第1100話「真珠宮殿」

 人魚たちのリーダー、シェムは海底都市アトランティスを救ってほしいと俺たちに頭を下げた。その言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせる。


「アトランティスを救って欲しいって、いったいどういうことなんだ?」

「あの町は万全の防衛体制を取っていたように思いますが」


 アトランティスから放たれた無数の砲撃によって瞬殺された時のことを思い出し、レティが眉を寄せる。少なくとも、あの町が壊れているとは到底思えず、さらに詳しいことをシェムに聞く。


『あの町はなもかもがおがすくなってまった。制御ねぐすて見境なぐ攻撃するみでぐなって、自分だぢの仲間もそれでがっぱ死んでまったんだ』

「はぁ……」


 言葉に馴染みがなさすぎてうまく理解できているかとても不安だが、なんとなく言いたいことは分かった。アトランティスは俺たちを外敵だと見做して砲撃を仕掛けてきたものだとばかり思っていたが、どうやらそれは暴走しているだけにすぎないらしい。

 アトランティスの住人であるシェムたちまでもが、アトランティスの防衛兵器の攻撃対象となり、少なくない人魚がそれで死んでしまったという。


「それは、ポセイドンさんが乗り移ってから、という話でもないんでしょうね」

「多分な。シェム、その暴走はいつから始まったんだ?」


 人魚が呑鯨竜の胃袋に築いた塔は一朝一夕に建てられるようなものでもない。材質も建築方法も不明だが、騎士団が連れてきた職人や組合の建築課も興味深げに観察しているくらいだ。


『暴走始まったのはもう何百年も昔のごどだ」


 とりあえず、第一期調査開拓団の環境汚染が原因という説は無くなった。

 だが、そもそも人魚たちはアトランティスの中で全員が深い眠りについていた。その理由は不明だが、アストラは汚染術式――黒神獣の発生と関連があるのではないかと推測した。


『もうすぐこの国がでぎで三百年になる。もうアトランティスで暮らすてあった奴はいねが、あの国がわんどの故郷なんだ』


 切実な顔でシェムは言う。彼らの住む国は、この監視塔を越えた先にあるらしい。だが、人魚たちは一時的にこちらへ“避難”しているだけで、いつかはアトランティスへ戻りたいという思いを抱き続けている。


『どうがお願いすます。白様の力でわんどばあの町へへでってけ』


 再び頭を下げるシェムたちに、どうするべきかと思い悩む。

 アトランティスが暴走しているとして、あの防衛体制が完璧なのは事実だ。この大船団を率いたとして、まず町を包む泡に到達できるかどうかすら怪しい。まずは何よりも情報が圧倒的に足りていなかった。


「あの、すみません。一つ聞きたいことがあって」


 対応を決めあぐねていると、レティがおずおずと手をあげる。翻訳機が渡され、彼女は疑問をシェムに投げつける。


「人魚さんたちはどうしてこの消化液の中でも平気なんですか? レティたちみたいに、耐酸性粘菌で包まれているわけでもないですし」


 彼女がずっと疑問に思っていたことは、人魚たちが呑鯨竜の胃液を無効化しているカラクリについてだった。たしかに、彼らは粘菌を身に纏っていないにも関わらず平然としてそこにいる。

 俺が試しに魚の切り身を取り出して粘菌の外に投げてみると、瞬く間にしゅわしゅわと泡を立たせて溶けてしまった。


『わんども元々はこの水合わねで苦労すたが、世代重ねるうぢにだんだん大丈夫になっていったらすい』


 それに対するシェムの回答は簡潔だった。

 つまり、人魚たちは世代交代による進化でこの消化液への耐性を獲得したらしい。


「進化ってそんな数世代で起こるもんだったっけ」

「人魚族の適応力がすごいのかもしれませんね。ほら、おそらく出自は第零期選考調査開拓団が各地に蒔いた“生命の種”でしょうし」


 ずいぶんとぶっ飛んだ進化に首を捻っていると、アストラがそっと補足してくれた。

 “生命の種”とは、この惑星イザナミを生物が存在する環境へと整えていった第零期選考調査開拓団が持ち込んだものだ。それは今日の原生生物たちの大元であると考えられており、特に“生命の種”に近い原始原生生物は非常にしぶとい生命力と特別な力を持っている。

 人魚たちも生命である以上、“生命の種”から生まれた種族である可能性は高い。であれば、その高い適応力にも納得がいく。まあそれでも、機械人形である俺たちが機術やら装備やらを駆使しても耐えきれないほどの胃液にフィジカルで耐えるあたり、超生物っぷりがすごいのだが。


「とりあえず、俺たちもアトランティスに用があってここまで来たんだ。あの町について知ってることを教えてくれないか」


 今のところ、人魚たちとは友好的な関係が築けている。であれば、双方が協力してアトランティスを攻略するというのが順当な流れだろう。

 シェムもこちらの要求に快く頷き、それならばと尾鰭を振って身を翻した。


『救世主様ばこったどごろで浮がへでおぐのは失礼だ。ながだわんどの町へど案内すがな』


 彼はそう言って泳ぎ始める。俺たちもその後に続き、監視塔の下へと潜航していく。

 塔の内部は等間隔で発光する粘菌が取り付けられており、そのおかげで視界には困らない。徐々に滑らかな壁も遠ざかっていき、根本に向かうほど塔自体が太くなっているのを実感する。

 一番底まで到着すると、シェムはそのまま横穴に入る。穴といっても高さも幅もある蒲鉾型の歩廊で、立派なものだ。壁や天井には丸い穴がいくつも空いていて、そこから人魚たちが出入りしている。しかし、時折襲ってくる水棲原生生物はギリギリ入ることができないか、入れたとしても警戒に当たっている戦士たちによってあっという間に仕留められてしまう。

 穴の向こうに見えるのは、同じような白い建材で作られた歩廊と監視塔。どうやら、彼らの町を中心に据えて円状にいくつもの塔が取り囲んでいるらしい。そして、その塔の根本から町までを繋ぐ、放射状の歩廊がある。


『ほら、あれがわんどの町、パルシェルだ』


 先導していたシェムが言う。歩廊を抜けると、そこは背の高い壁に囲まれた町の中だった。色とりどりの発光粘菌が町を飾り、高く積み上げられた建物の隙間を人魚たちが行き来している。


「おお、これはすごいですね」

「高いところも泳いでいけるから、いくらでも積み重ねられるんだね」


 町の様子を見たレティやラクトも声を上げる。重力の制約を受ける地上の町とは、多くの点が違う街並みだった。


『そすて、あれがわんどの町の中心、真珠宮殿だ』


 シェムが指差す。その先に、巨大な丸みを帯びた建物の影が見えた。

 発光粘菌によって照らされたその威容は荘厳で、重厚感がある。長い年月を積み重ねてきた、老練な雰囲気もあった。


「あれ、もしかして……」

「とても大きな真珠でしょうか」


 それの正体に気づいて俺たちは唖然とする。トーカが驚いた顔で言う。

 人魚たちの町〈パルシェル〉の中心に座していたのは、巨大な真珠貝だった。


━━━━━

Tips

◇海底街“パルシェル”

 呑鯨竜の胃袋底部に存在する人魚の町。原始原生生物と推定される巨大な真珠貝を中心に発展しており、街全体が炭酸カルシウムを主成分とした固い真珠質に覆われている。

 人魚族が代々暮らしてきた拠点であり、周囲に二十四の監視塔が建てられている。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る