんどの農園がら、食料分げらぃだっきゃえがったんだげど。こっちもそごまで余裕があるわげでねはんでなぁ』


 人魚たちも裕福で余裕のある生活を送っているわけではない。彼女たちは過酷な海の中で細々と暮らしている。たまに落ちてくる食料を目当てにしなければならないほど、呑鯨竜の胃袋の中は何もない。


「そういえば、〈パルシェル〉のワカメ畑を見せてもらいたいんだよな」


 申し訳なさそうに肩を落とすベンテシキュメを見て思い出す。宴会場で聞いた人魚たちの食糧生産施設、ワカメ畑に興味があるのだ。


「レッジさん、今はそんな余裕もないのでは?」


 逸れた話題を元の軌道に修正するべく、アストラが声を上げる。だがそれよりも少し早く、俺はとんでもない妙案を思いついてしまった。


「なるほど、ワカメ畑」

「レッジさん?」


 俺が顔を上げると、アストラたちが何やら「まずい」と言わんばかりに顔を強張らせている。


「レッジ、とりあえず今は〈アトランティス〉攻略のための話をだね……」

「にゃあ。余裕がある時は自由に動いていいから」


 メルとケット・Cが立ち上がり、こちらに懇願するような目を向けてくる。

 しかし、安心して欲しい。


「大丈夫。俺の作戦が上手くいけば、かなりの余裕が稼げるはずだ」

「にゃぁ……」


 ケット・Cが弱々しい声を上げる。

 何が不安なのかは分からないが、全て俺に任せてくれればいい。


「シェム、ちょっとワカメ畑に案内してもらってもいいか?」

『ええっ!? それはええが……』


 人魚族の青年は、こちらの要求に首を傾げながらも快く引き受けてくれた。


━━━━━


『T-1、レッジからメッセージが届いている』

『なんじゃ?』


 〈アトランティス〉の調査を続けていたT-1のもとに、T-2から連絡が届けられる。彼女が転送してきたのは、レッジがまとめた簡易的な報告書のようなファイルであった。


『わざわざ文章にまとめて、何かあったのかのう?』


 レッジはT-1との直接通話ができる。それでもわざわざ文章で送ってきたことに、彼女は一抹の不安を覚える。あの男が何か変わったことをした時は、だいたいとんでもないことが行われている時なのだ。

 T-1は慎重にファイルをスキャンし、汚染術式やレッジが開発したウィルスプログラムなどが仕込まれていないことを確認する。そして、散々安全策をとった上で、ようやく開封した。


『……』

『何が書いてある?』


 ただファイルを転送してきただけのT-2はその内容までは知らない。彼女の知的好奇心が刺激され、T-1の反応を窺う。しかし、彼女はしばらく押し黙ったままだった。調査開拓団最高の演算能力を持つ彼女が、数秒とはいえフリーズしていることに、T-2は少し警戒レベルを上げる。いざとなればバックアップを起動する体勢も整えながら、T-1の再起動を待つ。


『……なんっじゃ、これは!』


 しかし、T-2の警戒は杞憂に終わる。ファイルを読み終えたT-1は思い切り叫ぶ。そして、即座にミズハノメに通信を繋いだ。


『ミズハノメ!』

『な、なんですか? 突然』


 驚いた様子で応答するミズハノメに、T-1は勢いよく捲し立てる。


『今すぐ〈怪魚の海溝〉を調査するのじゃ! 異変があれば、すぐに知らせて――』

『T-1、大変!』


 T-1がミズハノメに指令を送るよりも早く、T-3が切迫した声でやってくる。彼女は血相を変えて、彼女の前にウィンドウを表示させた。


『なんじゃ……これは……。遅かったか……っ!』


 それを見たT-1は膝から崩れ落ちる。

 映し出されているのは、通信監視衛星群ツクヨミによる地表の映像。広々とした青い海洋に、黒いシミのようなものが見える。それは、映像が進むごとに、急激に面積を拡大していた。


『T-1! 調査結果が出ました!』


 ミズハノメが、現地にいた調査開拓員を使って行った調査の結果を伝える。


『〈怪魚の海溝〉にて、推定原始原生生物が発生! 海水を飲み込みながら、急激に規模を拡大しています! おそらくあれは――』


 ミズハノメは一瞬言葉につまり、そして口を開く。


『増えるワカメです!』


━━━━━

Tips

◇推定原始原生生物“増殖する干乾しの波衣”

 突如〈怪魚の海溝〉に発生した推定原始原生生物。周囲の海水を飲み込みながら、急激に生長するワカメに似た原生生物。その無制限の成長によって、瞬く間に海を干上がらせる。

 その特徴から原始原生生物であると推定されるが、一部において説明のつかない挙動を見せる。

 発生源は呑鯨竜の体内であると考えられる。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る