第1104話「外部との連絡」

 人魚たちとの協定が結ばれ、海底都市〈アトランティス〉奪還に向けて事態が大きく動き出した。まず手始めに行われたのは、盤石な拠点の建設である。呑鯨竜の胃袋にある海底街〈パルシェル〉の一角に間借りするような形で、調査開拓員たちの簡易的な拠点を設置するのだ。

 拠点の設営は〈ダマスカス組合〉の主導で行われ、そこに人魚たちの中から建築の知識を持つ者も協力してくれた。彼らは真珠質の扱い方や、水中建築物の工法、そして多様な粘菌たちの扱い方を熟知している。クロウリや建築課の面々が唸るほどの、まったく新しい技術を、惜しみなく提供してくれた。


「地上との通信、確立しました」

「よし! これでウェイドたちと連絡が取れるな」


 拠点を築いたことによる分かりやすい成果として、地上との通信が開かれた。呑鯨竜の体内は通信監視衛星群ツクヨミとのリンクも途切れる閉鎖空間だったのだが、気合いの入ったプレイヤーが体内突入の際に大容量通信ケーブルを引っ張ってきてくれたのだ。

 それを拠点に置いた中継機器と接続することで、外部とのオンライン接続が成された。外部との通信が可能となり、やがては物資の追加搬入も行われるようになるだろう。

 そしてなにより、これによって管理者とのやりとりができるようになったのが一番大きな成果だろう。


『レッジ! 無事なんですか!? 今どこにいるんですか! 状況は!?』

「待て待て待て。一つずつ順番に話すから」


 ウェイドに向けてコールすると、その瞬間に大きな声がスピーカーから響き渡る。かなり強硬な手段で呑鯨竜の体内に突撃したのだが、ずいぶん心配してくれていたようだ。

 俺はいま、呑鯨竜の胃袋にいること、そこで人魚たちと遭遇したこと、彼らと協力体制を築いて拠点を作っている最中であることを伝える。


『は?』


 返ってきたのは、まるっきり信用していないような冷たい声だった。

 我ながら展開がぶっ飛んでいると思わないわけでもないが、もう少しこちらを信用してほしい。


「とりあえず、俺たちは今のところ無事だ。触れたら3秒で溶ける消化液の海にいるけど、なんか都合のいい耐酸性粘菌のおかげでなんとかなってる。ちなみに人魚は進化で消化液に適応したらしい」

『何を言っているのかほとんど分かりませんね……。できることなら、調査官を派遣したいところですが』

「とりあえず、呑鯨竜の体内と自由に行き来できる方法がないからな。こっちも考えてはいるんだが、大量の食料を消費する方法しか思いつかないんだ」

『それでは本末転倒ではないですか』


 元々の目的はマシラの食料事情を改善するため。しかし、そのために大量の食料を消費するとなると、なにも意味がない。今後の〈アトランティス〉攻略のためにも、どうにかしてそれ以外の方法を見つけなければならなかった。


「とりあえず、こっちはこっちで人魚族と一緒に地盤を固めていくつもりだ。〈オモイカネ記録保管庫〉なんかで何か人魚に関する情報がないか、騎士団に調べてもらってる」

『分かりました。では、こちらも連絡を取りつつ状況の把握に努め、調査開拓員の行動指針を早急に確立します』

「よろしく頼むよ」


 結局のところ、俺たち調査開拓員は指揮官がいなければ何もできない。全体を俯瞰することができないため、局所的な対応しか取れないのだ。

 ウェイドたちと通信が繋がったことで、今後は彼女たちの知恵と指揮能力を受けることができるようになった。ここからはさらに状況が進むことだろう。


『レッジ!』

「うお!? カミルか、どうしたんだ」


 ウェイドとの通話を終えて一息つくまもなく、再び入電があった。応答すると、即座に〈ワダツミ〉の別荘で留守を守っているはずのカミルの声が飛び込んできた。


『どうしたもこうしたもないわよ! また無茶苦茶やって!』


 怒髪天をつく勢いで捲し立てるカミル。どうやら彼女は、俺が管理者たちからの招集をぶっちぎった事に怒っているらしい。あの後、当然のようにウチの農園に立入検査が行われ、大事に育てていた秘蔵の花たちが押収されてしまったようだ。


『それでアンタ、今どこにいるのよ?』

「でかい鯨の腹の中だ」

『バカにしてるの!?』

「ほ、本当なんだよ」


 音声だけでも、カミルが目を吊り上げている様子がありありと思い浮かぶ。しかし、どれだけ信じてもらえなくても、これが真実なのだから仕方がない。

 俺はついさっきウェイドにもしたばかりの説明を、カミルにも行う。初めは半信半疑、というより十割がた疑ってかかっていた彼女も、詳しく話していくうちに呆れてしまったらしい。


『ほんっとに、ちょっと目を離しただけで方々に迷惑を掛けてるわね。ちょっとは反省してるの?』

「いや、でもこれは時間的な兼ね合いもあってだな……」

『ウェイドに謝っときなさいよ!』

「はい……」


 カミルに釘を刺されては、粛々と頷くほかない。

 どこの世界に、雇用しているメイドロイドに怒られる主がいるというのか。少し情けなくなりつつも、彼女の能力の高さゆえに歯向かえない。


『それはそれとして、アンタは無事で、今は安全なんでしょうね?』

「それはまあ。人魚の町に案内されて、そこに開拓団の臨時拠点を作ってる最中なんだ」

『なるほど。消化液の海っていうのも怖いけど……。そこにも原生生物はいるんでしょう?』


 俺はここへ来るまでに絶え間なく襲ってきた原生生物たちを思い出しながら頷く。強酸性の過酷な環境にも関わらず、人魚たちと同様に適応した原生生物は数多い。彼らはこの海で過酷に生き抜き、それどころか積極的に襲いかかってきていた。


『もし海棲植物なんかがあったら、サンプル取ってきなさいよ。新しい植物のヒントになるかもしれないし』

「はいはい。カミルも栽培師らしくなってきたな」

『アタシは手伝ってるだけだから!』


 主犯はアンタなんだから! とカミルは強く主張する。しかし、家を空けがちな俺に代わって植物の世話をしてくれているのは彼女だし、もはや彼女がいなければ農園も成り立たない。本当に、優秀なメイドさんである。


『ああ、それと』

「まだ何か?」


 一通りの情報交換を終えたあと、通信を切る間際にカミルは思い出した様子で口を開く。


『最近、綿花の需要が増えてるみたいなのよ。増産の許可が貰えたら、種蒔いとくわよ』

「ふむ? なんか布製品の需要でも出てきたのか?」


 ウチでは財政強化のために綿花も数種類育てている。鋼鉄並の耐久性があるものや、300℃程度の高温に耐えるものなど、品種改良によって生み出した優秀な商品たちだ。

 どうやらカミルは敏感に市場の変化を感じ取って、わざわざ教えてくれたらしい。稼げる時にはちゃんと稼げるように動いてくれる彼女には、やはり頭が上がらない。

 とりあえず、いくつか栽培中の畑を整理して、綿花の量産を始めるように指示を出す。メイドロイドにそのあたりの権限がないためわざわざ指示を出すのだが、正直、カミルが全部やってくれるのが一番楽だと思う。


「いつもありがとうな」

『全くよ。そっちも忙しいのは分かるけど、落ち着いたら帰って来なさいよね。アタシじゃできないことも多いんだから』

「はいはい」


 相変わらず素直ではない話し方だが、彼女なりに心配してくれているのだろう。それが分かるからこそ、俺もそれを受け止める。


『そっちの環境は危険も多いんだから、美味しそうなものを油断して食べたりしちゃダメよ。お腹壊しても知らないから。ちゃんとデータのバックアップは取ってるんでしょうね? それに、物資だって――』

「はいはい。そのあたりはちゃんと他の奴らと一緒にやってるから」


 気遣いが面倒臭い母親のそれっぽくなってきたカミルから逃げるように捲し立て、そのまま通話を切る。カミルはまだ何か言っていたが、重要な話題は終わったのでオールオッケーだ。


「レッジさん、シェムさんがレティたちの歓迎会を開いてくれるみたいですよ」

「歓迎会?」


 カミルとの通信がひと段落した時、レティがやって来る。突然の誘いに首を捻りながらも、俺は彼女に手を引かれるまま〈パルシェル〉の街中へと入っていった。


━━━━━

Tips

◇大容量情報通信ケーブル

 離れた二地点間での情報通信を行うケーブル。50TBPSの大容量通信が可能であり、ハッキングや盗聴などの外部干渉にも一定の防御力を持つ。

 高耐久性保護外被覆により、海底や溶岩中などといった過酷な環境にも敷設することができる。


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